【15話】幽鬼揺々参道通行Ⅱ
宿に案内されたと云ってもベルゼブブとタルキマチェは宿には止まらずベルゼブブ基バアルの能力【次元渡航】により地獄へと帰還。
己の館へと戻り何時も通りの就寝であった。何故そんな事をするのか。理由は一つ。
バアルは、人間の発する【神への敵意】に滅法弱かった。其れはバアルが貯まり場としての役割を担っているからでもあるからか人間界への長居は今後に関わる。
地獄の底では敵意が届くのが薄れようが人間界は人間の庭。其れだけ直接に【神への敵意】を受ける事と成る。
ベルゼブブとタルキマチェにとって宿は一時的な休憩場に過ぎない扱いへと成った。
尚他の者達。陰陽師・安倍晴明公、呪術師・役 小角。サタン王直属の配下である司令官・アガリアレプト、大将・サタナキアは宿にて休息をとっていた。
サタン王の配下の二人が何時から人間界に居るのかは判らないが一晩を明かせられる位には穢れの蓄えがあるのだろう。
そうして皆が各々夜を明かす中一人、只一人。眼をガン開きながら夜を明かす者が居た。
*
「お早う御座います、皆々様方」
ぬらりひょん・瓢は黒い髪に垂れた赤い眼を酷く輝かせつつ宿前に集合した我々に頭を下げた。
そして次に瓢が見せたい所が有ると云い森の中に我々を導いた。
「工房が有るのです、此の先。百鬼夜行の実行は妖怪の皆々の予定を鑑みて考えると四日後の宵闇の中。我々の本領である今で云う兵庫辺りで決行と決定しました。其処で小物等の製作を行っているのです。何せ最後に行ったのが五十年前ですから昔の物はガタが来ている物が多く、」
瓢は照れた様に頭を掻いて笑った。
「百鬼夜行では安定の闇夜に浮かぶ提灯。零落した神々が移動する為に必要な駕籠、付喪神が移動する為の小柄な山車等々。何せ久しぶりの百鬼夜行ですから里の皆が参加する事に成ったんですよ」
妖怪の里を抜け森へと入る。
意外と舗装された山道を皆歩き工場は遠くあるようでほんの少しばかりか歩く事と成った。
少し云った所で瓢が緊張したように声を出した。
「あ、あの……ずっと気に成っていたんですが…フルーレティ殿の、御姿が見えないようですが…」
確かにその場に居るのは案内役の瓢。加えベルゼブブ、部下のタルキマチェにサタン王の使いとしてアガリアレプトとサタナキア。助っ人として呼ばれた安倍晴明公、役小角のみ。
此の場にフルーレティの姿や面影はない
「うーん、そうだね。でもあの子の事だしフルーレティはフルーレティ成りに仕事をしているんじゃないかな?」
不確かな話の内容にも聞こえるがベルゼブブの発する声には芯が有る事は誰が聞いても判り切った物であった。
瓢が意外そうな顔を浮かべ其の後微笑んだ。
「部下をとても信頼されているようで、」
とだけ云った。
山道を続けて歩く。何時しか道が少し開け何やら瓦の屋根が見えてくる。
「もうそろそろです。工房では妖怪たちが小道具づくりに勤しんで…おや?如何やら騒がしい……」
其の声に釣られ皆は工房の方角を見る。確かに工房らしき建物からは騒がしい声が聞こえる。
ようやったな兄ちゃん、や、すげえなアンタ等と云った称賛の声。
工房と云えば職人の集う場。其の道一本の職人たちが黙して作業に取り掛かる、作業音と自然物の音のみが響く神聖な場。だがそんな事は無い。
首を傾げつつも皆は工房の入り口へと差し掛かる。
一階建ての平屋に多く設置された専門的な物達。外から見る限り中も恐らく割と広いのではないかと考えれる程の外観的広さ。
似使わない騒がしさは数多くの駕籠や小柄な山車、提灯の眼前で行われていた。
逞しい妖怪達に囲まれた一人の青年。
「すげえな坊!たった一夜で全部終わらせやがった!」
「ぼ、坊って…多分レティは貴方達より年上かと……」
「俺等こう見えて平安から生きてるんだぜ?線の細えあんちゃんよりずーっと長く生きてらぁ!」
青年の近くにいた男が青年の肩を叩き高らかに笑った。
「にしても本当にすげえ!あの量を…どうやってやったんだ!?」
「ああ…其れはまあ…レティの能力で一寸…?」
【中将】フルーレティ
能力:一夜の内に仕事を片付ける、望む個所に雹を降らせる
はにかんだ顔を浮かべ頬を掻く黒髪、黒目の悪魔。名はフルーレティ
「……何やってんだ彼奴…」
奥に居たアガリアレプトがそう呟いた。皆の心境もそれに近かったがベルゼブブとタルキマチェだけは納得したように頷いていた。
「真逆……あの量をたった一晩で…?」
困惑する瓢に何やら満足そうに胸を張るベルゼブブ。其の様子を見て妬くタルキマチェ。
何時も通りだとアガリアレプトは呆れたように肩をすくめた。
無数の男に囲まれたフルーレティが少し断りを入れつつ場から脱し此方に近づいてきた。
普段正装でキチンと整えられている服装は乱れ上着を煩わしそうに腰に巻き腕を襯衣ごと捲くし未だ額に汗を浮かべていた。
「ベルゼブブ様、お変わりない様子で」
「フルーレティこそ。貯蔵の【穢れ】は?」
フルーレティが幾分か悩む様子を見せ自身の手を確認して話した。
「余裕をもって申すのであれば今宵迄…でしょうか」
「じゃあ日が沈んだら地獄まで送ってあげる。後は私とマチェ君で如何にかなるよ、安心して行ってきてくれたら善い」
「承知致しました。」
フルーレティは一礼をしたのち乱れていた身だしなみを整え始めた。
悪魔には食事は必要ない。食事をせずとも生きて行けるから。加え地獄は植物等は育たなく、食するという概念すらも元々は無かった。
逆に今現在ベルゼブブの館に料理長という役職が有るのは(ベルゼブブの館に限った話ではない)ベルゼブブ・ルシファー・アスタロト等の零落した天使や神等の食事の楽しさを知っている者達の意向である。
食事が必要ではない、逆に必要なのは地獄特有の【穢れ】である。
人間界へ訪れる際には幾らか其の穢れをため込んでおかなければならない。フルーレティやタルキマチェ程度の高位な悪魔と成れば一週間程度は長居できる。だが能力の使用により貯蔵の【穢れ】が減る。長時間使い続ける程減り続ける。
今回フルーレティは一夜連続で能力の使用を続けた。体内に貯蔵した【穢れ】が底をつきかけても仕方が無い程。
皆がフルーレティに駆け寄る中(タルキマチェは駈け寄らず工房に居る妖怪達に話を聞いている様だった。恐らくフルーレティに負けんとする思いによるものと推測)、動かぬベルゼブブに語り掛ける声。
「随分、部下を信頼されていらっしゃる。」
何時の間にかベルゼブブの隣に居た安倍晴明公は話した。
楽しそうに、少し羨ましそうに。其れをベルゼブブは見逃さない。
「羨ましいですか?安倍晴明公」
「其れも在りますが…少し驚いたのです」
何がです?ベルゼブブが応えた。
晴明公は余裕を持った笑みを浮かべた。其の笑みが浮かべる余裕さを感じ取ったのかベルゼブブの顔は酷く荒む。同時にベルゼブブには晴明公の次の言葉が有る程度予測出来ていた。
其れ故に浮かべた表情。
「貴方は、誰も信用・信頼して居ないと思って居ましたから。我々…まあ私は元ですが人間には酷く軽蔑した目で見ていらっしゃる。其の表情から貴方の此れ迄の歩みが或る程度読み取れる」
「………」
ベルゼブブは晴明公をジッと睨む。
其れに臆する晴明公では無い。
「貴方は人間を自分の餌としか見れない。見下す、そして同時に見ている方が憐れな程に怯えている。神々の皆々が人間を見下すのは知っていますよ、何せ私は神すらも使役する。」
晴明公は自分の掌を眺める。
十二天将を晴明公は従える事が出来る。十二天将の中には知名度の高い四神。青龍、白虎、朱雀、玄武と云った神までも名を連ねている。
此の場で恐らくベルゼブブを除き一に神については博識であろう。
「然し――――人間が神を恐れるならまだしも、神が人間を恐れるとは耳にした事の無い話ですねェ。」
「詰まり、君は何で私が人間を恐れてるかが聞きたいのね。聞き方が遠回しすぎ、此れじゃあ蘆屋道満に勘違いされても仕方が無いよ」
「………流石は地上を統べる王。地上で起こった事なら何でも己の手中内に収めてしまう、」
「無論だね。」
普段のベルゼブブであれば胸を張り高らかに宣言するだろう。だが此の時ばかりの声色は至極当然、其れが当たり前である事を只告げる平坦な物云いだった。
「そして、質問の御返答は?」
晴明公の言葉には容赦がない。
其の様子に観念したようにベルゼブブは肩をすくめ舌打ちをした。
「理由?そんなの単純だよ」
言葉を地面に吐き捨てているかの如くベルゼブブが語り始めた。
「例えば犬の嫌いな大人が居るとする。其の嫌いには様々な理由が関与してて、アレルギーとか仕方の無い物もある。でも理由の中には子供の頃犬に吼えられたから、とか云う物もあったりして…当事者は大人になってからも当時の記憶に怯え犬を嫌悪する。同種族同士ならば単一、一つの個として嫌う事が殆どだけど種族が変わるとなると話も又変わってくる。此の場合ね、恨むのは嫌悪の記憶の中心、其の種族全体。別に自分に害を与えた訳でも無い同種にまで怯え嫌悪する、私のは言うなればそれに近いかなぁ……」
「……其れは又、興味深い話ですね。確かに人間の性質は神に似通っている、」
「成る程安倍晴明公。君は【此の順序】が理解できる側の人間なんだ、稀少だよ誇っても善い」
「そうですね、私は人間の中でも飛びぬけ異質だ。抑々身体の半分に妖、の狐の血が流れてるから人間かも怪しいんだけどね」
少し寂しそうに話した晴明公。
だがベルゼブブはあっけらかんとした声色。
「別に良いでしょ人間じゃなくても?半分妖怪でもさ。君が人間と思えば君は人間なんだから」
「…………、」
「それじゃあ瓢に私が考えた策提案してくるよ。案が採用されたら君の力も役小角君達の必要になるから其の時は宜しくね。じゃ、」
ベルゼブブは迷いのない言動で云って見せた。
人の内心に関わる重要な事を。
驚き固まっている晴明公に何かを思い出したようベルゼブブが振り向いた
「其れと、種族で悩むのならもう少し苦悩を重ねなさい。まだ千年ぽっちしか君は生きていないんだから」
*
理解した。
アレが生粋の人、神、天使、悪魔誑しと呼ばれる所以
「あー遣って絆されてく訳か……本人は無意識らしいし、」
無意識って恐ろしー、そう思い晴明公は肩をすくめた。
「にしてもあの口ぶり……前に誰か似たような話題で諭したのかな…?其れが神か天使か、果てや悪魔か…」
不思議と笑みを浮かべる晴明公。
全てが抜け落ちた色の己の髪を愛でる。此の髪は元々此の色だった訳では無い。
元は自らが不倶戴天の敵蘆屋道満と同じく髪は黒に染められていた。色が抜け落ちたのは単なる老化に過ぎない。まあ白髪とも云えるし白髪とも云えなくもないが出来る限り白髪は無しで
「意外と……楽しくなるかもね」
晴明公は呟いたのちに皆の元へ歩き始めた。
~小噺の小噺~
何時しかのベルゼブブは肩を落とし苦虫を何百をも噛み潰したような苦々しそうな顔を浮かべた。
ベルゼブブは零落した姿。零落する前の姿はバアル。
己が父エル又の名をヤハウェが唯一神化する前まではバアルが持つ力は強大で在り創造神ヤハウェにも匹敵する程だった。
だが零落した
豊穣神であり神々の王のバアルは悪魔に貶められた神の代表格とも云えるだろう。
理由は凡て自らを信仰する人間の手によって
「ああ、ああ、ああ、ああ、忌々しき人間共」
人間は自分に都合の悪い物を徹底的に排除したくなる性質がある。
其れに中てられたが故の零落。
天使などの零落物語には物語が有る。旧約聖書に綴られている、語り継がれている。詰まり其処には【物語】が有る。だがバアルには其れが無い
実の父ヤハウェの唯一神化により他の神々が邪魔と成った。始まりは古代イスラエル人であった
バアル・ゼブブ
忌々しき文字は見ていても腹が煮えくり返りそうなほどの憤怒に見舞われる。
バアルは何もしていなかった。人間が生ける様地上の環境を整え大きく乱れぬよう管理し農業にも使えるよう慈雨を降らした。人間に対して自分が出来る事を精一杯には遣っていたつもりであった。
それの代償が此れであるのならばバアルはもう永遠に人間を心から信用する事は無い。
ベルゼブブの名の由来はバアルの本名バアル・ゼブルからである。
バアル・ゼブル。直訳で気高き王。
古代イスラエル人は似た言葉でバアルを皮肉った。
名を改めバアル・ゼブブ。ゼブブとは【蠅】という意味。現在のベルゼブブの蠅のイメージは此処から来たと云える。
だからバアルはベルゼブブの名で呼ばれる事を嫌悪する。今では慣れてしまい悪意のある呼び方以外は反応しなくなったが。
人間によって悪魔へ貶められた神バアル
「本ッ当に俺を尊敬しない人間、全員死んだら良いのに」
彼は過去自分が排除され、貶められた様に自らを排除しようとする人間の消滅を、今日もバアル基ベルゼブブは心より祈願した。
「全く、最高神が天頼みだなんて笑えない話だけどね」
~小噺の小噺【終】~
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