第22話 南東の森に何かいるらしい
翌朝。俺は絶望しながら走った。
「す、すいません!!寝坊して遅刻しました!!」
ギルドハウスの事務室に入った俺は、ゼルレオスさんと職員の皆さんに謝罪した。
言い訳のしようがない。爆睡して、気付いたら朝。しかも9時を報せる鐘がなる始末。
あぁあああああ、最悪だぁ!!!
寮の管理人さんから〈俺がいるとはいえ、鍵を閉めろ。不用心だろ!!〉と軽く叱られたし、休みらしい鍛冶師の人からは〈急げ急げ〉と茶化された。
雷の一つや二つ落とされても仕方ない。
「うん。嘘を言わずに謝罪できるなら、上出来」
ゼルレオスさんは柔らかく言うだけだ。職員の人達も特に気にしていない様子だ。
俺としては、責められない方が居た堪れないのですが……あっ、もしかして蝙蝠飛ばされていた? 試されていた?
「君の場合は、新しい生活に慣れていないし、回復途中の身体が休息を望んでいるんだ。これから徐々に直して行けば良いよ」
「は、はい。気を付けます」
もう一度謝ろうとした時、俺の腹の虫が鳴った。
そういえば、朝飯どころか昨日の晩御飯も食べていない。
「朝食食べて、身支度を整えておいで」
「すいません……」
癖のある髪が爆発している俺は、食堂でトーストとベーコンエッグを食べさせてもらった。美味しいはずなのに、気落ちしているからか味がしない。
食べ終わったら直ぐに解体所へ向かい、井戸を借りて顔を洗い、髪をなんとか整えて、再度出勤した。
皆さん〈大丈夫だよぁ〉〈寝坊の一つや二つ誰にでもあるよ〉って温かいが、俺はこの失敗を教訓にする。
そうして最初の4日間はバタバタしたが、その後の一か月は何とかなった。魔術道具屋の屋根裏の片付けや荷物の移動も直ぐに終わり、生活にも慣れて来て、遅刻もしなくなった。仕分けの仕事以外にも、掲示板に貼り出すクエストの紙の成書の仕方など、日の浅い俺でも出来る内容を教えてもらった。
やりがいを感じるし、給料もちゃんと貰えて、最高!
なのだが、アルバイトとして入ってから32日目が経過しようとしたその日、異変が起きた。
「あの……最近、街周辺で何かありましたか?」
夕方になり、起きてきたゼルレオスさんに俺は聞いた。
昼間はいつも通りだったが、徐々に冒険者達が妙にざわついている気がしたからだ。
「よく気付いたね」
ゼルレオスさんの左肩に蝙蝠が止まった。
最初に会った時は後ろに一つ結びだったゼルレオスさんだが、今はその部分だけ切り取られたように短くなっている。使い魔の制作に使用したからだ。
使い魔について教えてもらったところ、蝙蝠たちはゼルレオスさんの髪と血で作られている。行動をかなり絞っているから、材料が少なくて済むらしい。
安上がりに思えるが、これを鵜呑みにすると危ない。転移魔術を発動で来てしまう使い魔なんだ。熟練の技があってこそで、俺がその域に達するには何十年も練習が必要だ。
「昨日の夜に、南東の森でおかしな人影を見たって冒険者から複数の報告があったんだ」
「スライムが大繁殖している森で、ですか?」
まだスライムの大繁殖は続いている。例年なら3週間もすれば終わるらしいが、今年は長い。
「冒険者の3つのパーティが調査クエストを受けてくれたけれど、成果が出なかったんだ」
酒場兼食堂が騒がしく思えたのは、彼等が情報を集めようと立ち回っているからか。
人影が亜人種だった場合、縄張りの主張の為に木に印を付けたり、歩いた場所の枝葉の折れや、何かの食べ残し、糞尿や足跡などの痕跡が残る。動物や他の魔物を人影と見間違えたとしても、比較的大型なので、こちらも何かしら残っている筈だ。
「人ほど大きいと、他の生物の動きも変わりそうですが……スライム関連のクエストは昨日も今日も達成報告が来ていますね」
「人間種の野盗に関する被害も、報告が無いんだよね」
亜人種か人間種の野盗が根城を構えるために、仲間を偵察に向かわせていたとも考えられる。可能性の芽は沢山あるが、痕跡は無いって話に行き着くし謎が謎を呼ぶな。
「クシュル君は、妖精に詳しい? エルフは彼等と繋がりがあるらしいね」
「え? まぁ、故郷の森で会っていた種類であれば……」
あぁ、確かに妖精もありえるな。でも種類によっては相当危険だ。森の中に引きずり込まれて二度と街に戻れない、なんて事も有り得る。
「それじゃ、行ってもらおうかな」
「えっ」
飲みに行こう、みたいな軽いノリでゼルレウスさんに言われた。
「有識者の視点から調査して欲しいんだ。冒険者では見落としてしまったものが、見つかるかもしれないよ」
俺の右肩へとゼルレオスさんに止まっていた蝙蝠が移動する。
「しょ、職員って現地調査もするんですか?」
「するよ。冒険者ライセンス星2以上の戦闘能力を持つ職員に限るけれどね」
ゼルレオスさんは軽く説明してくれた。
ちゃんとした知識のある職員を現地に派遣し、現地で正確な情報を収集し、ギルドハウスと連絡を取り合う。魔物の群れの移動経路の算出、感染症の原因の特定、被災地の状況などの情報を元にギルドハウス側が編纂し、クエストを発行する。
現地で見ないと分からない事も多いし、ゼルレオスさんの言うように冒険者だけでは知識が不足する面が出て来る。必要な人員だ。以前ラシエラさんが〈一定の戦闘能力〉って言っていたのは、体力勝負の現地調査のことだったんだ。
「先輩職員と護衛に冒険者パーティを付ける予定だよ。行けそうかな?」
「……分かりました。やります!」
経験を積む良い機会だ。南東の森なら比較的安全だし、何かあれば俺も戦闘に加われる。精一杯頑張ろう。
「良い返事をありがとう。今日は退勤して、ゆっくり休んでね」
「はい! お疲れさまでした!」
俺は明日に備えて英気を養うために、食堂へと向かった。




