第34話 距離
幾分テンションが微妙ではあるが、悪くない。
そう思いながら、アパートへと向かっていると
『こんばんは』
後ろから声をかけられ振り向いた。
「よう」
『?』
方子は一瞬不思議そうな顔をして、すぐ表情を戻した。
変な事言ったか?というか挨拶しただけだが。
『お仕事お疲れ様です。もしかして、今からですか?』
「終わりだよ。そっちこそお疲れ」
『まだ暑くって、室内の私でもダルいのに外仕事だと想像できなさすぎて尊敬しちゃいます』
「でも、真夏に比べりゃ楽になったよ」
なんて世間話しながらアパートに着く。
『そういえば、遅くなりましたが“けんちょう”ごちそうさまでした。凄く美味しかったです。』
「貰いすぎてたから、こっちこそ助かったよ。でも“また”は期待しないでくれ」
『残念。というか、さっきから思ってたんですが今日は雰囲気違いますね』
不思議顔の理由はコレか。
『何か、近づきやすいというか⋯』
「俺が? 何が?」
『そう感じてるって事は、自覚あったんじゃないんですか?そういえば、“あの子”も最近見ないんですよ』
「あいつは、勝手に生きるだろ」
『“戦友”だからもっと心配するのかと思ったのに意外』
「冷えるぞ。早く上がれ」
『なんか、先生かお父さんみたい。それじゃ』
そんな事言いながら、方子が階段を上がる直前、
街灯の下にあの野良犬がいる。
俺は立ったまま、顎を少し引いて「来い」と短く言う。
半歩止まり、耳だけがこちらを向いた。
『前より、言うこと聞きますね』
「まあな」
方子がまた怪訝な顔をする。
今日2度目のその顔。
何が引っかかっているのか、本気でわからなかった。
少し肩透かし感はあるが、現場離れても“収まりのいい”手応えは残っていた。
“演技”していなくても、馴染んできたのか?
ーー悪くない。
また、夜風に聞こえた気がした。




