⑤
「俺散歩行ってくるから、終わったらな。ゆっくり風呂入れよ」
「楽しみに待っているわ」
一分ほど言葉を交わして、二人は別れた。敦也は玄関まで歩いて、スニーカーを履いた。
外は青さのない暗闇で、満天の星空になっていた。この空なら、明日も晴れるだろう。星の輝きは電灯を頼りにしない明るさがある。月明かりさえあれば、道標となって人々を行くべき場所へと導いてくれるだろう。あれは、迷い人を照らす光だから。
ジャリジャリと小気味いい音を立てて、砂地を歩く。門を出て、五百メートルほど先にある、香名家の蔵に行った。外装は香名家のものと同じで、瓦屋根と白い壁でできている。蔵は展望台で、屋敷より高い位置にある。敦也は蔵から香名家を一望する。
――とんでもない豪邸だな……。
敦也は自分が今現在どんな人生を送っているのか、目を疑った。先の見えない貧乏生活から一変して、大金持ちの生活へと大逆転したのだ。人生大逆転で波瀾万丈な生活を送っている。欲しいものはすべて手に入るし、小遣いをもらって物を購入できる喜びを知った。やりたいことはすべてやらせてくれる。こんな生活を夢見る人はたくさんいるだろう。働かなくても食っていける、御伽噺のような世界だ。香名のように初めから大金持ちの家に生まれた生粋のお嬢様ならばいざ知らず、成金生活を経験している敦也を快く思わない者は世界中どこにでもいるだろう。何故お前だけが香名家に居候でも迎え入れてもらえるのかと疑問に思う者もどこにでもいるだろう。だが、香名は敦也でなければならなかった、敦也でないとダメなのだといつでも言ってくれる。他の誰にも敦也の代わりはできない。香名椎菜が夢で出会った人は大守敦也であり、他の誰も香名家に迎え入れなかっただろう。その大守敦也を香名椎菜は救いたいと思ったのだ。夢の中で運命の出会いを経て、神は二人に宿命を与える。
――あいつのこと、もっと信じられるようになりてえな。
香名椎菜がまともな人でないことは、出会った当初に薄々感じていた。あれから夢の話は出てこなくなったが、時折おかしな話をするのは明らかだ。ついていけなくなって話をすること自体を中断してしまうが、最後まで聞きたい。香名椎菜のすべてを理解できる、良き理解者となって彼女と一緒にこれからも暮らしていけたらと敦也は思う。香名家の全財産を譲ってもらいたいわけじゃない。香名家で香名と祖父母と幸せに暮らしたい。死ぬまでずっと支え続けていきたいし、支え続けてもらいたいのだ。二人三脚な家庭を築きたい。
敦也はため息をついて、蔵を出た。屋敷に戻って、門を厳重に施錠する。何重にも鍵をかけて、闇夜に潜む溝鼠の侵入を防ぐ。これだけ馬鹿でかい屋敷となると、入口も完全に封鎖しなければ隙を突かれてしまう。入りやすそうな屋敷に見えたら、賊が狩り場とするだろう。逆に、入りにくい屋敷に見えても負けず嫌いな賊は、侵入を試みるのだ。これだけ大きな香名家に泥棒が人っ子一人も入らずに済んだのは、セキュリティが万全だから。香名家の完全防備体制は伊達じゃない。使用人も必要最低限に抑えているようだ。




