③
香名は片方の腕を支えてから、人差し指を立てた。わかりやすいジェスチャーだ。
「私が彼を救います。私に彼を預けてください」
「……なんて? 今なんて言ったの?」
母親は聞き違えたとでも言うかのように、片眉を吊り上げて、目元を歪ませた。口元に薄ら笑いすら浮かべて、顔が全体的に引き攣っている。痙攣している。
香名は胸に手を当てて、宣言した。ともすれば、プロポーズのようにも聞こえる。
「敦也くんを私に任せて、あなたは引き下がって。隠居でもすればいいってこと」
「……はあ? はあ? 何が言いたいの、あなた。こんな役立たず一人抱えて、生きていくの? それがどれだけしんどいことか、あなたにはわからないのね?」
「この人はね、将来必ず大物になるから。あなたが思っているよりもよっぽど人の役に立つわ。あなたがいつも馬鹿にしている彼はね、幾億の人々の役に立てる、人間国宝に相応しい賢人なのよ。あなた程度の人なんて、そこら中にいっぱいいるわ。要するにね、あなたの言葉なんて、無価値なのよ。あなたみたいな人間が天才を潰すのだから。凡人は黙ってなさい。彼の類い稀なる才能は、あなたみたいな人が簡単に潰して、踏み躙っていいような有象無象の凡愚どもの才とは違うのよ。あなた、彼の本気を見たことはあるの? 彼の本気は、あなたが思っているようなものじゃないわよ? 凡人が天才の何をわかると言うの? 凡人には天才の考えなんて、一生かかってもわからないわよ。だからあなた達は凡人なのよ。金、金、金とお金ばかりで人の才のなんたるかを知らないような、守銭奴の元にいたら、彼は救われない! この人を役に立たないと言うのなら、あなたの方が全くこの世の役に立たないわよ。あなたとこの人は違う。だから私は彼を助けた」
凡人だと言っていたのに、ここでは天才と言い出す。これでもか、と巧みな話術で、敦也の秘められた才を語り尽くし、聞かされているこちらが恥ずかしくなるほど持ち上げる。天才なのか、凡人なのか、どっちなんだ。香名は嘘吐きだから、どちらが本心からの言葉なのか、図りかねるのだが、多分こちらが本音なのだろう。あんなに熱く弁舌を振るっている彼女を見れば、そうであると捉えられる。
「さっきから聞いてれば……、人のことを侮辱して……! 人様の事情に首を突っ込んで……何様のつもりよ!」
母親は頭が悪いので、それだけしか言い返せない。
「あなたが侮辱されるような人間だからよ。……人の家の事情に首を突っ込むのは、野暮と言うのは間違ってはいないけれど、彼は救われたがっているのだから、何も問題はないわね?」
「性悪……」
「あなたほどではないと思うけど? それで? この話はすぐに答えが出るでしょう。早くイエスと言って。この書類にサインしなさい。特別養子縁組よ。彼を養子に出しなさい。もう彼は成人。未成年ではないし、あなたが育てる必要もない。それに、今の彼は絶対にあなたから離れた方がいいと思うわ」




