第二十二話 七歳の春
七歳になった。
それはつまり。
乙女ゲーム『聖なる花と五人の騎士』の物語が、動き始める年だった。
「……あ」
私は昼寝から目を覚ました。
春の日差しが暖かい。
眠い。
だが、今のは重要なことを思い出した。
「今年だ」
ベッドの上で起き上がる。
そうだ。
今年だった。
ヒロインが発見されるのは。
「どうした」
窓際から声がした。
レオンだ。
いつの間に入ってきたのか。
七歳になったレオンは、相変わらず顔がいい。
というか、将来が確定している顔だった。
「ヒロイン」
私が言う。
レオンの表情が変わった。
「……何か思い出したのか」
「今年だよ」
私は頷く。
「ヒロインが見つかるの」
部屋が静かになった。
レオンはゆっくりと本を閉じる。
「そうか」
短い返事。
だが、知っている。
この顔は。
ものすごく考えている顔だ。
「えっと」
私は記憶を辿った。
「名前……なんだっけ」
レオンがこちらを見た。
「セシリア・エヴァンズ」
「あ、そうだった」
「平民出身」
「うん」
「光属性の希少魔法持ち」
「そうそう」
「七歳で発覚し、十二歳で王立学園に入学」
「……うん」
「一年目の収穫祭で私との好感度イベントが発生する」
「……そんなのあったね」
「二年目の舞踏会で婚約者との対立イベント」
「……あったかも」
レオンは深く息を吐いた。
「お前、本当に覚えていないな」
「十年以上前だし……」
仕方ないと思う。
私は元々、ゲームをやり込むタイプではない。
一周したら満足するタイプだ。
だが。
レオンは違った。
彼は真剣だった。
私が前世とゲームの話をした五歳の頃から。
本当に。
ものすごく。
真剣だった。
「レオン」
「何だ」
「なんでそんなに覚えてるの?」
レオンは当然のように答えた。
「未来改変のためだ」
そうだった。
この人はそういう人だった。
「でも、別に大丈夫じゃない?」
私は言った。
「私、王子様を好きにならないし」
「……ああ」
「セシリアさんとも争わないし」
「ああ」
「だったら――」
「問題はセシリア側だ」
私は瞬きをした。
「え?」
「お前は、自分がどれだけ厄介な立場か理解していない」
「厄介?」
「ああ」
レオンは立ち上がった。
「お前はゲームの悪役令嬢だ」
「予定ではね」
「そして私は攻略対象だ」
「そうだね」
「つまり」
レオンは真顔で言った。
「向こうから来る可能性がある」
私は少し考えた。
そして。
「あー」
たしかに。
ゲームのヒロインって、わりと積極的だった気がする。
「でも、レオンはヒロインのこと好きになる予定だったよ?」
レオンは沈黙した。
そして。
「理解できない」
と答えた。
「え?」
「なぜ私が、お前ではなくセシリアを好きになるのか」
真顔だった。
私は困った。
そんなこと言われても。
ゲームだから、としか。
「だってゲームだし……」
「納得できない」
「うん」
「だから調べる」
「何を?」
「セシリア・エヴァンズを」
嫌な予感しかしない。
「レオン」
「何だ」
「ほどほどにね」
レオンは少しだけ考えた。
「善処する」
絶対にしない。
四年間の付き合いで分かる。
この返事は、絶対にしない。
私は諦めて、再びベッドに寝転がった。
春の日差しが暖かい。
眠い。
とても眠い。
だから私は、この時はまだ知らなかった。
同じ頃。
王都の片隅で。
セシリア・エヴァンズが、自身の魔力に目覚めたことを。
そして。
レオンハルト・アルセインが、すでに彼女の調査を開始していたことを。




