【30話】奈落之王奉納祭祀Ⅰ
【奈落之王奉納祭祀】
ならくのおうほうのうさいし
と読みます。
実は地獄の管理をしているのはサタンではない。ベルゼブブでもない。
他の者がしているのだ。
その者が冠する異名から元々は【地獄】ではない呼び名であった。
今から起こる事象はは五百年一度の記念すべきお祭り―――
―――その前日譚
*
「という事で零落組皆の心的外傷【奈落の王アバドン】についての再度説明させていただきます」
フルーレティは手元の資料を眺めつつ指示棒を構え説明を始めた。
「アバドンは此処【地獄】を管理し正式な出入を管理している奈落の支配者。零落したとも謳われますが真偽は不明。立ち場は非常に珍しく神々とレティ達の間で完全に中立の立場を確保しています。神々に協力を乞われれば協力しレティ達悪魔にも同じ対応を致します。」
零落した者の多くはアバドンの能力によって此処正式名称【奈落ノ國】に堕とされたのが大半である。
零落する者は神の始祖エルによって審議に掛けられ零落という判が押されればアバドンの能力によって地獄の上空から自由落下で地面に叩き堕とされる。
此処の管理をしているのはアバドンであり堕とされたものが勝手に社会基盤を築き新たな一勢力を住まわさせてもらっている。我々地獄に住まう者から見ればアバドンは所謂大家さんと云った所であろうか。
「今回奈落の王アバドンを祭り上げる祭祀を五百年ぶりに執り行います。此れは所謂大家さんに家賃払う感覚と近いですかね。普段バラバラな地獄の民達もこればかりは協力して祭祀の準備を執り行います。そして今回のドキドキ振り分け発表時間でーす」
さて始まった地獄の時間が。
フルーレティの正面の椅子に腰掛けるベルゼブブは頭を抱えた。
五百年に一度行われるアバドン有難う祭(急遽ベルゼブブが命名)は様々な意味が込められている。
一つ此の空間に住まわしてくれる事。
此れは先程フルーレティが述べたように大家であるアドバンに家賃のようなものを支払う意味が強い。
一つはアバドンの管理する空間にバンバン穴を開けているのを見過ごしてもらう為。
御存知の通り此処には外界と繋がる手段として地獄の門がある。其れは魔王ベルゼブブによって執り行われた事であった。外界に出たいという思いは皆あったし開設当時は地獄の皆が喜んでいた。
だがそれを良しとしないものが居た。管理者アバドン自身である。アバドンからしてみれば自身の完璧無欠な領地に自分の管轄外の抜け道のようなものを了承無しに作られたことによる怒りもあったのだろう。
アバドンは暴れ狂い地獄を崩壊させかけた。無論其れはベルゼブブやサタンなどと云った悪魔たちに止められたが、
それ以降、家賃支払いと御機嫌取りの意味合いも含めて五百年に一度此の祭りは執り行われることとなった。
内容は単純。アバドンが要求する物を揃え差し出し盛大に持て成す事、以上である。
だがその要求するものが毎度無理難題を突きつけられるのでありその筆頭格が地獄の門という抜け道を作ってしまったベルゼブブであった。
祭祀は地獄創立以来今年含め系十回行われることなる。そして以前行った祭祀にて要求されたもの、今でも忘れはしない【生命の樹の実と知恵の樹の実】
幸いうちには元々その樹の監視役をしていて今でも偶に笑顔で採ってきて料理として振る舞うような頭のネジの外れたやつがベルゼブブ館内に一人おり難を逃れた経験がある。
流石に今のベルゼブブでも勝手に実を蒐集してみろ、最悪な事態へと発展していてもおかしくなかったのだ。
とまあ以前の要求がそれな訳でベルゼブブは体中の筋肉を強張らせ聴覚に全集中していた。
「ではベルゼブブ様は最後に発表するとしまして他の皆様の担当の発表をさせていただきます。」
勿論要求をされているのはベルゼブブだけでは無い。
他の三大支配者と七つの大罪面々。個別に指定されているのは此のくらいで他の悪魔達は各世界を飛び回り酒と食料集めに奮闘中である。
「まずはアスタロト様達……マナ」
「まあまあ楽じゃないそれ、天から落ちてくるの拾うだけじゃん……」
「アバドンはベルゼブブ様とサタン様以外には大体要求優しめですよね。実に腹立たしい……」
ベルゼブブの斜め後ろに控えるタルキマチェは云った。
同意するようにベルゼブブも頷いた。
「続けてサタン様が非時香菓」
ベルゼブブが呻いた。
基本的にベルゼブブの次に入手難易度が高いのはサタンだと決まっている。アバドンに恨まれているのはベルゼブブだけでは無い。
サタンはベルゼブブの次くらいには恨まれている。アバドンから見てみればサタンは自身の領地を勝手に統治している他所者状態だ。故にベルゼブブの次にアバドンはサタンに当たりが強い。
「サタン様でその水準……? 今年ヤバいかも知れない」
非時香菓。不老長寿の果実とされていて見た目は橘のような蜜柑の形。
田道間守が10年の歳月をかけて常世の国から持ち帰ったものであり此れを持ち帰ってしまうと天皇は崩御してしまうという伝説もある。
人間が十年かけて手に入れた代物を早急にもってこいと要求されるサタン、此れより位が高いのをベルゼブブは今年は要求されることが確定してしまったが故の呻き声。
「ではドキドキ振り分け発表、今年ベルゼブブ様が要求されるのは―――」
後ろからご丁寧にタルキマチェがドラムロールをしているのも気にならないほど今ベルゼブブは緊張のさなかに居た。
ドラムロールが終わった。フルーレティが事実を残酷に告げる。
「エジプト神話きっての破壊神セクメトが所持する、【赤い麦酒】です」
ベルゼブブは押し黙った。
声にならない声を上げ、呻いた。
机に突っ伏し腕に顔を埋める。そして嘆き始めた。
「死んだ、終わった、え、どうしろっつうだよ、セクメトって滅茶苦茶強いんだぞ知ってんのかよあいつ否知ってるから突き付けてきたんだろうが、は、あ、あーあもうさ、え?ああ、アハハハハハハハハ」
「おや頭がおかしくなってしまったのでしょうか。あ、何時も通りでしたねベルゼブブ様」
何時も通りの毒舌フルーレティに構う暇がない暇がないほどにベルゼブブは悩んでいた。
セクメトと云えば人間を滅ぼしかけた大厄災。天災にして全ての終焉。
勿論本気でセクメトと戦っても勝てるだけの自信はベルゼブブにはあったし負ける要素はない。だが勝負の勝ち負けが今回での議題ではない。
そもそもセクメトとは太陽神ラーが生み出した破壊の女神。
生み出した理由は単純明快、人間がラーを敬わなくなり一旦滅ぼそうとラーが画策していたから。
因みに此の騒動にはベルゼブブ、セトも一枚噛んでいた。
*
太陽の船。それはエジプト神話において太陽神ラーが乗っている天空や冥界を航行する船であり此れにより世界は光りに包まれている。
太陽の船とは巨大な帆船でありその舳先にエジプト神話の神、セトは腰掛けていた。
心地の良い風が頬を撫で帆船は風を受け前へと進む。
「やあセト。そんな所に座って、落ちても知らないよ」
【太陽神・ヘリオポリス九柱神】ラー、レー、ラー・アトゥム、ラー・ホルアクティ、パ・ラー・ホルアハティ、ラー・アメン、アテン・ラー
能力:神の創造、万物の創造、目から光を出す、太陽を司る
「私がそんなヘマするとでもラー」
【砂漠と戦争を司る神、ヘリオリポリス九柱神】セト、セテカー、ステカー
能力:砂嵐と戦争を司る、【次元渡航】
「思ってないよ、それじゃあ今回もよろしく頼むよ」
零落後のセトはこうして偶に昔の縁から私を太陽の船へと乗せ数日間一緒に旅をしていた。その関係は今でも続いている。エジプト神話の中では時代が進むごとに嫌われ者へと成っていってしまっていた私にはとても有難い存在でも合った。
太陽神ラーには天敵がいる。
アペプと言うなの蛇だ。二人は言うならば不倶戴天の敵一切相容れず混じありあわない存在。
だがそんなアペプにも天敵はいる。
セトだ。
アペプは時々太陽の船を沈没させようと襲いかかってくる。
その阻止のために零落後でもセトは太陽神ラーと関わりがあった。
「あっそうだセト」
舳先に腰掛けていたセトにラーは唐突に声を掛けた。
セトは応答するために後ろを振り向く。
何処までも赤く長い髪に消えぬ白光を模した様に白い目。身につけているもにはどれも一級品であり背中からは後光のようなものが差している。服には大体的に描かれた隼。
対するセトは所々くすんだ赤い髪を三つ編みにし赤黒い目をラーへと向けている。エジプトにならった服装を仕立て一部にはセトアニマルを描きウアス杖を片手に舳先から甲板へと降り立った。
「どう? 人間っていないほうがいいと思うよね?」
悪い顔だ。
こういうセンシティブな話には普通の神ならば適当に受け流したりや波風立たない返答をするのはが普通だが生憎相手が悪かった。相手は人間の都合により零落させられた悪神セト。
セトも悪い顔を浮かべラーの質問に答える。
「ええ勿論居なくなったほうがためですよ私達の。人間は文明を持つと神を軽視する節があるのはどの世界でも同じですから、一度人類を滅亡させ無垢で何も知らない人間たちをまた創り出し滅ぼし、それを繰り返す。等と考えたこともありましたねぇ」
「いいじゃんそれ、あっちょっと待ってね。」
ラーは下を向き自身の左目を抑えた。
セトは目を押さえるラーの顔を覗き込もうとする。がラーはそれを抑えていない方の手で静止させた。
其れに従いセトは止まりラーの様子を眺める。
そしてラーの目から破壊神が産み落とされる。
*
「……なんてこともあったなぁ」
「結論貴方が戦犯じゃないですか、貴方が太陽神唆したせいで厄災が産まれそのツケが回ってきたのですよ」
「ぐぬぬ、言い返せない……」
悔しそうな顔で呟くベルゼブブをフルーレティは鼻で笑った。
「それで生まれたセクメトを人間界に放ったんだけどクソ兄貴二号がラーを説得したらしくセクメトを赤い麦酒で釣って虐殺を止めたっていう話。惜しいなぁあのまま野放しにしにしてたら人類は直ぐに滅んだのに……」
残念そうに呟くベルゼブブを聞こえないふりをしタルキマチェは問い掛けた。
「して入手方法はどうするおつもりですか? 破壊神セクメトは麦酒によってその凶暴性を抑えています。取り上げた瞬間抑えられていた凶暴性が解放され辺り一帯を更地と化する可能性もあります」
「実際そうだよねぇ……勝てるは勝てるんだけどぉ………派手にやっちゃうと駄目なんだよねぇセクメトの生息区域は人間界だからさ基本」
「生息区域って果たして神に使う言葉なんでしょうか」
行う方針を固めたのはいいもののそれが茨の道であるのには変わりない。
頭を抱えるベルゼブブに二人の部下は
「まあ今回もなんとかなるでしょうよレティ達も頑張りますし」
「ええ私達も協力いたしますしね」
慰めるように声を掛けた。
*
「はあ? 非時香菓? 嘘でしょ、アバドンめ無理難題要求してきやがってよ」
己の執務室で頭を抱えるサタンに直属の部下三名は慰める訳でもなく声を掛けた。
「まあまあいつもの事じゃないっすか、」
「サタン様私のアガリに掛かればそれぐらい何ってことないのよ!そんなに気落ちする必要はないと思うわ」
「取り敢えず日の下にでないのであれば協力しますが……基本的に此の人地獄から出られないから働くのは部下である我々ですよ? 貴方が頭を抱える必要は無いでは? それより任務達成の時の報酬について考えておいて下さいよ」
慰めるアガリアレプト。
惚気と慰めを混じらせたサタナキア。
煽りに加え任務の報酬について交渉を始めるルキフゲ・ロフォカレ。
「……まあ期待してるよ君等には、」
その返事にも部下達はなあなあな返事を返した。




