①
敦也は本格的に香名に勉学のコーチをしてもらうことになった。香名の言っていた通り、教えるのが大変うまかった。敦也が理解できないところをすべて理解し、敦也のレベルに合わせて教示していく。一瞬も迷うことなく、一瞬も言い淀むことなく的確にアドバイスをした。教えてもらった甲斐あってか、敦也の脳力はぐんぐん成長していく。香名に教えてもらえれば、なんでも詰め込めるような気さえするのだ。一つ疑問に思うこともある。
――お前、本当に役に立たない人なのかよ?
敦也は勉強部屋をもらって、机に向かって勉強していた。広さおよそ十畳もの部屋だ。勉強部屋にしては広すぎて寂寥感が漂うのが難点。夜になると物静かで不気味。幽霊でも出てきそうなからくり屋敷のようで、気が気でない。この歳になって一人でトイレに行けないというわけではないが、何か出ようものならちびりそうになる。
ばりばり勉強した後は、小休止を挟むようにと香名が玉露茶をお盆に載せて持って来る。生まれてこのかた、風味豊かで苦味と渋味のある茶を飲んだことがなかったので、敦也のお気に入りになった。香名家に厄介になるまで、敦也は麦茶とほうじ茶の味しか知らなかったのだ。現在のブームは煎茶と玉露茶とハーブティーだ。金持ちが飲みそうな茶を、敦也は悉く好きになっていった。貧乏暮らしだった頃の反動ではないだろうか。香名に玉露茶をもらい、暫し休息を取る。香名は部屋の中央で正座した。
「もう私が教えなくてもいいのね」
「いや……まだ教えてもらわないといけねえとこ、山ほどある」
香名がすり足で、敦也の机まで近づいていった。痛くはないのだろうか。
敦也も椅子を軋ませて、畳の上に胡坐をかいて座る。赤本と呼ばれる試験対策問題集を見せた。香名が髪を掻き上げて、覗き込んだ。色香のある項に、敦也はドキリとする。甘い苺の香りが鼻孔をくすぐり、一種の酩酊感に襲われる。
「こ、この問とか……」
「この問ね。ここはね、こうするの」
香名は敦也から赤本とシャープペンシルを奪って、書き込んだ。
敦也はわからないところを躊躇わず、香名に訊いていった。香名は訊けばすぐに答えて、答えを見ても理解できない問題の解説もしてくれた。すべてが頭に入っていて、すべてが彼女にとって他愛もない日常会話と同レベルなのだ。香名が最高ランクの大学で首席を取れると豪語したことも、あながち間違いではないことを、身を以て実感した。




