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三国志創生伝 ~砂塵の彼方に~  作者: 菊屋新之助
第十三章  為虎傅翼
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第一五〇話  再布教

 決意が固まると石真と管統はすぐに動き出した。石真は世平に頭を下げて、管統と石真の決めた方針について話した。


「世平どの。先程も言ったように、我々はまず牟平(ぼうへい)を落とす。だが、武をもって制圧するのではない。石真からも助言があったが、人の心を攻める事こそが最上の策だと。それが布教への近道だと、改めて教わった。だからこそ、あなたの力を借りたい」


 世平は頑として黙している。石真が代わりに続けた。


「なぁ、ジジイ。何も先頭に立って、アンタに旗を振れと言ってるんじゃない。少しばかり手を貸して欲しいと言ってるだけだ」


「私はここで静かに暮らしたいだけだ……。かつては中原の全ての民を救いたいと思った事もあったが、私の力は大賢良師の足元にも及ばないと思い知らされた。そんな私の微小な力でも借りたいというのかね?」


「そうだ。どうしてもアンタの力を借りなきゃならねぇ。いつまでもこのまま安泰で暮らせると思うか? 俺たちのような武辺者が護衛しなきゃ、いつか官軍やどっかの賊に飲み込まれちまう。今はそんな世の中だ。そうだろ?」


 世平は宙を見つめたまま黙った。石真のいう通りなのはわかっていた。今の自分は現実から目を逸らしているだけだという事を。


「わかった……。だが、できれば争いは避けたい……」


「俺たちもわかっている。できればそうしたいが、保証はできない。できる訳がない。だから、なるべく争いを避ける為にも、アンタの力を借りたいんだ」


 世平は静かに頷いた。太平道の復興についての協力は承諾した。これまでにないほどの石真の熱意に、感銘さえ受けていた。


「どうすればよいのだ……。私はここを動くつもりはない」


「アンタは表に立たなくていい。ただ、民衆を救う為にもっと多くの道士を育てて欲しいんだ。民衆の為に魂を捧げるなら本望なんじゃないか?」


「育てるというよりは、教えを請いに来た者を受け入れているだけだ」


「そうか。それなら、教えを請いに来た者たちを、貸してほしい。何人いるんだ?」


「さぁ、数十人はいるが……。君らの考えに賛同する者なら、連れて行っても構わん……」


 世平は常日頃から育てていた道士を、布教の為に当らせる事を約束した。


 石真が自分たちの部下を飢えから守るため、積極的に動いていたのは痛いほどに分かっていた。


 だからこそ、大切な弟子を石真に託そうと思ったのだ。


 石真と管統の二人は世平の屋敷から出て、少し話をした。


「とりあえずは上手くいったな」


「お前のおかげだ、石真。だが、もう一つ問題がある。いや、二つか」


「問題……? そうか。お前の弟たちか」


「ああ。これは俺の問題だ。なんとかする」


 管統は地元の長広県に帰って、石真の計画を実行しようと準備しようとした。


 長広で留守に当たらせていた末弟の管雷晃()は、管統の話を聞いて憤りを爆発させていた。


「アニキたちの帰りをずっと待っていたのに、そりゃねぇぜ。俺の出番はいつになったら回って来るんだ?」


 管亥(かんがい)の不満は最高潮に達している。そんな様子だ。三兄弟でも一番の武闘派であり、体格も筋肉質で背は八尺ほどある。歯ぎしりしながら子供のように地団駄を踏んだ。


「お前の憤りはよくわかる。だが、ここが踏ん張り所だ。俺たちの勢力はまだまだ弱い。黒山賊や白波賊は百万の部曲を率いてる。官軍でさえ寄せ付けない大勢力だ。俺たちの太平道もいつか大勢力になる。その為にも、ここは耐えて俺のやり方に従ってくれ。そのうち、嫌でも戦わなければならない日がやってくるさ」


 管亥は武辺者にありがちな頑固者だ。口では兄と慕っているが、今にも殴りかかりそうな勢いでいる。


「いつも我慢しろだ、辛抱しろだ、そればかりだ。聞き飽きたぜ!」


「じゃぁ、どうするってんだ? お前が指揮を執って青州を獲るってのか? やれるもんならやってみろ。俺は協力しねぇ」


「ああ? 俺がその気になりゃあ、青州なんぞ屁でもねぇ。アニキの力なんていらねぇ」


「兵站すら用意できねぇ奴が何を言ってるんだ。戦うだけが戦じゃねぇんだぞ。いいか、もう略奪のような物騒な真似はさせねぇからな。覚えておけ!」


 管統が凄んだの見て、管亥は少しひるんだ。


「けっ、わかったよ。だが、待つのは今回で終わりだ。それは覚えておいてくれ」


 管亥の言葉を、管統は無視した。


「いいから、俺のいう通りにしろ。黙ってついてくりゃ、いずれお前の好きにさせてやる」


 管亥は細い目で管統を睨んだあと、軽く頷いて目の前から去って行った。


宋全(管承)だけでも持て余しているのに、雷晃(管亥)までも……。どこまでも手が焼ける奴らだ……)


 管統は深いため息をついて、中黄太乙と何度も唱えた。そして精神統一を計ると、目つきを変えて顔を上げた。


 石真の計画通り、長広県内でも道士の資質がある者を数十人ほど選りすぐり、世平のいる昆崙山に送り込み、短期間で道士としてのなんたるかを教えた。


 世平は道士としての修行を積んだわけではないが、かつて張角の祈祷を直に体験した貴重な人物であり、道士たちから手厚い看護を受けた経験から、自分なりのやり方で人々を癒やし信徒にする術を、道士候補生たちに手解きしてやったのだった。


 道士たちを育てていくうちに、世平は殻に閉じこもっていた自分を少しづつ露わにし始めたようにも思えた。ある日、世平は正直に石真に心の内を打ち明けた。


「これ程までに太平道を、黄老の道を意識した事は、かつてなかったかもしれない。見様見真似(みようみまね)だが、私が直に体験した、大賢良師の偉業を記憶通りに再現しただけだが、それなりの成果と効能がある事がわかった。今更ながらに大賢良師の偉大さを実感したよ」


 世平は黄色い布を身体に纏って黄巾を被っている。かつての世平とは見違えて、生気(せいき)を宿した顔つきになっていた。


 数ヶ月が経ち、世平が育てた道士たちが、徐々に布教活動に手を伸ばし始める。牟平(ぼうへい)県や黄県の県城の内外で、影に日向に行われていった。


 やがて石真と管統の打ち立てた、人の心を攻めるという作戦は功を奏し、太平道への入信者はみるみる増えていった。それは貧民や流民だけでなく、一部の裕福な士大夫層にまで拡がっていった。


 お布施や貢物などにより、逼迫(ひっぱく)していた財政状況にも余裕ができ始めた。また労働力と兵力も同じように膨らんでゆき、手始めの目標とする東莱郡の制圧も夢ではなくなってきたのだ。


 この間、石真の忠実な部下である玉夷や莉旋、また管統の弟たちである管承や管亥らの武闘派は黙々と武の修練に励んでいた。


 そして、彼らの武勇が遺憾なく発揮されるのはそう遠い未来ではなかった。

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