第55話 困ったように笑う理由
『正直、実感があるわけじゃないんです』
『漫画や小説の登場人物を思い描くみたいな——
そんな感覚に近いかもしれません』
ワシは小さく頷く。
『実際、私は四人兄弟の一番上で、下に弟と双子の妹がいます』
『弟は大学を、妹たちは今年高校を卒業しました』
「今どきにしちゃ、兄弟多いな」
自然と、文の顔が浮かんだ。
『両親は共働きで、いつも忙しそうでした』
『だから私は、迷惑をかけたくなくて』
『気づいたら、弟たちの面倒を見るのが当たり前になってました』
「大変じゃったな……世話焼きなんじゃな」
『そんなつもりはなかったんですけどね』
『でも、正直ちょっと楽しかったんです。リアルなおままごとみたいで』
『ただ、相手は人間なんで⋯ケンカもするし、ケガや病気もあって——』
気づけば、
ワシは澪ではなく、文の姿を見とった。
『小学校を出る頃には、簡単な家事はできてました』
『でも、やっぱり子供で、失敗も多くてよく叱られてました』
目を閉じなくても、
澪が忙しく動き回る姿が浮かぶ。
「頑張って、両親や弟妹に心配かけんようにしとったんじゃな」
気づけば、
ワシは澪の頭を撫でとった。
——文に、した時と同じように。
「……すまん」
「つい、手が出た。嫌やったろ」
澪は一瞬、目を見開く。
だが、すぐに表情を緩めて歩き出した。
『大丈夫ですよ。そんなに気にしないでください』
『でも……』
少しだけ、間が空く。
『お兄ちゃんに言われたみたいで——嬉しかったです』
『私、弟たちのこと、よく褒めてたんです』
『叱るより、ずっと多く』
『……あの子たちが笑うのが、好きで』
「そうか」
『でも——』
『私が褒められることは、あまりなくて』
澪が、そっと肩に頭を預けてくる。
『両親は、私のこと信じてくれてました』
『何をしても、“大丈夫”って』
『……それが、ちょっとだけ苦しくて』
「そうじゃな」
『兄の話を聞いたのは偶然だったんです。成人式を迎えるお正月にそのお祝いを兼ねて旅行に行って父から』
「ビックリしたじゃろ」
『そうですね。でも、それ以上に嬉しさと切なさがたまりませんでした』
『私は辛かった時に“空想上の”兄を思い浮かべて甘えてました。というか文句ばっかりでしたが。それはどうしょうもない現実からの逃避だったんでしょうね』
『それが、会うことはなかったとはいえ、現実で“一人じゃなかった”って気持ちと“なんで今いてくれないの”って気持ちがごちゃごちゃになって⋯』
「そうか」
『その時からです。逆に私がお兄ちゃんに憧れを強くしてしまったのは』
「……遅い、っちゅう話じゃな」
澪は一瞬きょとんとして、
それから、少し困ったように笑った。
『……そう、かもしれませんね』




