⑥
「お帰りなさい」
敦也が帰ったのを察知して、香名は大広間から敦也を呼びかけた。
「ただいま」
大広間は香名の親戚が集まる場所であり、香名の両親や歴代当主の遺影が鴨居に飾られている場だ。豪奢な仏壇もあり、他の部屋とは一風変わっている。ところどころ、日本人の格式張った荘厳な住居という印象を受ける。掛軸も壺も水墨画で描かれた襖も、その道の名手が作成したものなのだろう。お供え物と花瓶を差し出した香名は敦也に場所を譲り、座布団に正座した。敦也も座布団に正座して、香名の両親に一礼した。
「椎菜の義父さま、義母さま。お世話になっています。いつも椎菜には良くしてもらっていて、かける言葉が見つかりません。お……僕は、あなたがたのように椎菜を指導することはできませんが、椎菜の期待に沿えるような男になりたいと思っています。医者にも、きっとなってみせます。どうか、僕達を見守っていてください」
敦也はしっかり口に出していた。クスクスと笑う香名を見て、敦也は赤面した。
「いいと思うわよ。あなたらしくて」
「からかうなよ……」
「もう正座崩していいから、峯くんとのお話、して」
敦也はお言葉に甘えて、正座を崩して胡坐をかいた。
香名は正座も姿勢も崩さない。他人は甘やかし、自分には厳しくする香名だ。足が痺れても、正座を続けるのだろう。香名はやせ我慢していそうだが、ポーカーフェイスで心意を悟らせない。強そうに見えて案外儚い人なので、表情だけでは心のうちを読み取れないのかもしれない。
「あいつとは小学校からの付き合いだっけな。二年から」
「もう十年以上にもなるのね。それでこの間親友になっただなんて、聞いて呆れるわ。彼に感謝しないといけないんじゃない? 足を向けては寝られないでしょう」
「そうだな。俺は腐れ縁的なもんかと思ってたけどな」
私だったらとっくに見捨てていると香名は言った。陽太も女だったら見捨てていると言ったので、同性で幼馴染みの誼が免罪符の代わりとなっていたのだろうか。放っておきたいが放っておけない、捨てられた仔犬みたいだと喩えられた。
陽太の懐の深さに、敦也も多大に感謝している。だから陽太の力になりたいと思う。せめてもの償いに。何事にも無関心で、彼を振り回していたことに対しての恩返しと贖罪がしたい。
「陽太は俺とは違って、昔っから知的好奇心旺盛な奴でさ。俺がカブトムシ取るのに夢中になってた頃、あいつ本なんか読んでたんだぜ? なんて本だったか忘れたけど、宇宙の不思議みたいな本。つまんなそうな本読んでたのに、喜々として語るんだ。変わってるよなあ」




