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三国志創生伝 ~砂塵の彼方に~  作者: 菊屋新之助
第十四章  皇帝崩御
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第一六五話  炎

 朱雀門に火を付けただけに留まらず、袁紹らの兵は梯子を掛けてよじ登り突破しようと試みたが、宦官の抵抗が激しく遅々として進まない。


「兵が足りぬっ。一刻の猶予もないというのに!」


 袁紹が攻めあぐねている所に、南宮を制圧した袁術、呉匡、張璋らが朱雀門に現れた。


「本初殿。南宮は制圧しましたが、すでに大将軍は宦官どもに暗殺されておりました。十常侍ら主要な宦官らは逃げて見当たりません」


 袁術は一応、兄の袁紹を立てて南宮を制圧した事を報告した。


「うむ、ご苦労であった。大将軍の件は残念だ……が、まだ宦官どもは北宮に立て籠もっている。門を突破して陛下を救い出し、大将軍の墓前に宦官どもの首を並べてやろうっ!」


 南宮と北宮の隙間に犇(ひし)めき合う軍勢へ、袁紹は大仰に演説ぶった。


 すると兵たちは勝鬨をあげて、袁紹の鼓舞に答えた。そんな袁紹の派手な人望に、袁術は嫉妬した。


(くそ……、格好付けやがって。俺も何か派手な事しなきゃ目立たねぇ――)


「なんでここに何苗がいるんだ?」


 袁術が何苗を指差して態とらしく言い放った。そうしたのは呉匡と張璋からの懇請があったからだ。


「このような事態になったのは、そこにいる何苗のせいだ! 大将軍の弟でありながら宦官に与する薄汚い野郎だ! 大将軍を殺したのは車騎将軍だと言っても過言ではない! ここで奴を殺させて下さい!」


 呉匡たちは袁術だけでなく袁紹にも懇願した。膠着状態の鬱憤が兵たちの間でも拡がっている。


「なんだとっ、こんな非常事態の最中にか!? まだ朱雀門すら突破できてないのだぞ?」


 袁紹は戸惑ったが、袁術は冷静に自分の利を考えた。


「兄者、これから俺達は宦官どもを皆殺しにして、党錮の禁での怨みにケリをつける。この際、何苗も一緒に滅ぼした方が得だろう?」


 確かに、と袁紹は心の中で呟いた。心根とは裏腹の態度で、袁術や呉匡に答えた。


「それで気が済むのなら、勝手にすればいい」


 袁紹は一応、躊躇するような素振りを見せ、何苗の始末を許可した。側にいた董旻も呉匡らに応じて、何苗のいる軍勢に兵を繰り出した。


(ここで何苗を殺しておけば、俺が怪しまれる事はない――)


 ここにいる者は知らぬが、董旻も宦官と裏で通じている。


「宦官の手先である逆賊何苗を討ち、大将軍の仇討ちを果たそうぞ!」


「大将軍の弔う為なら、この命を捧げます!」


 何進は日頃から部下を可愛がっており人望があった。呉匡らの士卒からも打倒何苗の声が上がった。


「よし、早急に何苗を討ち、すぐさま朱雀門の攻撃に戻るぞ!」


 目と鼻の先にいる何苗の軍勢に襲いかかった董旻と呉匡らの兵は、何苗の兵を瞬く間に蹴散らした。


「なんだ!? どうして味方が襲ってくるんだ?」


 味方だと思っていた兵に攻め寄られ、簡単に何苗は捕らえられた。


「待て! 俺が何をしたっていうんだ! うああっ」


 すぐに叩き斬られた何苗は、遺体となって朱雀門の付近に放置された。



 日暮れになると南宮の炎は城壁をさらに赤く照らした。暗くなっても火の勢いは衰えず、火炎の明かりが雲に照らし出され、顕陽苑(けんようえん)にいた董卓の所からでも遠望できた。


「あん火はなんじゃ? また孟津が焼かれたんか?」


 董卓は外に出て確認した。


「いや、ありゃ京師で間違いなかとです。宦官と何進が争いば始めたんでしょう」


「よし! すぐに京師に行くど。全軍出動の準備じゃ!」


 董卓は待ってました、とばかりに馬に飛び乗った。


「将軍、かなり暗なっとうけど、今から出発するとですか?」


「こん時ん為に、酒も飲まんと待機しとったんじゃい。四の五の言わんと準備せい!」


 董卓軍は即座に準備を済ませて、一路雒陽へと歩を進めた。



「蘇脩は見つからないのか!?」


 張譲は半狂乱になって手下の宦官に喚いたが、もはや後の祭り。


(焦って何進を殺したのは早計だったか。蘇脩の奴め、万が一の為に蘇脩を飼ってやっていたというのに。いや、まだ董卓がいる――)


 もはや風前の灯火となった後宮の十常侍は、宮廷の奥に集まって最後の会議を開いた。


「頼りの車騎将軍(何苗)も袁家の小童どもに殺された。私と段珪は夜の内に、陛下と陳留王を連れて穀門(北宮の北門)から脱出する。唯一の頼みは前将軍(董卓)だ。彼を呼応させれば弟(董旻)も追従して、袁紹らの軍勢を内側から崩せる。それまでは皆、どうか朱雀門を死守してくれ!」


 これまでにないほど張譲の顔色は悲壮に満ちていた。


「今生の別れになるかもしれんな……うう」


 幼年の頃から宦官となり助けあって生きてきた張譲と趙忠は、手を取り合って泣きだした。


 過去の栄華に想いを寄せ、最後の別れを済ませた。他の十常侍らとも別れを済ませると、張譲と段珪は服装を平民の服に着替えた。


 薄暗くなった夕刻に、皇帝劉弁と陳留王劉協と皇室のお供の者らを引き連れ、後宮の北にある裏門を抜けた。


 そして、雒陽城最北の正門である穀門から、張譲らはほんの十数人で忍びながら出て行った。


 あまりの混乱ぶりに、皇帝の証である六璽(りくじ)(六つの印璽(ぎょくじ))も持たず、公卿の身分で従う者は一人もいないという有様であった。今は伝国の六璽を気遣う余裕はない。


 出ていく途中、若き皇帝は恐怖よりも苛立ちから声を荒げた。


「朕は天子の身だぞっ。なぜ京師を離れなければならん!」


 弟の劉協は、宦官に背負われながら泣いている。


「陛下っ、一刻を争うのです。ぐずぐずしていると反逆者が迫ってきます!」


 劉弁は憤ったが、逆賊に殺されると脅された。


 仕方なく、北の小平津まで走って逃げた。小平津は黄河のすぐ側にある関所で、丁原に焼かれた孟津の北西にある町だ。


 丁原の軍は焼け野原となった港町の孟津に駐屯したままだった。対岸に見える雒陽の炎を酒の肴に皆で眺めていた。


「京師が火で赤く染まってるんですよ。ありゃ、ただ事じゃねえ。こんな所で酒飲んでる場合じゃないぜ」


 呂布は騒いだ血が抑えられなかった。丁原は無碍に否定した。


「おい、奉先。都のいざこざに首突っ込んでどうすんだ。司隷校尉からは動くなと言われてるんだぜ」


「執金吾になったのに、京師の危機に駆けつけねえんすか。呑気に酒あおって……」


 丁原は酒瓶を呂布に投げつけた。呂布は手刀で飛んできた酒瓶を叩き割り、全身に酒を浴びた。首に巻いている朱色の布も少し濡れた。


「てめぇ、俺に楯突くのかっ。ここでカタつけてやってもいいんだぞ!」


 立ち上がった丁原は矛を手にして怒気を巻き上げた。呂布も立ち上がり、二人は一触即発となった。周りにいた者達は固唾を呑んで見守っている。


「アンタに楯突く気はねぇ。俺は戦う相手が欲しいだけだ」


「腑抜けた事言うなよ。なんなら俺が相手になってやろうか?」


 呂布は突然、背を向けてその場を立ち去ろうとした。


「馬鹿野郎! 俺に背を見せるな!」


 丁原は矛を呂布の背に突き立てた。周りの者達は、あっ……と声を漏らした。


 だが呂布は身体を反転させて矛を躱し、矛の柄をしっかりと掴んだ。


「遊びはこんなもんでいいだろ? アンタには恩がある」


 丁原は大笑いして矛を手から離した。


「がはは! さすが奉先っ。俺が育てた最高傑作だ! おう、誰か酒持ってこいっ」


 機嫌を直した丁原は、座り込んで再び酒を飲み始めた。呂布も丁原に笑みを返したが、すぐに背を向けてその場を離れた。


 丁原には見えなかったが、呂布の表情は怒髪天を衝くようだった。そして雒陽から立ち上る炎と黒煙を眺め続けた。

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