⑮
電車に乗っているとき、ふと気がつく。吊革に掴まって、他の客に当たらないように踏ん張っていた。普通電車だが、速度を上げると揺れる。慣性の法則で、進行方向に引きずられてから逆方向に倒れそうになる。誰かの足を踏みそうになる。
真っ昼間なのに、満員電車だ。国営だった電鉄も民営化したが、利潤でたっぷり儲けているのだろうなと思った。敦也の乗る時間帯の電車は、毎日人ごみで溢れ返っている。
ぎゅうぎゅう詰めになっていて、暑苦しいことこの上ない。汗臭くてベタベタとしていて気持ち悪い。誰かの加齢臭もする。満員電車はこれがいやだと敦也は苦い顔をする。
――そういや、あいつ……みんなの前でばらしやがったんだった。
助けてもらったが、命の恩人とは思えない仕打ち。めちゃくちゃムカつく。一発殴らせろ。
命を助けたのは運転手のためであって、敦也のためではないのだと本人も言っていたので、恩に着ることもないだろう。が、逆恨みをするのはいかがなものか。
彼女がどんな考えの持ち主なのかは多少理解できてはいるが、何が目的なのかまではわからないのだ。不思議な魅力を持つ、謎の多い人物だ。陽太の言っていた、非の打ちどころがない絶世の美女という談が本当だとしても、性格には大分難ありではなかろうか。
陽太に問い質さなければならない。あの女と仲良くなりたいなどと言わせるものか。どうでもいい他人とはいえ、一応は友達なので仲の悪い人間と仲良くすることを嫌う。自分の嫌いなタイプの人間と友人になって欲しくない。話題に上げるのも許さない。
大守敦也はどこまでも自己中心的で、利己主義な男だった。ある意味、人間らしい性格をしている。
住宅街の中にひっそりと佇むアパート。一か月の家賃はおよそ一万円の格安物件。トイレもない、風呂もない、電気やガスもほとんど通らない。最低限の寝る場所があるだけの狭い部屋。それが敦也の家だ。家でなく、小屋と称するのが相応しいかもしれない。
裕福ではない。本物の最底辺の貧乏一家だ。母親曰く、標準未満の暮らし。
オンボロアパートに帰る度、漏れ出てくる感想はこれしかない。
――最悪。最低。マジでクソだ。
敦也は足を振って靴を脱ぎ、部屋に入るなり汚くてボロボロの畳で寝た。布団があるのに布団で寝ず、だるそうに畳で寝て、畳を汚した。ただでさえ汚いのに、もっと汚れたら弁償しろと大家に怒鳴られる。母親にも怒られるのに、面倒くさがって服を着替えることもしない。体臭も靴下が臭うのも気にならない。そんなことはどうでもいいのだ。
何もする気が起きなかったので、とりあえず寝た。




