第56話 別に、じゃなかった
『兄は元気が服を着ているかのようなやんちゃな子供で、家中を走り回って台風みたいだった、と両親は話していました。』
『“学校を休まないのが、あの子の自慢だった”、“それがあんな事になるなんて⋯”母はそう言って仏壇の引き出しから1枚の子供の写真を出して抱きしめました。』
お兄さんは急性髄膜炎という病気で亡くなったそうだ。
症状は、始めは風邪のようなありきたりなものだが急に悪化し亡くなるのだという。
『母は、“あの時、学校を休ませて無理にでも病院に連れて行っていれば”と呪文のように何度も呟いていました』
「だから、あんなにワシ⋯俺の体調を気にしてたんじゃな」
『医療従事者としては当たり前とは思いますが、実際医療の道を目指したのは兄の存在があったのは確かですね。両親みたいに後悔する人を減らしたい、“自分の手の届くところは全員を助けたい”みたいな。傲慢とは分かっているんですが』
『あなたをみてると、話に聞いた兄の無鉄砲さと重なるんです』
「子供と重なる?まあ、育ちは隠せんっちゅう事か⋯」
『育ち?そんなに自然溢れるとこで育ったんです?』
「いや⋯」
『あと、自分の事より状況を優先しちゃうのは鏡をみているようで⋯』
そう言って澪は誤魔化すように夜空を見上げた。
そんなに頻繁にあっとらんのに、たいした観察力じゃ。
ワシの恒一への考えと重なっとる。
「そうなると、澪にも無鉄砲さの才能があるな」
『私は兄とは違いますよ』
『ちゃんとやれてましたし……弟たちの面倒も見てましたし』
『両親にも、迷惑なんて——』
一瞬、言葉が途切れる
『……別に、褒めてほしかったわけじゃ』
「なら、なんでそんな顔しとる」
澪は一瞬ハッとした後少し黙って、視線を落とした。
『……私』
『……褒めてほしかった、んですかね』
『……なんか、変ですね』
『今さら、こんなこと』
そう言って歩き続ける澪に、
ワシは何も言わず、ただ横を歩いた。
さっきまでより、少しだけ
距離が近くなった気がした。




