第57話 やっぱり、忘れなくていい
それから暫く二人とも何も言わなかった。
だが、足音が心なしか重なり始める。
ワシにそんな芸当ができるわけでもないので、澪がペースを合わせてきてるんだろう。
『あの⋯』
澪が不意に呟いた。
ペースをシンクロさせて、ワシの状態を診ていたのか——
また何か言われるのかと思った。
『⋯さっきの忘れてください』
えっ?
『やっぱり、忘れなくて良いです』
ワシは予想外の言葉に、驚いたがそれを気取られないように表情を変えないまま澪のほうを見た。
澪は、以前酔った時のように柔らかな幼さを滲ませて、こちらをちらちら見ている。
一瞬目が合って、すぐに逸らされた。
『なんですか?』
いつもを装っているが、不自然だ。
「いや、てっきり急ぎ過ぎとかと怒られるのかとな」
『人を測定機みたいに言わないでください』
「なんかリラックスした感じでいいやないか」
『なんであなたが私を評価してるんです?』
少し間
『……でも、ちょっと楽しいのは確かです』
『こういうの、“真夜中は別の顔”ってやつですかね』
「ええんやないか?夜明けまでも少しあるし、それまでは兄妹ごっこの続きと洒落込むか?」
『調子に乗らないでください。でも、あなたのメンタルケアって事でのりましょう』
「あいかわらず、屁理屈で生意気だな。」
『あなた⋯お兄ちゃんに言われたくない!』
突然再開された兄妹ごっこ、悪くない。
それからしばらくは“フリ”という免罪符で二人とも兄と妹で同行者を楽しんだ。
『なんか、お腹すきましたね』
澪が言う。
「そういえば、さっきのエイドで貰ったオニギリがあるが食うか?」
『それ、私も持ってます。毎回思うんですが、エイドのおもてなしはありがたいんですが、全部貰ってたら歩けなくなるくらい量ありますよね』
「まあ、色んな好みの人に合わせてバリエーションがあるのは認めるが、全部とは実は食いしん坊なんじゃな」
『人の厚意は受け取らないとってだけです。勘違いしないでください』
「元気じゃなって意味やから、拗ねるな」
『拗ねてない。お兄ちゃんぶらないで』
「今は兄やしな」
『ほら、明かりが見えてきた。エイドじゃないですか?』
バツが悪いのか、澪はあからさまに話題を変えて前方を指さした。
そこには、まだ距離はあるが温かな光と湯気があり、人の声が聞こえ始めた。
夜明け前の暗さの中で、そこだけがやけに明るく見えた。




