①
退院した敦也は、早速香名の家に連れて行かれた。病み上がりの心身には、少々酷な気がする黒塗りの車に乗せられ、病院を出立。
退院前に容疑者が病室に来訪してくれたので裁判は開かれず、示談金を受け取って事なきを得た。彼は怖くて逃げ出したと供述し、深く詫びた。敦也は全く怒ってはいない。
こういう車に乗ったことがなく、運転手つきの車というのも驚きでいっぱいだった。世の中には、こんなブルジョワな生活をしている人がいるのかと敦也は驚嘆する。義理の祖父母はゆったりと寛ぎつつ、カクテルを嗜んでいた。老い先短いと感じたのが嘘のようだ。けれど、余生を楽しむために、無理をして明るく振る舞っているのかもしれない。香名は顔に似合わず、生ビールをがぶ飲みしていた。
「……どう? 私の車」
満面の笑みを浮かべて感想を促す香名。敦也は渋い顔で唸る。
「感想を求めるなよ……。身体に響く心地の悪さだよ」
「乗ったことないでしょう。広々としていて快適だと思うけど」
「どんな金持ち……」
「私の親が遺してくれた物よ。立派でしょう。私が死んだら、全部あなたにあげるわ。家も土地も財産も。好きなように使っていいわよ」
「それはお前の祖父母のもんなんじゃ……」
「違う。全部私の親が持っていた物。あの人達もお金は持っているけど。何を勘違いしているのか、知らないけど。それから私のことは、椎菜って呼んで」
「は? 何言い出すかと思えば」
「香名家の養子――いいえ居候になるんだから、あなたは形の上では香名敦也になるの。紙の上では大守敦也でも……あなたが一人前になるまではこちらが引き取ると決めたから、あなたは香名敦也なのよ。同じ屋根の下で暮らす者同士、苗字呼びは不便でしょう。家族になった気がしないもの。私もあなたのこと、敦也って呼ぶから。いい?」
同じ年頃の女の子に下の名前で呼ばれたことがなかったので、敦也はどぎまぎする。
「お、おう……」
「じゃあ、敦也」
「なんだよ、か……椎菜」
「私、そろそろ降りようと思ってるから」
香名は神妙な面持ちで、そう告げた。唐突だったので、なんの話かわからなかった。
女の人は、いきなり話が変わる。歳を取ると特にそれが顕著になっているような気がする。いつも唐突に、話題が切り替わって、ついていくのが大変だ。女の人の話がやたらと長いのは、話をどんどん切り替えて風呂敷を広げるだけ広げて畳まずに、すぐに結論をいわないからだそう。だから、女性は話し出すと止まらないのだが、簡潔な話をするのが苦手な人が多い。順序立てて話をしないからだ。勿論、女性にも理論派がおり、話をするのが上手な人もいる。




