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三国志創生伝 ~砂塵の彼方に~  作者: 菊屋新之助
第十四章  皇帝崩御
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第一五三話  崩御

「陛下ぁ、陛下ぁ! おう……、おお……」


 張譲を筆頭とする宦官らは皆、喪服の白装束を纏っている。


 皇帝の遺体を前に、皆が号泣しながら地べたに這いつくばった。本心から悲しむ者もいるが、大声で鳴き真似する者が大半だった。


 張譲もそうだ。親や目上の者が死ぬと、大袈裟に鳴き声をあげて弔うのが孝行者とされた。皇帝崩御(ほうぎょ)ともなれば、のた打ち回るほど泣き叫ぶのが常だ。


 皇帝の遺体はすでに、全身を金縷玉衣(きんるぎょくい)に纏われている。


 諡(おくりな)は「霊」とされた。諡号(しごう)は「孝霊帝」である。「孝」は始祖に対する孝養の念を込め、前漢初代の高祖や後漢の光武帝を除く皇族に冠(かん)される。


 皇帝の死後に宰相たちが、評価を含んだ号を諡(・)(贈り名)するのである。


 霊(・)には様々な意味があり、死而志成(しじしせい)(生前の志が死んで後に成し遂げられる)、極知鬼事(ごくちきじ)(鬼神について極めて叡智を知る)、好祭鬼神(こうさいきじん)(鬼神をたてまつり近づけて汚さない)、など色々ある。


 しかし、後世では霊(・)という諡は、乱而不損(らんじふそん)(乱れたが国を損なわなかった)という意味とされる。


 霊(・)と諡された劉宏の国葬は、しめやかに執り行われた。雒陽の街からは人影が消え、嘘のように静まり返った。


 ただ、鎧の軋む音と重鈍な足音、そしてすすり泣く声が、地響きのように聞こえた。皇帝が天に召される時、政変の兆しが顔を覗かせる。


 皇帝の死を悼む間もなく、新しい皇帝の即位の儀が始まる。長男で「史侯(しこう)」と号される劉(・)弁(・)が天子(皇帝)に即位する。


 史(・)侯(・)と呼ばれる所以は、何皇后が劉弁を産むと、史子眇(ししびょう)という道(・)人(・)に預けて養育したからだ。


 霊力のある道(・)人(・)に育てさせる必要があった。迷信や祟が信じられた時代だ。死産や生後すぐに亡くなるなど、出生率が低かったせいもある。劉弁は皇太子の第一候補として、すくすくと育った。


 道(・)人(・)とは、黄老道の道(・)士(・)の事である。太平道や五斗米道とは違う源流の道士だった。


 古来より源流の道士たちは、細々と自分たちの宗派を守ってきた。史(・)子(・)眇(・)はその生き残りだ。


 皇帝の次男、劉協(・)は「董侯(とうこう)」と号されている。


 嫉妬した何皇后に毒殺された王美人(美人は側室の位を表す)の子で、皇帝(劉宏)の母である董(・)皇后に養育された所以である。


――何進を排除しなければ、董候を天子に即位させる事は出来ぬ。この数日内に実行するのだ――


 心を決めた蹇碩は、皇帝の死を嘆く前に、自分の保身に走っていた。何進を亡き者にすると。


 伝令に「皇帝の即位に関して大事な話がある」と何進に伝えさせ、南宮(なんきゅう)に参内するように促した。


 策略だと知らない何進は、迂闊にも南宮の前に現れた。そこで蹇碩の司馬(副長官)である潘隱(はんいん)に出会った。


 潘隱は何進が河南伊(かなんい)(首都長官)だった事の部隊長だ。他の部隊長同様に目をかけたが、昇進して蹇碩の司馬となってからは疎遠になっていた。


 その潘隱が何進の目の前で、険しい表情をして睨んでいる。何進もカッとなって睨み返した。


(あれだけ目をかけてやったのに、蹇碩の司馬などになりおって――)


 あからさまな怒気を放ったが、良く見ると潘隱の様子が変だ。彼の目だけが何度も宮廷内の方に向いた。潘隱は睨んでいたのではなかった。


 (――しまった、罠か――!)


 何進はようやく気付いた。潘隱は、宮廷内での異変を目(・)配(・)せ(・)で何進に知らせていたのだ。


 罠に気付いた何進は、少々わざとらしく腹部を押さえた。


「イタイ……。腹の調子が……!」


 そう言いながら何進は、南宮の入り口から、そそくさと逃げ出すように消えた。


 何進はそのまま急いで百郡邸まで戻り、自軍の兵を緊急招集して守りを固めた。百郡邸とは、主要な朝臣の居住区で、何進の邸宅もそこに構えていた。


「蹇碩め! この私を、虫けらのように殺そうとしやがった! ただでは済まさんぞ!」


 その後、何進は病を発したと称し、宮廷への参内はしばらく取り止めた。




 四月の戊午(つちのえうま)(十三日)、ついに劉弁が皇帝に即位し、天子となった。


 何進の妹である何皇(・)后(・)が太(・)后(・)となり、権力を掌握したかに思えた。


 何太后が十四歳の新皇帝に代わって朝廷に臨席し、対立する董重(とうちょう)と何進の間に立って政治を取り仕切る。


 驃騎(ひょうき)将軍の董(・)重(・)は董(・)太后の従兄弟で、劉協を皇帝に推す蹇(・)碩(・)と共に劉協(・)派の双肩をなしている。


 その董重に対し、何太后はあからさまに嫌がらせをした。


「なにゆえ、陛下の即位式に参列したのですか? もう貴方の叔母は太后ではないのですよ?」


 皇太后は皇帝の母が冠する称号だ。先帝(前皇帝)の母は太上(だじょう)皇后と呼ばれる。


 董重は自分のみならず叔母を侮辱された事に憤慨したが、新しい太后に口答えする勇気はなかった。しかも彼女の兄は大将軍だ。


 それを知った董太上皇后は、何太后を呼び出した。誰もいない二人きりの部屋だ。


「貴方が驕っていられるのは、太后になったからじゃない! 大将軍がいるからよ! 私にも甥の驃騎将軍がいるのを忘れないで欲しいわね。その気になれば、彼に命じて大将軍の首を斬る事だってできる!」


 何太后は狼狽える事もなく、一礼して部屋を退出した。しかし、その腹は煮えくり返っていた。


「兄上! あのババアにはもう我慢できないわ! よりにもよって兄上の首を、驃騎将軍に刎ねさせるだなんて!」


 何進は妹の話を聞いても冷静だった。命を狙われているのは、先刻承知だ。


「今は辛抱するんだ……。蹇碩を討てば、次こそ董一族を滅ぼす」


 と、何進は妹をなだめた。今や妹は皇太后で、甥は皇帝なのだ。だが、悠長にしている状況ではない。



 新春――。この時代の暦では、一月になると文字通り春(・)を迎える。朝廷は新春恒例の大赦(罪人の恩赦)を行った。


 新皇帝が即位すると中平(ちゅうへい)六年を改元し、光熹(こうき)元年とした。董候(とうこう)だった劉協(りゅうきょう)は、勃海(ぼっかい)王に封じられた。


 四月の辛西(かのととり)(十七日)、死後五日後、霊帝は文陵に埋葬された。皇帝の崩御後、その都度ごとに葬儀を執り行う。


 文陵とは霊帝の墓がある場所で、雒陽の西北二十里(約八キロ)にあり、陵の高さは十二丈(約二十七メートル)、周囲は三百歩(約四百メートル)であるという。


 何進は暗殺を恐れて病と称し、埋葬の儀を欠席した。


「何進の奴、縮み上がって陛下の葬儀にも来やしない。とんでもない腰抜けだ!」


 劉弁の皇帝即位により蹇碩は、何進や何太后に先手を取られた形になった。暗殺の失敗で、何進はより一層の警戒を強めている。


「何進が貴方を恐れている証拠ですね。ここは辛抱の時です。いつか必ず董候(劉協)が即位する日がやってきます」


 側近の蘇脩が、蹇碩の意に沿うように言葉をかけた。


「だが、このまま黙って見過ごす訳にはいかぬ。何進を排除しなければ、やられるのは自分なのだ! 何か良い手立てはないものか……」


「趙中常に、協力を仰ぐ密書を認(したた)めてはいかがでしょうか? あの方も常日頃から、大将軍の陰口を叩いているのを知っております」


「だが、趙忠は張譲は朋友じゃないか。俺と張譲は、いわば呉越の関係だぞ。お前も知ってるだろう?」


「もちろん知っています。張中常もこの最近は、十常侍たちと疎遠になっているようです」


 十常侍とは張譲や趙忠を筆頭に、宦官の中常侍の位にある主要人物たちを指す。


「本当か、それは。確かなのか?」


「ええ。かつては十常侍の頂点にあった張中常も、今や飛ぶ鳥を落とす勢いの上軍校尉(蹇碩)の陰に怯えており、彼の権威は失墜しておられます。十常侍は利で動くのが常です。今や我々宦官の最大の敵は、大将軍の何進と何太后でしょう。貴殿が協力を求めれば、趙中常も喜んで応じてくれるでしょう」


「ふむ。そこまで言うのなら、密書をしたためよう。お前が秘密裏に届けてくれ」


「もちろんです……」


 蘇脩はいつものように力なく頷いた。

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