第二十五話 悪役令嬢との初対面
セシリア・エヴァンズは緊張していた。
とても緊張していた。
なぜなら。
王太子殿下が、
«「私の婚約者に会わせる」»
と言ったからだ。
婚約者。
つまり未来の王太子妃。
つまり、自分とは住む世界が違う人。
怖い人かもしれない。
厳しい人かもしれない。
少なくとも。
王太子殿下が、
«「最も大切な人だ」»
と断言するような人物だ。
きっとすごい人なのだろう。
「着いた」
レオンハルトが立ち止まった。
そこは王城の庭園だった。
暖かな春の日差し。
風に揺れる花。
そして。
大きな木。
「……え?」
セシリアは目を瞬いた。
木の下に。
少女が寝ていた。
寝ていた。
本当に。
寝ていた。
ふかふかそうな敷物の上で。
気持ちよさそうに。
すやすやと。
「リリアーナ」
レオンハルトが呼ぶ。
「……ん」
少女が薄く目を開けた。
銀色の髪。
赤い瞳。
絵本のお姫様みたいな顔。
そして。
「レオン?」
眠そうだった。
「客だ」
「客……?」
少女――リリアーナは、ゆっくりと起き上がった。
そして。
セシリアを見た。
「……あ」
小さく声を漏らした。
「セシリアさん?」
セシリアは固まった。
「え?」
「ヒロイン」
リリアーナが言った。
レオンハルトが頷く。
「ああ」
セシリアはもっと固まった。
ヒロイン?
誰が?
自分が?
「あの……」
恐る恐る声を出す。
「私のこと、知ってるんですか?」
「うん」
リリアーナは頷いた。
「たぶん」
たぶん?
「……会うの初めてですよね?」
「初めて」
「ですよね?」
「うん」
会話が成立しているようで、成立していない。
セシリアは混乱した。
「リリアーナ」
レオンハルトが口を開く。
「どう思う」
何を。
セシリアがそう思うより先に。
「いい子そう」
リリアーナは答えた。
「そうか」
「うん」
レオンハルトは少し考えた。
そして。
「なら問題ないな」
何が。
セシリアは心の中で叫んだ。
「えっと……」
セシリアは勇気を出した。
「リリアーナ様は……その……」
「うん?」
「どうして私を知っているんですか?」
リリアーナは少し考えた。
「未来で知ってたから」
セシリアの思考が止まった。
「未来?」
「うん」
「未来?」
「うん」
レオンハルトが頷いた。
「ああ」
ああ、じゃない。
セシリアは二人を見た。
二人とも真顔だった。
冗談ではないらしい。
「……あの」
「何だ」
レオンハルトが答える。
「私、帰ってもいいですか……?」
怖くなった。
とても。
だが。
「駄目」
言ったのはリリアーナだった。
初めて。
はっきりと。
「え?」
「友達になる予定だから」
セシリアは固まった。
友達。
誰と。
「私と」
リリアーナが言った。
「……嫌?」
少しだけ不安そうな顔。
その顔を見て。
セシリアは思った。
あれ?
この人。
なんだか。
思っていたより、ずっと普通かもしれない。
「……嫌じゃ、ないです」
そう答えると。
リリアーナは少しだけ笑った。
「よかった」
その瞬間。
レオンハルトも、少しだけ安心したように見えた。
セシリアはまだ知らない。
今、自分が。
本来なら敵同士になるはずだった相手と。
人生で初めての友達になろうとしていることを。




