⑦
香名は背伸びをして、敦也の唇にそっと唇を当てた。啄むようなキス。優しくて柔らかい、天使の香りと共に敦也の胸を高鳴らせた。敦也も香名の唇を求めて、長く深い愛撫を続けた。唇が腫れるまで、彼女の唇を貪り尽くしてしゃぶりたいと。このままずっと恋人でいたいと敦也は思った。誰もいない二人だけの世界を構築できないだろうか。
「あなたのキスは……優しかった」
「お前のも……」
二人は何度も口づけをし、立ったまま互いの身体に触れた。二人の身体は冷たくなっていく。彼女が逝きたいと言うまで、触り続けるのをやめなかった。
大文祭の十日目は中止になった。敦也も陽太も他の学生も教員達も、ショックを隠し切れなかった。敦也は一番に事情を知ることができて覚悟もしていたはずだったのに、死人あるいは魂の抜けた抜け殻みたいに生気を失っていた。
腑抜けた面をした敦也を、陽太は殴りつけた。敦也は地面に尻を叩きつける。
「敦也……。お前、何してるんだよ。香名さんを……香名さんを見ていたんじゃなかったのかよ! 告白大会だって、今日あるはずだったのに……。なんで、なんでなんだよ!」
「……」
「なんとか言えよ、このっ……」
ステージの近くにいた学生二人が、怒り心頭に発する陽太を羽交い絞めにした。
「お前が止められると思ったから……任せたのに! そんな腑抜けに……任せるんじゃなかったよ! 僕がやれば良かった! お前に任せた僕が……悪かったよ……。くそう……」
女性のように甲高い声で怒鳴り散らす陽太は、涙を禁じ得ない。
「僕は受け入れられないよ……。なんで香名さんが死ななければいけなかったんだよ。彼女の遺体は何を物語ってた? 僕には何も言ってなかったよ。薄情者だなあ! 敦也にしか言ってなかったよ。お前のことを愛しているって、彼女の身体が言ってたんだ」
頬のこけた敦也が、一言だけ声を発し、訊き返した。陽太は眉間に皺を寄せながら答える。答えたくないことを、間抜けな親友のために答えてくれたのだろう。
「香名さんの身体に、無数の爪痕があった。彼女のナカからも……お前の遺伝子が出てきたって。二人して何やってるんだよ。こんなときに。鑑識が教えてくれたんだ。大守敦也の指紋が出たって。それから……。香名さんは……他の誰にも触らせなかったんだよ。あの日……あのとき。初めての相手も、お前だったんだ。お前一人だけが、生前の香名さんの心に触れられた」
どんなにか、彼女のことを想っていても受け入れられなかった陽太に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。悔しさで歯噛みする親友を、敦也は鳩に豆鉄砲を食ったように見つめていた。
「そう、か……」
敦也は乾いた笑いをして顔を覆い、背中を丸めた。
「俺は……間違ってなかったんだな……」
敦也は弱い心を覆い隠すかの如く、空を仰いだ。曇天が覆う天上を見上げ、香名に届くかと胸中の想いを小さく呟く。――お前は俺の恋人だったんだな。




