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勉強は香名ほど得意ではなかったが、敦也は仕事のできる人だったのだ。みんな彼に任せておけば大丈夫とまで思っているのか、仕事はどんどん山積みになる。山積みになっても、敦也は愚痴の一つも零さず、聡明な技術者のように着々とこなしていった。
会長に相応しいのは、案外彼だったのではないか? との噂も立ち始めた。
敦也は周囲の目をなんとも思わずに、やらなければならないことだけに集中した。このときばかりは。
敦也が頼まれたことをすべてやり終える頃には、時刻は十九時半をとっくに過ぎていた。成人しているため、何時に帰ってもいいが、遅くなりすぎた。まだ秋に差しかかった程度なので、外は明るい。凍てつくような、肌を刺す温度ではないものの、ほんの少し手先が冷える。朱さが残る芸術的な夕空を、夜空とはいわないだろう。
香名は既に帰宅している。陽太も一仕事終えて帰ってしまった。先に帰れと言った通り、先に帰ってしまったか。待たせるのは申し訳ないが、待っていてくれても良かったのにと敦也はため息をつく。薄情な奴等だ。
敦也が食堂前のパイプ椅子に座って休んでいると、同じ学科の女子学生も仕事を終えたのか、にっこりと笑ってハイタッチを求めてきた。気遣いの上手な彼女は、労いの言葉もかける。
「大守くん、お疲れー!」
「ああ、お疲れ」
ハイタッチを交わして、ちょっとだけ話さないかと敦也から声をかけた。香名がいなくて助かったと敦也は思っている。話しかけた理由は一つ。
「うん、いいよ。何?」
「バイトしてたよな」
「してるよー。でもここ以外ではやってないかな。ここのバイトだけ。食堂の手伝いとー、書店の手伝いとー、図書館の手伝いと……それからオープンキャンパスの手伝いかな」
「バイトのこと、詳しく教えてくれないか?」
「じゃあ、アイス奢ってくれる? あたし、あれがいいなあ。ソーダ味のソフトクリーム」
女子学生は食堂の中にある自動販売機の方を指す。ただで教えるつもりはないらしい。ただより高いものはないので、敦也は財布の紐を緩めて情報を買うことにした。ただで教えてもらうと、案外お金を払うよりも高くつくことがある。悪い噂を流されたり、ただ働きを求められたり、恩返しを迫られたりして、数百円くらい払っておけば良かったとのちのち泣き寝入りすることになりかねない。人間とは、恩を返さない者には容赦なき鉄槌を下す怖い生き物である。
女子学生は大喜びだ。ソフトクリームを嘗めると至極満悦の体で、敦也は肩を落とした。
「ここのアイス、おいしいよねえ」
「そうだな……。で、買ってやったんだから、教えろよな」




