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三国志創生伝 ~砂塵の彼方に~  作者: 菊屋新之助
第十四章  皇帝崩御
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第一六六話  張譲死す

 その頃、袁紹と袁術は朱雀(すざく)門に気を取られて、裏側の(こく)門から張譲らが逃げたのを見過ごしていた。


 だが盧植は見逃していなかった。念の為、平楽観の方にも捜索の者を出した。盧植は感が鋭く、正確に張譲の逃亡経路を予想していた。


 満身創痍だったが、拐われた皇帝の捜索を続行しようとした。


「この方向で間違いないっ、――ぐっ、身体が……」


 やはり身体が言うことを聞かない。老体に鞭打ち奮闘したのだから当然だ。


「王河南尹(かなんい)から聞いてやって参りました。私が陛下のあとを追います!」


 王允(おういん)の部下で河南中部(えん)(部隊長)の閔貢(びんこう)が、背後から盧植のあとを追ってきた。


 盧植は張譲らを追う前に、王允に使いの者を送って捜索隊の増員を要請していた。袁紹に頼むと大騒ぎになり、返って皇帝奪還の機を逃すと盧植は考えたのだ。


小平津(しょうへいつ)に向かってくれ。恐らく、奴らはそこへ向かって逃亡している筈だ。陛下と陳留王を頼む……」


「御意っ」


 閔貢は躊躇なく返事した。盧植も無言で頷いて閔貢に全てを託した。


 そして閔貢は走った。部下を連れて来ていたが、彼らも追いつけぬほど全速力で走った。


 馬に乗って追跡すれば音で感づかれる。そして暗闇に隠れるだろう。それ故、足で走った。


 その小平津に辿り着いた張譲と皇帝の一行は、息を切らして休息を取っていた。


 食べ物はおろか飲み物もなく、走って逃げてきたので疲労と喉の渇きが著しい。


「何故こんな事になったのだっ、張譲!」


 若き皇帝は怒りを露わに張譲らを詰った。張譲は返す言葉もない。


「朕を補佐するのがお前の役目だろうっ。蓋車(皇帝の乗り物)もなく長い距離を歩かせて、しかも食べ物も飲み物も無い。これが天子に対する所業か? ここに弓矢があれば貴様を射殺しているところだぞ!」


 劉弁の怒る姿を見て、張譲は笑いが込み上げた。そして、皇帝に向かって拱手拝礼(古代のお辞儀の作法)して言った。


「クク。そうですか陛下。私達はどうせ此処で殺されるんだ。もうお好きなようになされればよろしいかと。どうぞ、陛下はご自愛下さいませ。それではさようなら」


 段珪は張譲の言葉を聞いて、ついに張譲の心が壊れたのだと思った。


「俺を置いていくのか! 陛下を見捨てるのか!」


 張譲は皇帝や段珪を置いて、暗闇の中を勝手に消えていった。


「構わん! どうせ奴に未来などない。我々はここに残ろう」


「しかし、陛下っ。……ん? 誰だ?」


 段珪は誰かの気配に気付いた。張譲が戻ってきたのかと思った、


 だがすぐに気付いた。現れたのは追手だった。閔貢がようやく辿り着いたのだった。


「張譲っ、段珪! 陛下を速やかに解放しろ!」


「ひやああ!!」


 段珪と一緒にいた宦官ら三人が許しを請おうと、閔貢の前にひざまずいた。


「陛下はいるかっ! 陳留王はいるかっ!」


「朕はここだっ! 弟も一緒だ!」


 閔貢は闇夜の中で近寄り、皇帝と陳留王を確認すると、二人の前に立って背を向けた。


「陛下、ご無事で何よりです。それでは、無礼をお許しください。今は変事ゆえご容赦を……」


 そう言うと即座に刀を抜いた。皇帝の劉弁もギクリとした。


「え、ちょ、ぎゃああ!!」


 閔貢は有無を言わさず三人の宦官を斬り殺した。


「うあああ!」


 段珪は悲鳴を上げながら走って逃げた。しかしすぐに声は消えた。暗闇で崖の付近だったのに気付かず、足を踏み外して悲鳴とともに崖を転げ落ちていった。


 他の宦官も一斉に逃げ出した。閔貢は独り急いで駆け付けたので、彼の率いていた兵も散開して皇帝らを探していた。


 偶然にも閔貢本人が皇帝を発見したのだった。後から追いついた兵は二人だけだ。


「陛下、ご無事ですか。謀反人の張譲はどこに?」


「朕を置いて逃げた。あの不忠者め。見つけたら首を刎ねてやる」


「陛下さえ無事なら良いのです。さぁ、京師へ帰りましょう。殿下(陳留王)もお疲れでしょう。私の背にお乗り下さい」


 閔貢は九歳の陳留王・劉協を背負い、皇帝の劉弁と共に夜道を歩いた。


 途中、宙を待っていた蛍を数匹捕まえ灯りの代わりとし、闇夜の道なき道を進んだ。


 数里ほど行くと民家があり、荷車があるのを見つけた。


 それを拝借すると皇帝と陳留王を乗せ、荷車を部下と交代しながら引いて歩いた。闇夜を南下するうちに雒舍(らくしゃ)(うまや))に辿り着いた。


 そこは官営の厩であったが、残念ながら馬は一頭しかいなかった。疲弊しきった皇帝たちを乗せるのは酷だと思った。


「陛下も王も疲弊しておられる。私が寝ずに見張りするから、ここで一旦休息を取ろう。お前たち、この馬で一足先に京師に戻り、新しい馬と迎えを寄越すよう河南尹(王允)に伝えてきてくれ」


 眠気に勝てなかった皇帝と陳留王は疲れ果て、身体を寄せあって休息し眠った。閔貢は念の為、刀を手に寝ずの見張りをした。


 そして、闇夜をひた走る張譲は、篝火が灯る軍勢に出くわした。


(あれはもしや――)


 その軍勢は董卓が率いる涼州の軍勢であった。張譲はすぐに兵に取り押さえられた。


「将軍。怪しい宦官を捕らえました」


 張譲は董卓の眼前に引きずり出された。


「貴方は……前将軍、董将軍ですね! 此処まで駆け付けてくれたのですな!」


 張譲は哀れみを請うように甲高い声を出して涙を流した。実は、小平津に逃げてきたのは、張譲の計画の内だった。


 何かあれば小平津で落ち会おうよう董卓に伝えろ、と董旻に教えていたのだ。


「誰だ、お前は?」


「だ、誰って。中常侍の張譲です」


「そうか、張譲か。陛下はどこにいる?」


「いや、それが、途中で逸れてしまって。将軍がもっとはやく来てくれれば、こんな事にはならなかったのですが」


「どこにいるのか聞いておる!」


「ま、まだそんな遠くには行ってない筈です。一緒に陛下を探しましょう」


「そうか。お前はもう用無しだ。おい、きさんら、こん宦官ば刻んで黄河に放り込んどけ」


 董卓は無表情で処刑の命令を出すと、振り向いて馬に乗った。


「待ってくれっ。西涼でのお前の我儘を反故にしてやったのを忘れたか? お前の弟を奉車都尉にしてやったのを忘れたか。恩を仇で返すつもりか!」


 張譲が悪足掻きを言い放った途端、兵卒に槍で腹を突かれ尻から地に倒れた。腹からは血が吹き出ている。


「ううっ、この私が、こんな終わり方……」


 トドメを刺そうと兵達が襲いかかる。張譲は最後の力を振り絞り、黄河へ飛び込んだ。そのまま暗い黄河の濁流に飲まれて行った。


 稀代の悪徳宦官である張譲も、董卓の前では歯牙にも掛けない存在でしかなかった。


「皇帝はこん付近におるはずやけん、手分けして皆で探すんじゃ」


 董卓は徹夜も辞さない覚悟で皇帝らの捜索を始めた。しかし闇夜で人を探すのは難しい。


(なんとしても見つけ出さねば……!)


 夜明けが近くなると、雒陽城の後宮では、袁紹の軍もやっと朱雀門を突破し、大勢の兵とともに後宮の内部へと乱入した。


「宦官は一人残らず殺せ! 躊躇など一切するな!」


「ぎゃああ!」


 朱雀門を守っていた宦官らは趙忠を筆頭に殺戮された。趙忠は果敢にも剣を持って立ち向かったが、多勢に無勢で抵抗虚しく滅多刺しにされた。


 辺り一面が宦官の血で赤く染まり、老若問わずに宦官の屍が北宮の石畳を埋め尽くした。


 髭が生えて無い為に宦官と間違われて殺される者もいたので、服を脱いで下半身を露わにする男もいた。


「宦官を全て誅殺し、陛下を救出するのだ! 宮殿の隅々まで探せ!」


 袁紹は皇帝らが雒陽城の外に連れ出されている事を知らず、宦官を殺傷しながら皇帝を探して暗い宮殿を走り回った。


 皇帝や太后が暮らす寝殿は誰もおらず、躍起になって探しまわったが、張譲と皇帝らを、結局は見つける事が出来なかった。


 張譲らが皇帝を城外に連れ出した事を袁紹が知ったのは、宦官を虐殺し終わった頃であった。

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