第30話 背負う位置
成り行きで試す事になった“疑似兄妹”。
澪さんが言うには、前々から準備なしである日やる事に意義があるのだという。
つまり“アドリブ”で兄になるという事だ。
四六時中“演じ”ないといけないというプレッシャーはない代わりに、“抜き打ちテスト”に怯える生徒のような妙な緊張感を持つ朝が続いた。
その日もいつものように、現場に着いた俺はルーティンの掃き掃除をしていた。
別にイメージアップ作戦とかではないのだが、所詮工事現場は周辺住民にとっては“余所者”。
いわゆる“ホームタウンディション”的な感じで、何かあったら“あそこの現場の人が”という印象を持たれやすい。
実際に素行が悪ければしようがないが、やってもない事で印象悪くなるのは納得いかない。
そんな経緯での掃き掃除。
それも終わり作業員が出勤し始める時間帯、角を曲がりやって来たのは、
「おはようございます」
『おはようございます』
白衣の上に羽織ったコートの澪さんだ。
髪は整っているが、目元がわずかに重い。
「夜勤明けですか?」
『ええ、今日は“固定”でお願いします』
『兄側で』
突然の宣告。考える間もない。
「わかった」
『緊張しなくてもい⋯』
「危ない」
とっさに澪さんの手を引く。
夜勤明けで注意散漫なのか、話ながら道路沿いにいた澪さんのすぐ横を大型車が通り過ぎる。
澪さんは一拍遅れてこちらを見る。
『……判断、ゼロ秒でしたね』
息は乱れていない。
だが観察は鋭い。
『迷いがない』
俺は自分の手を見下ろす。
「今のは仕事だ」
『ええ』
澪さんは頷く。
『でも、今日はあなたが背負う位置でした』
まだ、澪の腕を掴んでいる。
離す。
妙な感覚が残る。
恐怖ではない。
焦りでもない。
ただ、収まりがいい。
懐かしい、というのとも少し違う。
以前にもこうして誰かを引いたことがあるような——
そんな錯覚がよぎる。
朝の空気が、少しだけ張りつめていた。




