第59話 眠りに落ちる約束
そう言って近づく方子。
その手には小さなビニール袋をいくつも抱えている。
振り向いたワシと目が合うなり、笑顔になりすぐに照れたような顔をした。
『この前、あんな事言ったけどよく考えたら、何百人も参加者いるのに、場所とかの事全く言っとらんで』
『まるで私を探し出してって、言っとったみたいで』
そう言って、目の前まで来て頭を下げた。
言ってなかったのは、駆け引きとかじゃなく単にわすれとっただけじゃったか。
まあ、そうじゃろうがモテん恒一には珍しく浮いた話になるかと期待しとったんじゃが。
恒一本人は気づいとらんかったみたいじゃが。
「連絡先も知らんしな。縁があればまた会う程度のもんじゃと思っとった」
『ホントゴメンなさい。でも、会えるなんて私たち運命みたいでちょっと感動した』
夜中のハイテンションも相まってか、何故か方子は子犬のようにちょっとはしゃぎ気味だ。
「じゃあ、約束通り御褒美貰わんとな」
そういうワシも乗せられて軽口で相槌を打つ。
『えっ!』
方子は、予想外に驚いてみせた。そして、意を決したように気合の入った顔になった。コロコロ表情変えて若さあふれとるな。
『女に二言はなかです。でも、なんでもするとは言っとらんですから。若いからって安くはなかですよ!』
何言っとるんじゃ?さては飲み会とかの王様ゲームとかと勘違いしとらんか?
だから、妙な気合が入っとったんか。
イタズラ心が出そうになったワシじゃったが、下手な対応すると恒一の評判落としそうじゃから、方子の手に持ったビニール袋を指して言った。
「なんか威勢のいいのは結構じゃが、その袋には何が入っとるんじゃ?」
『これは、皆さんにお配りしてる朝食セットです。ほら!』
と、袋を開いた方子。
中にはオニギリふたつと蓋付き紙コップに入った飲み物、これは匂いからして味噌汁じゃろう。そして茹で卵が入っとった。
『あちらで、休憩兼ねて食べて貰えるようなっとります。そのまま歩きながら食べても大丈夫なように、家庭ゴミで出せる袋になっとります』
スラスラとそこまで捲し立てた方子、多分今日なん度も繰り返して言ってきた口上なんだろう。
「急に営業トークになるんやな」
ちょっと意地悪く言ってみたところ、方子はハッとして抗議するような口調で言った。
『このゴミ袋、うちの会社の商品のひとつでPRを兼ねとるんです。だから、なん度もこのセリフを練習させられて、反射的に言っちゃったじゃなかですか!』
なるほど、だから企業のイメージアップに駆り出されとるんか。
『それにしても、さっきから思っとったんですが、なんか雰囲気違いますね』
「それはお互い様じゃが、真夜中は別の顔っちゅうやつじゃな。話は戻して、ゴールにはまだあるが夜が明けてバテんように少し寝ときたいんじゃが、起こしちゃくれんか?」
『何を頼まれるかと思って緊張しとったけど、それくらいならよかですよ。でも、私もまだ役割あるしな』
「そばにいてくれとは言わん。時間になったら電話で起こしてくれりゃいい」
『そう言って番号聞き出そうってところが、やっぱりなんか雰囲気違う!』
ぶつくさ言いながら、味噌汁の紙コップに番号を書く方子、手慣れている気がするのは気のせいか?
さっき言ってたわりには、意外と飲み会とかなれとるんか?
「じゃ、御褒美はこれでお終い。ちゃんと起こしますから身体休めて完歩してくださいね」
そう言って、笑いながらちょっと残念そうにメモ入りの朝食セットを渡して方子は戻って行った。
空いたテーブルの一角で雑魚寝のように机に突っ伏して仮眠とる人に紛れる。
さっきの会話は思いつきだったが、座ると糸が途切れたかのように急に眠気が襲ってきた。
視界の端で、人の動きがやけにゆっくりになる。
そして⋯
スズが遠くで吠えとるんか?




