第一五三話 崩御
「陛下ぁ、陛下ぁ! おう……、おお……」
張譲を筆頭とする宦官らは皆、喪服の白装束を纏っている。
皇帝の遺体を前に、皆が号泣しながら地べたに這いつくばった。本心から悲しむ者もいるが、大声で鳴き真似する者が大半だった。
張譲もそうだ。親や目上の者が死ぬと、大袈裟に鳴き声をあげて弔うのが孝行者とされた。皇帝崩御ともなれば、のた打ち回るほど泣き叫ぶのが常だ。
皇帝の遺体はすでに、全身を金縷玉衣に纏われている。
諡は「霊」とされた。諡号は「孝霊帝」である。「孝」は始祖に対する孝養の念を込め、前漢初代の高祖や後漢の光武帝を除く皇族に冠される。
皇帝の死後に宰相たちが、評価を含んだ号を諡(贈り名)するのである。
霊には様々な意味があり、死而志成(生前の志が死んで後に成し遂げられる)、極知鬼事(鬼神について極めて叡智を知る)、好祭鬼神(鬼神をたてまつり近づけて汚さない)、など色々ある。
しかし、後世では霊という諡は、乱而不損(乱れたが国を損なわなかった)という意味とされる。
霊と諡された劉宏の国葬は、しめやかに執り行われた。雒陽の街からは人影が消え、嘘のように静まり返った。
ただ、鎧の軋む音と重鈍な足音、そしてすすり泣く声が、地響きのように聞こえた。皇帝が天に召される時、政変の兆しが顔を覗かせる。
皇帝の死を悼む間もなく、新しい皇帝の即位の儀が始まる。長男で「史侯」と号される劉弁が天子に即位する。
史侯と呼ばれる所以は、何皇后が劉弁を産むと、史子眇という道人に預けて養育したからだ。
霊力のある道人に育てさせる必要があった。迷信や祟が信じられた時代だ。死産や生後すぐに亡くなるなど、出生率が低かったせいもある。劉弁は皇太子の第一候補として、すくすくと育った。
道人とは、黄老道の道士の事である。太平道や五斗米道とは違う源流の道士だった。
古来より源流の道士たちは、細々と自分たちの宗派を守ってきた。史子眇はその生き残りだ。
皇帝の次男、劉協は「董侯」と号されている。
嫉妬した何皇后に毒殺された王美人(美人は側室の位を表す)の子で、皇帝(劉宏)の母である董皇后に養育された所以である。
――何進を排除しなければ、董候を天子に即位させる事は出来ぬ。この数日内に実行するのだ――
心を決めた蹇碩は、皇帝の死を嘆く前に、自分の保身に走っていた。何進を亡き者にすると。
伝令に「皇帝の即位に関して大事な話がある」と何進に伝えさせ、南宮に参内するように促した。
策略だと知らない何進は、迂闊にも南宮の前に現れた。そこで蹇碩の司馬(副長官)である潘隱に出会った。
潘隱は何進が河南伊(首都長官)だった事の部隊長だ。他の部隊長同様に目をかけたが、昇進して蹇碩の司馬となってからは疎遠になっていた。
その潘隱が何進の目の前で、険しい表情をして睨んでいる。何進もカッとなって睨み返した。
(あれだけ目をかけてやったのに、蹇碩の司馬などになりおって――)
あからさまな怒気を放ったが、良く見ると潘隱の様子が変だ。彼の目だけが何度も宮廷内の方に向いた。潘隱は睨んでいたのではなかった。
(――しまった、罠か――!)
何進はようやく気付いた。潘隱は、宮廷内での異変を目配せで何進に知らせていたのだ。
罠に気付いた何進は、少々わざとらしく腹部を押さえた。
「イタイ……。腹の調子が……!」
そう言いながら何進は、南宮の入り口から、そそくさと逃げ出すように消えた。
何進はそのまま急いで百郡邸まで戻り、自軍の兵を緊急招集して守りを固めた。百郡邸とは、主要な朝臣の居住区で、何進の邸宅もそこに構えていた。
「蹇碩め! この私を、虫けらのように殺そうとしやがった! ただでは済まさんぞ!」
その後、何進は病を発したと称し、宮廷への参内はしばらく取り止めた。
四月の戊午(十三日)、ついに劉弁が皇帝に即位し、天子となった。
何進の妹である何皇后が太后となり、権力を掌握したかに思えた。
何太后が十四歳の新皇帝に代わって朝廷に臨席し、対立する董重と何進の間に立って政治を取り仕切る。
驃騎将軍の董重は董太后の従兄弟で、劉協を皇帝に推す蹇碩と共に劉協派の双肩をなしている。
その董重に対し、何太后はあからさまに嫌がらせをした。
「なにゆえ、陛下の即位式に参列したのですか? もう貴方の叔母は太后ではないのですよ?」
皇太后は皇帝の母が冠する称号だ。先帝(前皇帝)の母は太上皇后と呼ばれる。
董重は自分のみならず叔母を侮辱された事に憤慨したが、新しい太后に口答えする勇気はなかった。しかも彼女の兄は大将軍だ。
それを知った董太上皇后は、何太后を呼び出した。誰もいない二人きりの部屋だ。
「貴方が驕っていられるのは、太后になったからじゃない! 大将軍がいるからよ! 私にも甥の驃騎将軍がいるのを忘れないで欲しいわね。その気になれば、彼に命じて大将軍の首を斬る事だってできる!」
何太后は狼狽える事もなく、一礼して部屋を退出した。しかし、その腹は煮えくり返っていた。
「兄上! あのババアにはもう我慢できないわ! よりにもよって兄上の首を、驃騎将軍に刎ねさせるだなんて!」
何進は妹の話を聞いても冷静だった。命を狙われているのは、先刻承知だ。
「今は辛抱するんだ……。蹇碩を討てば、次こそ董一族を滅ぼす」
と、何進は妹をなだめた。今や妹は皇太后で、甥は皇帝なのだ。だが、悠長にしている状況ではない。
新春――。この時代の暦では、一月になると文字通り春を迎える。朝廷は新春恒例の大赦(罪人の恩赦)を行った。
新皇帝が即位すると中平六年を改元し、光熹元年とした。董候だった劉協は、勃海王に封じられた。
四月の辛西(十七日)、死後五日後、霊帝は文陵に埋葬された。皇帝の崩御後、その都度ごとに葬儀を執り行う。
文陵とは霊帝の墓がある場所で、雒陽の西北二十里(約八キロ)にあり、陵の高さは十二丈(約二十七メートル)、周囲は三百歩(約四百メートル)であるという。
何進は暗殺を恐れて病と称し、埋葬の儀を欠席した。
「何進の奴、縮み上がって陛下の葬儀にも来やしない。とんでもない腰抜けだ!」
劉弁の皇帝即位により蹇碩は、何進や何太后に先手を取られた形になった。暗殺の失敗で、何進はより一層の警戒を強めている。
「何進が貴方を恐れている証拠ですね。ここは辛抱の時です。いつか必ず董候が即位する日がやってきます」
側近の蘇脩が、蹇碩の意に沿うように言葉をかけた。
「だが、このまま黙って見過ごす訳にはいかぬ。何進を排除しなければ、やられるのは自分なのだ! 何か良い手立てはないものか……」
「趙中常に、協力を仰ぐ密書を認めてはいかがでしょうか? あの方も常日頃から、大将軍の陰口を叩いているのを知っております」
「だが、趙忠は張譲は朋友じゃないか。俺と張譲は、いわば呉越の関係だぞ。お前も知ってるだろう?」
「もちろん知っています。張中常もこの最近は、十常侍たちと疎遠になっているようです」
十常侍とは張譲や趙忠を筆頭に、宦官の中常侍の位にある主要人物たちを指す。
「本当か、それは。確かなのか?」
「ええ。かつては十常侍の頂点にあった張中常も、今や飛ぶ鳥を落とす勢いの上軍校尉の陰に怯えており、彼の権威は失墜しておられます。十常侍は利で動くのが常です。今や我々宦官の最大の敵は、大将軍の何進と何太后でしょう。貴殿が協力を求めれば、趙中常も喜んで応じてくれるでしょう」
「ふむ。そこまで言うのなら、密書をしたためよう。お前が秘密裏に届けてくれ」
「もちろんです……」
蘇脩はいつものように力なく頷いた。




