第40話 空いた場所
あれから数日経ったが、山田さんを見かける事はなかった。
俺が現場にいない時間に来ているだけかもしれない。
そう思う程度には、あの人は歩くのが当たり前だった。
そんな中、所長が1枚のポスターを持って来た。
『おい、tetsu。これを入り口近くに貼っといてくれ』
“第〇〇回 100kmウォーク開催!”
大きな文字と、その下に並ぶ完歩者の写真。
『大会近くなって盛り上げるために貼ってくれと言われてな。協賛とかじゃないから、まあ掲示だけだ』
所長は興味なさそうに言った。
言われた通り、ゲート脇の見えやすい位置に貼る。
視線を落とすと、小さく
「※エントリーは締め切りました」
と書かれていた。
その下には、笑っている人たちの写真。
疲れているはずなのに、どれも同じ顔をしている。
達成した者の顔だった。
山田さんが出ると言っていたのは、これだったか。
出られるといいんだが。
そう思いながらも、
「まあ、俺は頼まれても出ないがな」
誰に聞かせるでもなく、呟いた。
ゲート横にあるそのポスターは何かと目に入り、存在感抜群で日に日に大会の迫りくる緊張とともに山田さんの事を俺に思い出させた。
そんなある日、所長がまたポスターを持って来た。
いや、ポスターというよりステッカー?
『これをあのポスターに重ねて貼っといてくれ』
そのステッカーには“追加エントリー募集”の文字が。
それを見た瞬間、なぜか視線が離れなかった。
『キャンセルでも出たんだろう。出るもの好きがいるのかねぇ』
職人が口々に言っている。
まぁ、俺も同感なのだが。
しかし、所長の一言で空気は一変する。
『実はな、なんでも遠方からの参加者グループから大規模なキャンセルがあったらしくてな。運営側からうちかにも参加依頼が来とるんだ。断る事もできるが、無下にするのもイメージ悪いから一人だけでも出したいんだ。』
ざわつく職人たち。
『で、相談なのだがtetsu、お前出てみんか?お前なら適役だ。なに、完歩目指せとは言わん。スタート直後だと不味いが途中でリタイアしても構わんから』
『確かに、お前の体力なら問題ないだろうし、いつも道路際にいるから顔もしれてるからアピール力も断然あるしな』
『頑張ってるとこみて、惚れられるかもしんねえぞ!』
みんなこれまた口々に好き放題言う。
「勘弁してくださいよ。オレだって若くないんですから」
『歳は関係ねぇ。70代80代の参加者だっている。もし、完歩したら、今度呑みに連れてってやる!』
もう、所長のなかでは俺を“人柱”にする気満々のようだ。
ココまでくると、断ると逆に印象悪いだろう。
「分かりました。出るだけ出ます。でも、ホント完歩は期待しないでくださいね」
『さすがtetsuだ!ワシが見込んだだけはある』
上機嫌になる所長。
やれやれと思う反面、所長が言っていた高齢参加者というワードが、妙に頭に残っていた。




