⑥
適当にあしらう香名に、しつこく敦也は恋う。一方通行の恋。運転手は彼等の会話を聞いて何を思うだろうか。鬱陶しいと思うだろうか。微笑ましいと思うだろうか。はたまた、早くくっつけばいいのにと焦らされて急かすだろうか。仕事をする人間は心を持つことは許されぬ。不要で愚昧で痴情な感情はプライベートに捨て置くものだ。自身の空間にて、己の意志を吐き出す。して、心をオンとオフに切り替えられる大人になる。敦也はまだそれができない。
「敦也はどうして私のことを好きになったの?」
「唐突だな……。お前それわかるんじゃないのかよ」
「どうして?」
「はあ……。お前と俺が似てるからだよ。そんでもって……お前のこと見てると……抱き締めたくなる。なんて言うか……、切ないんだよ。うまく言えないけど。今も我慢してるんだ。お前をもっと近くで感じたいって思ってる……。くそ、言わせんなよな……」
敦也は頭を押さえて、ため息を吐きつつ低い声で答えた。とんだ恥さらしだ。さっきの仕返しとばかりに、辱めを受けている。香名の目は、どうあっても答えさせようと物語っているようだ。結果はわかっていても、本人の口から直接聞きたいという我儘だろうか。可愛いところもある。が、そうまでして言って欲しいのは何故か。香名も、知らずのうちに敦也を恋うているのか。本当は、誰かに恋われて生きたいのではないだろうか。
香名は頬に手を当てて、目を細めた。
「嬉しい」
敦也は言葉を呑み込んだ。言いたいことはあったのに、香名の可憐な仕草を見ていたら、どうでも良くなってしまった。流石は生粋のお嬢様。天然ものの可憐さも兼ねていた。
知れば知るほど好きになる。香名椎菜はこんなにも、世界を魅了する。敦也の世界を色めかせる。鮮やかに健やかに。凛とした声も、長くてほっそりとした指も、すべてが彼女の魅力を引き立たせる舞台装置のようなもの。敦也の目を惑わせる。目を眩ませ、蠱惑的で誘惑的な美しい魔女は周囲を虹色に変える。彼女がいる場所はすべて異空間で、別の世界になる。彼女がいない場所がモノクロに見えたなら、愛しく忌まわしき鎖に縛られた虜となる。彼女の蜜なる甘い匂いに誘われて、全身が痺れる。アドレナリンを放出する。もっと、もっと、甘美なる空気を吸いたくなる。病みつきになる、そんな魔性の女だ。
「……何か言って」
「ダメだ。言ったら、抑えられなくなる」
「まあ……。スケベな人ね」
「性欲の獣とかいう表現はなしな。俺のは、純粋な恋心だからな」
「それはいいわね」
墓穴を掘るとは、このことである。




