⑨
「俺……叶えたい夢があるんです」
「何かな」
看護師は穏やかに笑って、先を促した。
「俺が好きな人が、叶えられない夢。今度は俺が叶えようと思います」
「それはいいね。どんな夢?」
「多分……生きることを諦めないこと、っすかね」
敦也の夢は小さなもので、それでいて難しいこと。看護師はちょっぴり驚嘆した。
「そっか。叶えられると思うよ、その夢」
「はい。俺もう、自分のこと許すって決めたんで」
敦也は吹っ切れたように、精一杯の思いを込めてはにかむと、看護師が花のように微笑む。
「今回みたいに辛いことは、また起きる。そういう心構えは立派だと思うよ。これからもその気持ちを忘れないでね。人生何があるかわからないし、私にもそういうことがあるしね。看護師も医師も、無病息災とはいかないから。……特にね、生きる希望をなくす人っていうのが、元々持ってるものが多い人。健常者もね。生まれてからすぐに障碍があることがわかる人は、生き方を知ってる。けど、彼等は知らない。目が見えなくなれば今から点字を覚えなくちゃいけない。耳が聞こえなくなれば今から手話を覚えなくちゃいけない。今までできていたことができなくなるっていうのは、不幸のどん底。だから、突然不幸に見舞われたとき、自殺しちゃう人も多いんだよね。絶望を経験して、自殺を考える。とても辛くて、もう無理だって思っちゃうことなのね」
「なるほど……。ありがとうございます。ところで、一個質問なんですけど」
「何かな?」
「俺も人のこと言えないんですけど、なんでみんなして敬語適当なんですか?」
「それは看護師も医師もってこと? それはね……私達医療従事者はそういうマナー的なことはあんまり習わなかったからかな。完璧な敬語とか? 医療従事者はどこでも即戦力だから、マナーとか学んでる暇ないし、学ぶ暇があったら人助けするわよ。私も他の人も一応敬語は使えるよ。ですます口調の申し訳程度の敬語だけどね! 使う必要性をあまり感じてないだけかな? 患者さんと近い関係にある方がいいでしょ? 患者さんもその方が話しやすいって言ってるよ。どうしても敬語がいいっていうのは、日本人だからじゃない? 病院は人の命を預かる場所で、ホテルや旅館のようにお客様をおもてなしする場所ではないからね」
「言われてみれば、確かにそうですね」
「でしょ? 最高級のもてなしをして欲しいなら、そういう場所もあるよ。もっと高いお金を払えば、そういう施設に行ける。個室だってあるしー。高いお金を払ってでも良ければ、そういうところに行けばいいのよ」
看護師は重箱の隅をつついたようにどっと話し出す。お喋りが大好きなようで、敦也の十倍は口数が多い。




