【31話】奈落之王奉納祭祀Ⅱ
祭りには特定の物を要求される者が幾つかいる。
地獄の三大支配者に始まり七つの大罪の面々。
我らがベルゼブブは七つの大罪の二つの名を冠している。
暴食担当と怠惰担当。
暴食担当のベルゼブブはまだギリギリ許された、名が同じだからだ。同様の理由でサタンも三大支配者の名と七つの大罪傲慢を担当しているが要求されるものは一つだ。
だがベルゼブブはベルフェゴールという名で別の大罪を担当している。
これがアバドンには別人判定となりベルゼブブとはまた別のベルフェゴールとしても物を要求されている。
名は神変奇特酒
酒呑童子討伐伝説で使用されたものだ。
そして幸運な事にベルフェゴールには酒呑童子伝説に関わる者と面識があった。
*
「という事でお願いします。情報でも何でも良いので神変奇特酒を下さい」
ベルゼブブ基ベルフェゴールは現在土下座をし頼み込んでいた。
髪の毛は下の毛先に近い所で結ばれておりそれを地面にまで垂らしている。
眼の前に居るベルフェゴールが土下座をしている相手、瓢は戸惑ったように立ち上がり申し訳無さそうに顔を上げるように懇願した。
黒の少し長い髪は先が括られており赤い垂れ目に着物を纏った青年。長い爪には赤く彩られている。
「頭上げて下さいよベルゼブブ殿、」
【妖怪の総大将】瓢
能力:瞬間移動、物理攻撃無効、己の浮き沈み
「いや、頼む側なのに直ぐ頭を上げるのってどうなのかなって……後今はベルフェゴールです」
「あ、そうなんですか……じゃなくて、その、頼まれてる側からのお願いですよ? 其れこそ聞かないとじゃないですか?」
「そうですか…、じゃあ一応……」
ベルフェゴールは申し訳無さそうに頭を上げ瓢の顔色を窺う。
ベルフェゴールの申し訳なさそうな顔色を見て逆に瓢に申し訳ないという気持ちが込み上げてくる。共感力とは恐ろしいものである。
「と云うか貴方なら知っていると思いますが僕は酒呑童子討伐には携わっていませんよ、」
「大丈夫です知ってて声をかけましたから」
「………? なら聞く必要あります?」
「いえ貴方が、瓢殿が酒呑童子討伐に少しでも関わったという情報が手に入れれば大丈夫なので」
畳から立ち上がりベルフェゴールはくすんだ赤の髪をなびかせた。
納得したような表情を浮かべたベルフェゴールとは反対に困惑した状態のままである瓢はベルフェゴールに問い掛けた。
「いやいや、此方はまだ一つ納得していませんよベルゼブブ――」
「今はベルフェゴールです」
「あ、……そこに一体どんなこだわりがあるかは知りませんが一旦はいいです。」
最早呆れさえ混ざっている瓢の声にベルフェゴールは背を見せ続ける。
鹿威しの音が周囲を包んだ。ベルフェゴールはゆっくりと後ろを振り向き墨のように黒い瞳を真っ直ぐに瓢を眺めた。其の余りにも真っ直ぐな視線に瓢はたじろぐ。
瓢の持つ、その本質すらも全て見極めんとする探りの眼を目の前の男は送っていた。
だが瓢が千年も以上前に成ると決意した妖怪の総大将は此れ程では動じない、此れ程では危機と感じない。ベルフェゴールと同じく立ち上がり問う。
「此方も情報提供をする身なのです。少しくらいは情報が回ってこないと平等ではないでしょう」
「……其れもそうですね、」
納得したようにベルフェゴールが独り言つ。
其の様子に瓢は一人心の中で安堵の溜息をつく。
「【此の世界のぬらりひょん瓢は酒呑童子伝説、詰まり神変奇特酒と関わりがあった】其れだけで私が酒を手に入れるには十分。全く私自身は飲めないのに、」
「……関わりが有ったと云っても希薄。理解に及びませんよ」
「そうですねぇ、例えば想像してみてください。貴方の目の前に巨大な大樹が有ると」
ベルフェゴールは瓢の方に体の向きを遣り身振り手振りを交えて語り始めた。
自身の胸辺りに手で大樹の幹を表すように形を作った。
瓢は其れを云われるままに眺めた。
「其の大樹には多くの枝が伸び、根が張っている。此の世界は其の大樹に繋がる枝の一つでしかないそしてその枝から様々な枝が分岐する世界が分岐する、関りが零であるのならば諦めていましたが、こうも関りが有るとなれば話は別。何処かの分岐した世界では貴方が酒を所持して居るかも知れませんね」
「……まだ理解できないのは僕が悪いのでしょうか、」
諦めた様に額に手を置く瓢をベルフェゴールは宥めた。
宥めつつ、ベルフェゴールは自身の髪の毛を結っていた留め具を取り外し完全に髪を下ろした状態へと変化させた。
そして彼、バアルは云った。
「理解できないのも無理有りませんよ。此れは神の中でも一部しか知らない話」
「其れを僕に享受するメリットは貴方には無いのだと思いますが」
「ええ。ありません、だから良いんじゃあないですか」
目の前の不敵に微笑む笑みは今まで見て来た者と同じものか、そう瓢は心の中の自分自身に問い掛けた。答えはNO。別人というに等しい微笑みだ。
「今から此の枝から分岐された枝、世界に飛びます。どの世界かには目的の酒を持っている貴方が居るはず。今神変奇特酒に一番近いのは紛れもない瓢、貴方だ。」
「途方もない時間が掛かりそうですね、急ぎの用事なのでしょう…?」
「その場合は失敗を、其処に訪れた事を無かった事にする。少し位なら時空も弄れるから一、二時間程度なら無かったことにできるさ」
あっけらかんとバアルは語るが神と云う者に触れてこなかった瓢にも理解できた。
バアル・ゼブルは神の中でも異端も異端の存在だと。
時空に干渉して時間を巻き戻す?確かバアル・ゼブルは天候を司る豊穣神であった筈だ。最高神という地位に居る者はそんな事迄も成し遂げてしまうのか、
様々な可能性が逡巡したが結論を出す事結局を瓢は諦めた。
「最悪は過去に戻って奪取するとかありますけど……あまりやりたくないんですよねぇ次元を渡るより面倒くさい」
「は? 過去に戻る? 神は其処迄の力を有して、それより過去へ、どうやって」
バアルは察した。必要に理由を乞う瓢の心の内を理解した。
そして釘をさす。
「悪いけど次元を渡るのは兎も角過去へは神以外は連れていけないからね、過去改変する場合は私ぐらいの立ち位置に成らないと―――君の持つ冥土の土産話が少なくなる訳にはいかないだろう」
「………聞いてたんですね。僕の頼光達への話」
瓢は顔を赤面させ手で顔を覆った。
「零落した神と云うのは総じてこのような力量を保持しているのですか……? 正直異次元級ですよ、飛び交う単語の所為で今は頭がとても痛い、」
「残念ですが神は零落した際に次元を渡れる力【次元渡航】を没収されますのでこういう事が出来るのは私だけですよ、流石に悪魔が全員私ぐらいの力が有ったら速攻高天原に乗り込んで征服してる所さ」
「云うに事欠きますね……要件は其れだけですか?」
「ええ、有り難う御座いました。又来ますよ」
正気に戻った瓢は思った。先程からバアルの表情は何処迄も固く眉間に皺を寄せていた。加えて返す言葉は何処か素っ気ない。痛みに呻いている様な深刻な顔だ。
目の前にいるバアルは瓢に向かって一礼し
「では失礼いたしました。妖怪の総大将瓢殿」
そう云い障子を閉めた。
*
【次元渡航】
神に名を連ねる者は全員持つ力の一つである。元々は神様であったアスタロト、ニバスも零落前は所持していた。
名の通り次元を渡り時空を渡る。
発動条件は体の何処かで二回音を鳴らし(ベルゼブブが行う足の裏で二回鳴らすや拍手等の該当する)魔法陣を出現させ渡航する。
現在地獄で所有しているのはベルゼブブのみである。
「世界って云うのは大概神の中では番号で管理されている」
何時もの執務室でフルーレティに髪を結ってもらっている状態であるバアルは語り始めた。
指を別の手で合計二本立て其れを髪を結んでいるフルーレティ、目の前にいるタルキマチェに見えるようにする。
バアルは立てた指の一つを少しだけ上げる。
「一つ目。番号で管理されているのは大方あの害虫の人間が暮らし発展させ文明を築いている世界」
次に上げた指とは別にバアルは残った指を挙げた。
「二つ目。神や悪魔、天使が管理する世界。冥府の神が管理する冥界やアバドンが管理している此処【奈落ノ國】何かが正にそれ。此れは番号で管理されていない」
バアルは一度話を区切り肩をすくめ呆れを体で表した。
「神変奇特酒を手に入れられる条件は四つ。一つ妖怪の総大将が瓢で有る事。二つ瓢が源頼光に拾われた経緯が有る事。三つ瓢が酒呑童子退治に加担している事。四つ酒呑童子討伐の際に死人が出ている事。此れを統べて満たす事が最低条件、其処から同系列の世界を辿って譲ってもらう、」
フルーレティが結っていた髪に髪留めを付ける。
其の様子を確認したベルゼブブは支配者の如く悠然と其の場に座する。
「ベルゼブブ様一つ確認したい事が」
タルキマチェが挙手をしベルゼブブに問う。
ベルゼブブは顎を引き了承の意を示した。
「神変奇特酒は元々は源頼光公が神より授けられた物だとされています。確か八幡大菩薩から下賜されたとかその線から貰うと云うのは、」
「其れも採用したいのは山々なんだけど、神様は色々面倒くさくて同じ界隈の神同士じゃないとあんまり交流が持てないんだよねぇ。八幡大菩薩は私の事知ってるだろうけど私知らないし、神々の王特権使って脅し取る方法もあるけどあんまりしたくないし。其れに高天原に行きたくないし……」
ベルゼブブは顔を逸らす。
フルーレティとタルキマチェにはどうにも最後にポツリと呟いた理由が本音としか思えなかった。
だが其れは口に出さず二人は黙り合った。
「承知致しました。我が主が其れをご所望とあるのならば我々は其れに傅き従うまで」
「よし、でも連続した【次元渡航】に通常の悪魔は耐えられない。今回は二人御留守番だね、喧嘩せず仲良くしておくんだよ」
ベルゼブブが背もたれに体重を掛け天井を眺める。眺めると云っても其処に天井を見るという意識は無く只視線がそちらに向いているだけに等しい事ではあるが。
数刻天井を眺めた後に目を閉じ思考に耽る。
「……確かあの世界の管理番号は【L:275930/1048302084】後半の数字が固定で前半の数字を弄って次元を飛ぶ」
後半の数字はベースとされた世界の管理番号を示す。
前半の数字はベースとされた世界から分岐した世界の管理番号を示す。
Lという言語は其れよりも大きな括りを示す。
「数字の振れ幅が大きいと世界の現状ががらりと変わり振れ幅が小さいと世界の現状は似たようなものに成る。今回は其の調節が難しいね」
机に肘を載せ頬杖を附く。
「言うなれば此れは【リセマラ】当たりを引くまで何度でも引き続ける」
何時かかフルーレティに聞いた言葉で例えベルゼブブは最後に独り言つ。
「直ぐに終わるといいんだけどなぁ」




