第二十六話 悪役令嬢は、だいたい寝ている
セシリア・エヴァンズは困っていた。
とても困っていた。
なぜなら。
「……寝てる」
目の前で。
ついさっきまで話していたはずのリリアーナ・ローゼンベルクが。
寝ていた。
本当に寝ていた。
大きな木の下。
柔らかそうな敷物の上。
春の風に吹かれながら。
とても幸せそうに。
「あの……」
セシリアは隣のレオンハルトを見上げた。
「リリアーナ様は……」
「ああ」
レオンハルトは頷いた。
「寝た」
見れば分かる。
「起こさなくていいんですか?」
「必要ない」
「でも……」
「眠かったのだろう」
当然のように言う。
セシリアは混乱した。
未来の王太子妃。
公爵令嬢。
王太子殿下の婚約者。
そんな人が。
初対面の相手の前で。
突然寝る。
「……普通なんですか?」
「リリアーナは普通だ」
レオンハルトは真顔で答えた。
違うと思う。
セシリアは心の中で断言した。
その時だった。
「……ん」
リリアーナが小さく動いた。
ゆっくりと目を開ける。
「あれ」
少しだけ首を傾げた。
「寝てた」
「はい」
セシリアは頷いた。
「そっか」
リリアーナは再び横になろうとした。
「待ってください!」
思わず止めてしまった。
リリアーナがこちらを見る。
「何?」
「えっと……」
何を話せばいいのだろう。
でも。
友達になると言ってくれたのだ。
頑張ろう。
「あの、好きな食べ物は何ですか?」
リリアーナは少し考えた。
「プリン」
「ぷりん?」
「前の世界のお菓子」
セシリアは固まった。
「……前の世界?」
「うん」
リリアーナは頷く。
「私が前にいた世界」
セシリアは隣を見た。
レオンハルト。
真顔。
止めない。
否定もしない。
「えっと……」
恐る恐る聞く。
「前にいた世界、って……?」
「前世」
リリアーナはあっさり言った。
「私、前は別の世界で生きてた」
セシリアの思考が止まった。
「……え?」
「その世界のお菓子」
「……えぇ?」
ようやく声が出た。
だが。
「おいしいよ」
リリアーナは平然としている。
レオンハルトも頷いた。
「ああ。美味い」
何なんだ、この二人は。
「レオン」
「ああ」
レオンハルトが軽く手を振る。
次の瞬間。
テーブルと椅子が現れた。
「ひっ」
セシリアは飛び上がった。
さらに。
見たことのない、黄色くてぷるぷるした食べ物が現れる。
「プリン」
リリアーナが説明した。
「食べる?」
セシリアはレオンハルトを見る。
レオンハルトは頷いた。
「安全だ」
そういう問題なのだろうか。
でも。
とても美味しそうだった。
「い、いただきます……」
恐る恐る口に入れる。
甘い。
柔らかい。
口の中で溶ける。
「……!」
セシリアは目を見開いた。
「お、おいしい……!」
「でしょ」
リリアーナが少しだけ得意そうに言った。
初めて見た表情だった。
「すごいです!」
「うん」
「どうやって作るんですか?」
「卵と牛乳と砂糖」
「はい」
「あと蒸す」
「……蒸す?」
「うん」
分からない。
何も分からない。
前世も分からない。
プリンも分からない。
でも。
美味しい。
「……また食べたいです」
「いいよ」
リリアーナはあっさり答えた。
「友達だし」
セシリアは固まった。
友達。
その言葉が。
思った以上に嬉しかった。
「……はい」
自然と笑顔になった。
その様子を見ていたレオンハルトは、小さく息を吐いた。
問題ない。
少なくとも今は。
セシリア・エヴァンズは敵ではない。
ただ。
リリアーナの前世とプリンに振り回されている、普通の七歳の少女だった。




