【19話】幽鬼揺々参道通行Ⅵ
泥濘土の一粒一粒に生命が宿る。
雨の匂い、土の匂いが鼻にを満たす
振りゆく雨粒が心を安らげる
慈雨が世界を見たし命を循環させる。
雨が彼の――――バアルの最高に最適な場と成る。
木々が蔓延る森の中。酒呑童子が封印されている洞穴の程近く。
子供の背丈位の石がぽつんと置かれ其の前にバアルは立つ。
「全てが始まったのは、此れからだったんだね」
雨音で声はよく聞こえない。
石に彫り、書かれた【文殊丸】。拙い字を確認して雲で日光を閉ざした空を見る。
慈雨がバアル降りかかる。其れすらもバアルにとっては至福であり極楽であった。
嵐と慈雨を司る豊穣神が昼夜が無く雨も降らず栄養の持てない土に囲まれた地獄に堕とされるなど飛んだ笑い事である。
慈雨の中で自嘲気味な笑みを浮かべバアルは只時が流れるのを待つ。
*
「雨だねぇ」
「雨ですねぇ」
タルキマチェはベルゼブブの濡れた髪を優しく丁寧に拭く。
割れ物を扱うように、蝶よりも花よりも、
「矢張り。雨はお好きで?」
「好き」
「ふふっ、そうですね」
雨が窓を打つ音と匂いにつられベルゼブブは窓の方に顔をやる。
椅子に掛ける際に正していた足も組み窓の外に意識をやる
その間もタルキマチェはベルゼブブの髪を布で拭き続けた。微笑み楽しそうに。
「今回、酒呑童子を武力で従わせるのにはマチェ君、アガリアレプト、サタナキアの能力は表立って使えない。理由は分かるね」
指を立てベルゼブブが問う。
タルキマチェは勿論ですと云った。
「我々悪魔が力を使ってしまいますと妖怪達の生命活動を阻害する可能性があります。妖怪達は信じる力が生命の源です。其れを実は悪魔の力だった、となるのは御法度ですからね」
「そう、其れは【妖魔友好相互援助条約】でも書いてある。だから君達は表立っての活躍ではなく今回は主に裏方でお願いしたい」
「承知しました」
タルキマチェが髪を拭き終わったことを合図するように布を頭からどける。そしてベルゼブブの髪を掬い櫛で梳かす。
先程ベルゼブブは酒呑童子の封印の様子を確認しに行った、が
最早封印の呪符とは名ばかりの"防犯映写機設置中とだけ書かれた提示紙"状態に過ぎない
「して、ベルゼブブ様。」
「ん?なあに」
タルキマチェは窓の外に視線をやりベルゼブブに戻した。
「此方の雨はバアル様の御力ですか?」
タルキマチェからはベルゼブブの表情は見えなかった。でも背中越しからでも分かるようベルゼブブは狼狽の色を見せた。
だが其れも一瞬だ。直ぐに何時ものベルゼブブに戻る。
指を一つ持っていき自身の唇に中てて見せた。
「神のみぞ知る、だよ」
タルキマチェは其の言葉を口の中で咀嚼し脳で反芻させた。
次にタルキマチェは耐えきれず噴き出した。
「其れもそうですね、」
*
酒呑童子の封印場所の前。
瓢、安倍晴明公、役小角が操る前鬼と後鬼が前衛。援護役にサタナキアの操る精霊達とタルキマチェ、役小角自身。
完全にすることが無いアガリアレプトはサタナキアの機嫌を保つためにサタナキアに姫抱きにしつつ雨を防ぐために唐傘を差している。
何してるんだ此奴と思う方もいると思うがサタナキア嬢が此れをしなければ援護しないと言い張った為である。
天気は慈愛を込めた優しい慈雨。
そしてベルゼブブはと云うと。
「ベルゼブブ殿、その、貴殿は何故上から見下ろして…?」
瓢が戸惑いを隠しきれず訪ねた。
ベルゼブブは一人雲に腰かけ足を組み地上に居る皆々を見下ろしていた。
「…? 節度を持ってきちんと地上十五米辺りからだけど…流石に本当に雲の高度から見下ろしたら怒られるかな~って」
「そう云う訳では無く、……まあそう云う事にしておきましょう…」
消化不良と云った顔を浮かべ瓢は押し黙った。
然し、と瓢は食い下がる。
「何故僕を前線に?確かに僕は物理攻撃は効きませんが、」
攻撃は全然、と腰に差した太刀を手に自嘲気味の笑いを浮かべ頬を掻いた。
其の様子を上から眺めていたバアルは興味深そうに眺めた後、微笑んだ。
直後封印場に消魂しい雷鳴が轟く。
「寝起きの目覚まし音は此れ位かな、さて緞帳は上げたのだから後は自らが舞台に立つだけだよ」
バアルが呟いた。
此の場には雷鳴程度で恐れ戦くものは一人たりとも居ない。
「本当、身勝手な人たちばかり」
瓢の呟きを掻き消す様に檻が破壊される音がした。
「成る程、以前より力が増してるね。封印した時から経過した時間分に比例して妖力が溜まっているらしいね。平安のより手強くなってるよ」
呪符を手にした晴明公が皆に伝えるよう語った。
次に親指で薬指を押さえ"刀印"を作り空中で四縦五横の線を念を込めつつ書き唱える。
「【臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前】」
九字切りの早九字と呼ばれる方法である。
古くから悪鬼怨霊を遠ざけ災いから身を守る効果があるとされている道教、修験道における護身術や戦勝祈願に使用されている術の一つでもある。
雲の上、全てを見下ろす神の如くバアルが眺める。実際合切バアルは神の中でも位の高い最高神であるのだが、
「開幕だね。君達の未練を断ち切る大事な戦の」
*
見知った術を眺めた後に洞穴から酒呑童子が姿を現す。
五米超えの相撲取の様に筋肉の付いた巨体。締め縄を瓢箪と共に腰に巻き額から天を突き刺す様に上に生えた角が存在感を放っている。
手には彼と同じ位に大きな木製の棍棒を持っている
先ずは段取り通りに、
「嘗ての妖怪達を取り仕切る大将酒呑童子よ。現妖怪総大将ぬらりひょんの瓢と申す者だ。今回貴殿には我々妖怪の存続に関わる重要な」
瓢が語りかける中、酒呑童子が遮る
「……酒が足りぬ……」
一言一言が重々しい。
周囲に居る動物が逃げ惑う。
「久々の此方だ、酒が飲みたい」
「お酒でしたら里に用意して有ります。ので此方の要件もお聞きに、」
「今此処になければ意味が無い」
「でしたら直ぐに用意させて頂きますが」
「其れより」
人の話聞かねえ所変わってねえな此奴
「安倍晴明、陰陽師…貴様俺を封印したな」
下手な木々の枝よりも太い指で酒呑童子は晴明公を指差した
意外そうな顔を晴明公は浮かべ次に微笑んだ。指で狐の形を作り目を細める。
「狐に化かされた、とはこの事かな?酒呑童子君」
「二度は同じ轍は踏まぬ」
云い切った後に手にした棍棒を振り上げ晴明公に向かって降ろした。
地に棍棒が叩き付けられる。地が割れ一部が隆起する。攻撃には全員避けられ攻撃の構えに出る。
瓢が晴明公に向かって問いかけた。
「此れって交渉決裂って事でいいんでしょうか!?」
「良いんじゃないかな、彼が今したいのは私に封印された憂さ晴らしだし。こうなったら遣る事は一つだよね」
晴明公が吐き捨て手に持つ呪符二枚に念を込め唱える。
「【急急如律令】出でよ、」
呪符が変化し形を成す。
一つは騰蛇
一つは朱雀
何方とも十二天将の中では火の属性を持つ。
騰蛇は南東の方角を守護し。炎を纏った蛇の姿
恐怖や凶事を使役する鬼神。安倍晴明をも認める凶暴さを持っている
朱雀は南方の方角を守護し。炎を纏った鳥の姿
四神の内の一体でもある。口数は十二天将の中でも頂点位である
「酒馬鹿相手には火で醉い覚ましをしてあげなくちゃね」
炎を纏う神々は晴明公が従える十二天将の内の二人だ。
火炎が酒呑童子に降り掛かる。棍棒で払っても木製である為引火する可能性がある。
どうするのか、一種の見極めだ。
だが酒呑童子は晴明公の考えに反し生身で受け切ってみせた。蓄えた筋肉か妖力がそうさせたのだろうと瓢は自身のなかで結論を出す。
「ふむ、成る程。火炎は効かないと…」
晴明公の呟きが掻き消える。役氏、サタナキアが操る前鬼後鬼、精霊達が酒呑童子に襲い掛かる。
前鬼の所有している斧、後鬼の所有している刀を振り上げ酒呑童子の肉体へを襲う。斧と刀が肉体へと突き刺さり血を流すが其れまでだった。
鋼かとも思われる肉体に其れ以上に深い傷を与える事は出来ず振りが止まる。其処を狙ってか酒呑童子が前鬼と後鬼に手を伸ばす。
スンでの所で鬼の二人は避け間合いを取る。
「鋼の硬さじゃな、儂の従える鬼神では手も足もでんわ」
役氏は肩をすくめた。
「一寸ーッ! 私の精霊ちゃんたちの攻撃も効かないんだけどー」
「⋯⋯凄いな日本の伝説に名が残る程の強さとは身構えてはいたが、予想以上だな」
「んもーー!! アガリー!」
感情が高ぶったサタナキアがアガリアレプトの首に巻き付けていた手に力を込めた。
己の首が締まる事に異議申し立てをしながらも其れが聞き入れられずアガリアレプトは首の拘束に耐え続ける事と成る。
「矢張りと云うべきの力ですね、ベルゼブブ様はどうするのでしょうか⋯⋯」
呟くタルキマチェの視線の先は雲に腰掛けた最高神―――バアル基ベルゼブブ
*
「う〜ん……思ったより攻撃が通らない。」
今回のバアル基ベルゼブブは下手に手を出す事が出来ない。
悪魔としては勿論だが神の立場としても介入が難しい。こういう個人的な争い事は駄目なのだ。
大きな歴史を揺るがすほどの大戦や乱戦であれば神に影響も出ると判断され介入が許可されるが此れは大戦、乱戦とも呼べない。
「少し位の手助けなら、そう此れは自然現象。誰にも抗えない自然現象なのだよ」
自分の人生を変える程の影響力を持った者に近づきたい気持ちはバアルも良く判っていた事だったら。
其れが怨みつらみ事が理由ならば余計に
「何時しかの友人の復讐という部類には縁がないが、友人を穿った鬼に漸く復讐の手を伸ばせられる様に成った、さてはて君はどうするのかな?」
神は全てを見ている。
最早地上の王と君臨したバアルに地上の事について知らない事は一つもない。
「瓢、君の友は確かに未練で成仏出来ていないようだね」
でもね、とバアルは話を切った。
「君の友人【源頼光】が現世に留まる理由、其れは君が思うような理由では無いのだよ。」
想像力が足りないねぇとバアルは瓢を嘲笑した。
~小噺の小噺~
「のう瓢殿や」
「おや、役小角殿どうされました?」
縁側にて慈雨が降るのを眺めていた瓢に役氏が近づき話しかけた。
「何、少しの疑問じゃ。何故君が儂らを集めたかのな」
「ですから、其れは申している通り――」
「妖怪に詳しいから。何て理由もあるじゃろうが他にもある筈じゃ。例えば、恨み辛みとかな」
雨が降っているからなのか空気はどんよりしている。
瓢の眼は細められ縁側から庭の様子を静かに眺めていた。
「平安の世、酒呑童子討伐後。妖怪が悪だと正式に認定された後に当時の里が人間の手によって壊滅されていたじゃろ?」
「………ええ、まあ」
「復讐したいか?」
「いいえ…自分でも……もう何をしたらいいか……」
苦しそうに呟く瓢の顔は役氏からでは伺えなかった。
〜小噺の小噺【終】〜
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