第二十一話 世界の更新
王城の一角に、新たな空間が生まれていた。
扉を開けた瞬間、空気が変わる。
柔らかい光。
静かすぎるほどの静寂。
そして、妙に落ち着いてしまう感覚。
「……また増えているな」
国王は足を止めた。
「問題の空間です」
側近が答える。
「問題とは」
「入ると全員が長居します」
「それは問題だな」
国王は中へ入った。
一歩で分かる。
これは“部屋”ではあるが、通常のそれではない。
思考が鈍るのではない。
余計な緊張が抜け落ちる。
「……何だこれは」
「リリアーナ嬢の“前世の仕事部屋”とのことです」
「仕事部屋……」
理解不能な単語だが、もはや驚く気力も薄い。
視線の先に、少女がいた。
「レオンのお父さん」
いつもの軽い呼び方。
国王は短く頷く。
「来ていたか」
「うん」
少女は机を指差した。
「これ作った」
そこには光る板があった。
文字が浮かび、勝手に動いている。
「これは何だ」
「パソコン」
「ぱそこん?」
「情報を整理する道具」
側近がすぐに記録する。
「何ができる」
「計算、記録、手紙、全部」
国王は沈黙した。
それはすでに、国家運営の一部を置き換えるものだった。
「危険ではないのか」
国王が問う。
「便利」
少女は即答した。
その横で王妃が静かに椅子に座っている。
「これ、本当に楽ですね」
「王妃」
「はい」
「何をしている」
「美容データの整理です」
「美容データとは」
「肌とか、睡眠とかです」
画面には謎の数値が並んでいる。
王妃はもう自然に操作していた。
別の机には別の装置。
光を当てる機械。
振動する板。
「それは」
「美顔器です」
「効果は」
「あります」
即答だった。
「戻れ」
「無理です」
こちらも即答だった。
国王は額を押さえた。
すでに統制の外にある。
「レオンハルト」
「はい」
王太子が現れる。
五歳。
しかし、年齢という概念はすでに意味を持たない。
「これをどうするつもりだ」
国王はパソコンを指す。
「改善します」
「どこを」
「リリアーナが使いやすいように」
「判断基準は」
「リリアーナです」
迷いはない。
完全に固定されている。
国王は小さく息を吐いた。
「……採用する」
これは命令ではない。
追認だ。
「ありがとうございます」
レオンハルトは深く頭を下げた。
その声に、以前より迷いはなかった。
会話はそこで終わる。
国王はそのまま部屋を出た。
廊下を歩きながら、静かに息を吐く。
「……もう十分だな」
誰に言うでもない独り言。
そして、ふと足を止める。
廊下の窓際。
国王は外を見た。
庭園。
木陰。
そこには、いつも通りの光景があった。
少女が寝転び、その隣に王太子が座っている。
変わらないようでいて。
確実に変わっている世界。
「……悪くはないな」
国王は小さく呟いた。
少なくとも、この国はもう止まらない。
だが、それは破滅ではなく。
ただの“更新”だった。




