⑧
――哲学の教授って、どうやったらなれるんだろうな……。
哲学に興味はあるものの、自分が哲学の教授になる姿が想像できない。さっきの話と自分の将来像が結びつかないのだ。想像できないものは、つまりなれないということ。そこまでは客員教授には訊けない。常勤教授なら、取材費代わりに物を渡せば、ちょっとばかり情報を訊き出せるものの、客員教授は他にも仕事があるし、レベルも高いので時間を取ってもらえない。現にアポイントを取るためのメールをしても、オッケーサインを一向にもらえない。電話なんてしても、多忙な客員教授には取ってもらえない。
学者の言葉を訳しているだけで教授になれるのか、学者の言葉を自己解釈していくだけで教授になれるのか……。どうしてなれたのか、どんな風に教授になったのか、想像できない。
それだと、先人の知恵を解いているだけ。
凄い人というのは、自分で名言や格言を生み出していくものだ。それを他者に解いてもらい、たくさんの解釈を生み出させる。哲学とは、人が考える葦になる学問。名言や格言の意味を明言してはならない。考える余地のある言葉を生み出さなければならない。
――難しいな……。
哲学の入門書から読んで、哲学のことを基本から知った方がいいと敦也は考えた。ちょっとかじった程度の知識で、知っているなんて人に言うのが恥ずかしいと思ったのだ。無知蒙昧で浅学な自分を晒すことはないだろう。学識をひけらかすのも、今はやめた方がいい。
謙虚に、堅実に、今は勉強するのみ。天狗になってはいけない。
彼女である香名に嫉妬する自分を許せなくて、ひたすらに本の虫になった。
放課後にカフェで待ち合わせして、敦也は香名と会うことにした。
香名は会うなり、頬を膨らませて敦也に文句を垂れた。
「どうして来なかったの? あんなに講義楽しみにしていたでしょう? どうしてサボったりしたの。先生、がっかりしてたわよ。私もあなたにはがっかりよ。もうサボらないって決めたんじゃなかったの? その程度の決意だったの?」
「……や、ごめん……。ちょっと」
後ろめたさに、目を逸らす。香名はすぐに気づく。
「そう。後ろめたいことがあるの。私に?」
「哲学の客員教授にさ、お前の方が才能あるって言われて、ちょっとむしゃくしゃした」
「それで?」
「サボった。本読み漁ってた」
香名は噴き出して、テーブルを叩いた。
「何それ。おかしい……」
「なんだよ。笑うなよ。男が女より上がいいと思って、何が悪いんだよ。俺んちではなあ、男は女を守って、男は女より強くあるべきだって考えなんだよ! 女に負けんのなんて、我慢ならねえんだよ! 男としてなぁ、女にゃ負けたくねえんだよ!」




