⑤
「……椎菜」
「外は夕立なんでしょう? やむまで雨宿りすれば良かったのに、どうしてそんなになるまでずぶ濡れになったの。まるで猫みたいよ。捨て猫みたい」
敦也の表情も相俟って、そう見えたのだろう。香名は敦也をいつも叱る。敦也は香名を見た瞬間、どうしようもなく抱きたい衝動に襲われて、濡れた手を伸ばした。
「ごめん。ちょっと」
「……何? つめた」
敦也は椎菜の頭を抱え、抱き締めていた。冷たい身体で彼女に触れるのに、躊躇がないわけじゃなかった。できることなら、湧き上がる熱を抑えたかった。敦也に御しきれるほどの熱じゃなかった。自分よりも小さくて愛しい彼女を、どうしても身体の中に収めたかったのだ。そうして敦也は人肌の温もりを感じていた。香名は迷惑がっていたが。
「どうしてそんなことをするの」
「どうしてって……ごめん。抱き締めたいって思ったから」
「どうしていつも、私に優しくしようとするの」
「お前が俺に優しくしてくれたから」
「どうして私を生かしたいなんて思うの」
「好きだからに決まってんだろ」
「どうして私の決意を……っ、踏み躙るような真似をするの!」
香名の語気が荒くなっていく。香名は瞳を潤ませ、敦也を睥睨した。涙ぐんで、敦也の胸を叩く。力のこもっていない拳で、敦也を困らせた。床に滴がぽたりと落ちる。
「どうして嬉しいなんて、思わせるのよ!!」
綺麗な顔が、いつものポーカーフェイスが、紙みたいにくしゃくしゃになって崩れ去る。大粒の涙を溢れさせ、抑えてきた激情を、弱音を吐き出す。
「生きたい、生きたいよ……。死にたいけど、生きたい。敦也、敦也ぁ……。どうして私をそんなに愛してくれるの? なんで私のために、あなたは頑張ってくれるの? なんで私なんかのために……そこまでしてくれるのよ。でもダメなの。私は生きちゃいけないの。死ななきゃダメなの……。死なないと、私は救われない……。みんなだって、死んじゃうの!」
「お前に死んで欲しくなんかない! お前は俺を変えてくれたのに、なんで俺には変えさせてくれないんだよ。こんなにお前に生きて欲しいって言ってるのに、それじゃ足りないのかよ!?」
何度同じことを叫んだか、数えるのも飽きた。敦也は想いをぶつけて、香名を執拗に責め、優しく抱き締めた。大事な人の心が知りたくて、思いきって抱いたのだ。
「ごめ……なさい……」




