第4話 ギルドマスターと初対面
ふわりと冷気が俺を通り過ぎていく。寒気ではない。氷や雪の傍を風が通り抜けるような、正真正銘の冷気だ。
「失礼します!」
「どうぞ。入ってください」
男性の声だ。足長なら〈若い〉に入るだろうか。
マスター専用の事務室兼書斎らしき部屋だ。埃一つ落ちていない大きな書斎机に、革製のゆったりとした大きな椅子。床には上質な絨毯が敷かれ、壁全面に本棚が並び、ぎっしりと本が入れられている。
ギルドマスターは勿論椅子に座り、こちらを吟味している様子だ。
外見の年齢は足長族では20代くらいだ。けれど長く尖った耳から、見た目の年齢と違うのが直ぐに分かる。血の気が一切無い人形みたいな白い肌に、整っているが全く感情が浮き上がっていない気難しそうな顔。青い眼光は肉食獣の様に鋭く強い。金とも銀色とも見て取れる肩まで伸びた髪。オールバックだが横の髪が流れていないところを見るに、後ろでハーフアップにして纏めているようだ。
一瞬、瞳に不思議な光が見えた気がした。
……エルフ、だよな?
なんか違う様な、そうでないような……
服装はワイシャツの上に紺色のロングコート。ロングコートは洗練されたデザインで、故郷で昔見た軍パレードに登場した魔術師を思い出す。いつでも戦いに行けるようにしている様だ。手には白い手袋をはめ、持っていた紙を机の上へと置いた。
ギルドマスターは立ち上がり、後ろに手を組みながら俺の元へとゆっくりと歩み寄る。
佇まい、歩き方、どれをとっても隙が無く、鍛え上げられ、一種の芸術品にすら思える。
これが白星かぁ。
「はじめまして。ギルドマスターのラシエラと申します」
ラシエラさんは俺へと手を差し出す。
「は、はじめまして。クシュルと申します」
俺は遠慮がちにその手を握り、握手をした。
ラシエラさんから溢れた魔力で冷気が、と思ったが、間近にいても何も感じない。威圧感は有るが、それだけと言えばそれだけ。あれは、なんだったんだ?
「面接を始めましょう。こちらへ」
「はい!」
握手が終わると、ソファに座るように促される。
「本日は、よろしくお願い致します!」
俺が頭を下げて、ソファへと姿勢を正して座った。
「こちらこそ宜しくお願いします」
ローテーブルを挟んだ向かいのソファへ座ったラシエラさんは、置かれている紙を手に取る。俺が書いた履歴書と冒険者としての記録が書かれているんだろうな。
「それでは、はじめましょう」
「はい!」
面接スタートだ。
「クシュルさんのご希望は事務職とのことですが、アルバイトでしょうか? それとも、正職員でしょうか?」
声に感情が一切乗っていないまま、ラシエラさんは俺に質問を投げかける。
「事務のアルバイトから、正職員になれたら、と考えています」
「そうですね。経験を積んだのち、ライセンス取得を目指すのは良い考えだと思います」
「職員にもライセンスがあるのですか?」
資格取得補助ってこれか、と思いつつ俺は訊いた。
冒険者にもライセンスはあるが、割と簡単に手に入る。冒険者とは何か、星のランク制度について、やってはいけないルールなどを一通り教わり、履歴書みたいな用紙に年齢や性別、人種、名前を書けば、特殊な魔術が施された即座に金属板が渡される。
簡単に手に入って小遣い稼ぎにもなるからと、定住者の中にも持っている人がいるほどだ。
「えぇ、勿論ありますよ。冒険ギルド職員には植物や魔物だけでなく、一定の戦闘能力、ダンジョンで発見された呪物の取り扱いなど、多方面の知識と実力が必要です。試験に合格し、職員としての講習を受けるとライセンスが授与され、各地方の冒険ギルドへと派遣されます。アルバイトから正職員へ就職した場合は、派遣の命令はしばらくありません」
「あの、一定の戦闘力ってなんですか……?」
薬草などの植物や魔物に関する知識は当然必要だ。ダンジョンから産出される呪物や曰く付きの宝は鑑定士の元に運ぶ必要があるから、取り扱いの知識が必要なのもわかる。戦闘力だけが、全く分からない。資料の作成や編集、計算や連絡など、職員さんは裏方の筈だ。
「日常使いでは、暴れる冒険者の制圧に役立ちます」
「な、なるほど。職員さんが酔っ払いを倒す姿を見た事があります」
言われてみれば、と俺は苦笑した。
ギルドハウスに併設されている酒場兼食堂は、安くて美味いので俺も良く利用している。街の人も利用していて昼間は割と穏やかだが、夜になると酒の入った冒険者や客が大騒ぎをしている。腕相撲で力比べしたり、急に歌いだしたり、ちょっとの事で乱闘が始まったり……血気盛んで体力の有り余っている連中は、毎回ギルドハウスで騒ぎを起こしている。
周りの冒険者が止める事もあるが、収拾がつかないと判断するとここの職員さんが出て来る。
俺は、一回だけその現場を目撃した事がある。職員さんは滅茶苦茶に強かった。
酔って暴れていた筋肉だるまみたいな足長の男が、小突かれただけで泡を吹いて気絶したんだ。
一瞬の出来事過ぎて、夢でも見ているのかと思うほどだった。
他にも、ダンジョンの手前には冒険ギルドの職員が数人駐在している。彼らは、命からがら地上に戻って来た冒険者たちの治療にあたっている。治癒型の魔術、医療行為、そして冒険者が全滅しかけた魔物に関する聴取が手早くされていた。
どれも知識と実力があってのものだ。
冒険者ライセンス返納を考えなくて良かったな、と思った。




