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三国志創生伝 ~砂塵の彼方に~  作者: 菊屋新之助
第十四章  皇帝崩御
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第一五四話  処刑

 同じ頃、何進と袁紹も、宦官たちに対する怒りと不安で、沸騰しそうになっていた。


「蹇碩を誅殺するだけでは不十分です! 私の友人たち、ことさら宦者(宦官)どもに迫害された智謀の士を要職に就けて下さい。宦者どもすべてを政略的に追い詰めてことごとく滅ぼしましょう!」


 袁紹は何進が暗殺されそうになったことで頭に血が上っており、宦官を皆殺しにしないと気が済まないようだ。暗殺や武力行使までは考えていない分、まだ少しは冷静さが残っているようだ。


「まて、宦官どもを誅殺するのは早計だ。そもそも、妹が皇后になれたのは彼らのおかげでもあるのだ。急務なのは蹇碩を誅殺することであり、他の宦官たちは権力を取り上げるようにすれば良い。君が言うように君の友人たちを要職に就けて宦官たちを牽制しよう。とにかく、まずは蹇碩を滅ぼさなければ気が済まんっ」


「それでは甘いと思います。やるなら、一気呵成に宦官どもを片付けてしまいましょう! 一人や二人の宦官を蹴散らした所で、何の改革にもならない!」


「馬鹿をいうな! 主だった宦官がいなくなったら、誰が後宮に入って陛下のお世話をするのだ? 一時の感情で極論をひけらかすのは、未熟な証拠だぞ」


 若き名門の袁紹といえども、何進の言葉には従わざるを得ない。当然、袁紹は納得がいかなかった。だが、政界での人材を確保する件は、咎めはなかった。


 袁紹は、親友の何顒(かぎょう)を筆頭に、荀攸(じゅんゆう)や鄭泰(かくたい)、逢紀(ほうき)など、仲が悪かった従弟の袁術までを呼び出した。


 名士たち二十余人を集め、何顒を北軍中候(北方面軍長)に、荀攸を黄門侍郎(皇帝秘書官)に、鄭泰を尚書(しょうしょ)(政務秘書官)に任じた。


「いいか、君等を政界に呼び戻したのは、本来就くべき職務に戻ってもらいたからだ。そしてまず、社稷を崩しかねない宦官どもを排除せねばならぬ。奴らが少しでも妙な動きを見せれば、絶対に容赦はしない!」


 盟友たちを前に、袁紹は歯噛みをしながら、刀の柄から手を離そうとしなかった。


「しかし、大将軍の承認を得ずに、勝手な真似はできませぬぞ」


 何顒は、猛る袁紹の熱を冷ます事はできなかった。


「手遅れになってからでは遅いのだ! 例え大将軍から叱責を受けようとも、我々が成し遂げなければならん。その為なら命すら惜しくない!」


(本初どのは、生き急いでいる――)


 何顒や荀攸は古くから袁紹と共に奔走の友として、宦官に反する立場で暗躍していたが、この頃より袁紹との距離を感じ始めた。


 代わりに袁紹を陰から支えた謀臣が逢紀(ほうき)である。字(あざな)を元図(げんと)といい、袁紹と同郷だという事で仕え始めた。だが、荊州南陽郡の出身だという噂もある。


「やるならとことんやるべきです。だが、今はその時でないのかもしれません。必ず宦官どもに天誅を与える機会が巡って来ます。落ち着いて情勢を見極めましょう……」


「ああ、わかっている」


 逢紀は袁紹に対して常に謙る。だから、話を聞く。盟友たちの忌憚ない助言を、袁紹は苦々しく思っていた。


(――何進はかつての党人たちと企んで、先帝の忠臣である我らを誅滅しようとしている。上軍校尉の私には最強の禁軍がある。だからといって実力行使するにはまだ材料が不十分だ。今すぐ何進を誅殺すべきだ。どうかご助力を頂きたい――)


 趙忠が手にしているのは、蘇脩より預かった蹇碩からの密書だ。


「フフフ。なるほど、これは良いモノを預かってきたな。それにしても、上手く計画通りにやってくれたな。脩よ。褒美は何が欲しいんだ?」


 その場には張譲も一緒にいる。さらに、十常侍と呼ばれる宦官たちが勢揃いしていた。


「ありがとうございます。ご褒美は、後ほどまたご相談させて下さい」


「よかろう。フフフ」


 張譲はいつものニヤケ顔で蘇脩を労った。


「ついに蹇碩を葬る時が来た。ここは何進を利用して、まずは目の上のタンコブである蹇碩や董太后の一族を葬り去ろう。そうすれば何進らが抱いている宦官憎しの機運は一気に冷えるだろう。そのあとで隙を見て何進を誅殺すれば良い」


 先帝の母である董太后とその甥で驃騎将軍の董重も、蹇碩と董候(劉協)の擁立の為に共闘している。いわば、何皇太后と董太后の権力争いでもあったのだ。


 張譲と趙忠は、何進と同郷の宦官の郭勝(かくしょう)に、何進への密書を託けた。


 郭勝は何進と同郷で、屠殺業を営んでいた頃より親しくしていた。美人で有名だった何進の妹を後宮に入れる為、郭勝を通じてありったけの賄賂を張譲らに送った。


 こうして何一族は官界に入る事ができた。何進が宦官を憎みきれない所以がここにある。


「郭中常、恩にきる。これであの奸臣を抹殺できるぞ!」


 さっそく郭勝から蹇碩の密書を預かった何進は、蹇碩の誅殺に向けて行動を開始した。


 庚午(かのえうま)(二十五日)の朝、蹇碩は朝議のために宮中に参内したが、その日は何か異様な雰囲気に包まれているのに気がついたらしい。


「今日は何か雰囲気おかしい……。 今からでも遅くない、病だと称して朝議は欠席しよう」


 自分も何進の暗殺を企んだので、宮中内の不穏な空気は肌で感づく。


 皇帝が参加する日の朝議は、武器の持ち込みは衛兵以外禁止されている。新皇帝はまだ即位したばかりで政務には就いていなかった。


「少し遅かったですな……」


 蘇脩は蹇碩が佩剣(はいけん)(剣を腰に帯びる)していた鞘から、するりと剣を引き抜いた。


「あっ、何をする!?」


 武の心得がある蹇碩だが、不意をついた蘇脩の行動に対応できなかった。また蘇脩にそんな事が出来るなどと思いもしなかった。


「貴方は罪を犯しました。貴方が趙中常に送った密書はすべて大将軍の知る所となっております。素直に刑場へと向かって下さい」


 台詞を棒読みしたように抑揚のない蘇脩の言葉が一層、冷酷さを増した。抜いた剣を遠くへ投げ捨てると共に衛兵が現れた。


「脩ぅ! 貴様、図ったな! 何進の間諜だったのか!」


「いえ、大将軍には縁も所縁も御座いませんが、黄門令さまにご命令したのは大将軍であると聞いております」


 黄門令とは侍中府内での統括をしている宦官の役職である。


「そうか、張譲か! 張譲の間諜だったんだな、貴様ぁ! という事は……張譲に誑かされて、趙忠はこのワシを何進に売ったという事かっ、クソォ!」


 数人の衛兵が剣を抜いて蹇碩に迫った。が、蹇碩は巨体に似合わぬ機敏な動きで、近づいてきた衛兵に拳を見舞った。


「貴様らごときにこのワシが殺せるかぁ! やってみろ!」


 さらに数十人の衛兵たちが現れて蹇碩を取り囲んだ。しかし蹇碩は素直に連行されるつもりはない。丸腰ながらも武器を持った衛兵たち相手に格闘を始めた。


「ていやぁっ!!」


 最初は勢い良く徒手空拳で衛兵たちを圧倒したものの、所詮は丸腰で武器を持つ数人には敵わず、腕や足を衛兵たちに斬られて蹇碩は地面に膝を突っ伏した。


「ぐふっ、ぐおお!」


 血まみれになった蹇碩は、衛兵たちに身体を押さえつけられた。顔を地面に押し付けられ、後ろ手に縄で縛られた。それでも蹇碩は叫んでいる。


「豚殺しの何進! 嘘八百の張譲! 先に地獄で待っているぞっ、どうせ貴様らもすぐに地獄行きだ! ガハハハハ! 蘇脩、貴様もだ!」


 蹇碩は縄でぐるぐる巻きにされ、そのまま刑場に連れて行かれ首を刎ねられた。何進と張譲たちとの取引で、すでに蹇碩の処刑は決まっていたのだ。


 蘇脩は即日に執行された蹇碩の処刑を、遠くの方で眺めながら一言だけ小さな声を漏らした。


「これで、やっと会える……」


 後宮で働きたいというのが蘇脩の願いだった。一仕事を終えた蘇脩を労い、張譲は約束を果たすと改めて誓った。


「約束は守るぞ。それが私の信条だ」


 張譲の図らいで蹇碩が処刑された翌日からすぐに、蘇脩は後宮での仕事に就く事を許された。

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