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いつもはベンチが空いていることはなかったのに、祭りの効果なのだろうか。みんなして立ち食いをしている。少しばかり貧相な立食パーティだなと敦也は思った。失礼なことを思いつくようになったのは、敦也もお金持ちの仲間入りをしたから。屋台の前には人だかりができていて、浴衣を着ている女性が大勢いた。こどもから大人まで幅広く愛されている夏祭りは、夏の三大風物詩の一つと言えよう。薄暗くなってきた空を、口を開けて見上げた。
香名がここに来たら、派手に化粧をしている女性達の誰よりも脚光を浴びるのに。その美しさも佇まいも、どんな不良さえ魅了してしまうのに。ドレスアップした香名に早く会えないかと敦也は待ちくたびれていた。祭りの喧騒が聞こえないくらいには、彼女の装いを連想して物思いに耽っている。普段の彼女は化粧っ気のない、美人だ。今日も化粧をしてこないかもしれない。
――化粧しなくても美人って……今日日珍しいよなあ。
敦也の近くで屋台の食べ物を食べていた人たちが、誰かを見て惚れ惚れとした顔をしていた。男性はぽとりと食べ物を地面に落とした。彼の彼女らしき女性もぽかんと口を開けて、わなわなと震えていた。敦也は芸能人でも来たのかと鈍感になっていたが、空気が一瞬にして変わったことを告げる、人々の行動が敦也を覚醒させる。
人々は俯く。顔を上げることを許されないような気がする、この世で最も麗しき女王の凱旋。
「お待たせ」
下駄の音が響く。凛とした声に、よく合っている心地の良い音色だ。
敦也が声のした方に振り向くと、ナチュラルメイクをした一際美麗な女性が立っていた。煌びやかで艶やかな髪を結わえて、ポニーテールにしている。簪も差して、京都の舞妓を思わせるような、出で立ちに目を奪われる。否、彼女の美しさは他に追随を許さないものだ。比べられるはずがない。恥じらいを持った、まことしやかな女性。これぞ香名椎菜の真骨頂だろう。
「メイクはあまり得意ではなくて……時間がかかってしまったわ。ごめんなさい」
華やかにした顔を見せたくないように、俯きがちに謝った。いつもと違った自分を見せるのが恥ずかしいのだろう。敦也のためにメイクをしてきたとも思われたくないのだろう。麗しい顔を更に麗しく着飾って、敦也の心を虜にしていく。深みへと嵌らせていく。
香名は髪を触りながら、何か言うことは? と敦也に訊く。
「…………えと、その……。くそみたいに綺麗だ」
香名はぴくりと眉を動かして、敦也の胸倉を掴んだ。敦也は慌てて弁解する。
「や、ごめんな。俺、語彙ねえから……。ついつい、余計なこと言っちまった。あの、その……めちゃくちゃ綺麗だ。文句なしに、お前が一番の主役だぜ」
香名は満足げに笑って、敦也をぐいと引っ張って引き寄せた。頬に軽く唇を当てて、敦也の口元に人差し指を当てた。妖艶な美女の口づけは光栄かつ恐悦至極とあって、祭りの客からは苦情が殺到した。物を投げる者もいた。彼氏でもないのに、彼氏面をする男性もいた。




