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三国志創生伝 ~砂塵の彼方に~  作者: 菊屋新之助
第十三章  為虎傅翼
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第一四八話  新たな導士

 管統は、自分の網に絡まって動けない管承の手を取って起こしてやった。


「人質も取り戻したし、怪我した奴らの手当てもしてある。全て水に流し、石真を仲間として迎えいれるんだ、宋全(管承)。これ以上の我儘(わがまま)は俺がゆるさんぞ」


 管承は何も言い返す事なく、不満そうな表情で立ち上がった。そして、捕虜たち一人一人を手厚く見舞ってやり、一緒に自分たちの船へと帰っていった。


「ちっ、あの野郎、何も言わずに帰りやがって。これから作戦を話し合わなきゃならねぇってのに」


 管承の納得してない姿に、管統は憤懣やる方ない言い方をした。隣で聞いていた石真は訪ねた。


「作戦ってなんだ。何をおっ始めるつもりだ?」


「さっき、お前が言った冗談だ。青州を黄色く染めて黄州にするとな。まぁ、悪くない例えだ。故郷の長広は、末弟の雷晃に任せてあるから、次に狙いはこの牟平って訳さ。そして近い将来、東莱郡をも手中に納めてみせる」


 黄巾の乱より前から、管三兄弟は青州でその名を知られていた。長兄の管統(かんとう)――字を元瑞(げんずい)。次兄の管承(かんしょう)――字を宋全(そうぜん)。末弟の管亥(かんがい)――字を雷晃(らいこう)。同じ一族であっても、本当の兄弟ではないと聞く。


 兄弟の上下を定めたのは年齢だけでなく、人望、統率力においても管統こそが長兄だったからだ。


「そうか。ついこの間までは、黄県で県尉に成りすましていた。この俺が、政務を執っていたんだ。だから、アンタの協力が得られるなら、黄県を獲れる」


 管承と石真らは、それぞれに海辺に幕舎を張って、兵たちを休ませることにした。酒を飲みながらお互いに語り合っている。


「黄県か。数年前に騒ぎがあったのは、風の噂で聞いた。イカれた県尉が軍勢を率い、県城内を散々荒らしまくって暴行略奪したあげく、最後には官軍と激しく争って敗れ、一族郎党、晒し首にされたという話だったな。それがまさか、お前だったとはな」


「ふん、話が違うな。俺が県尉だったのは間違いねぇ。善良な官吏(かんり)に成りすましてたんだが、太平道の()だった事がバレちまってな。だからひと暴れしてやっただけさ。今までも色々やってきたが、略奪したのは高官の奴らからだけだ」


 石真と管統の二人は、黄県と長広県でそれぞれ山賊の頭目だった。太平道の誘いに応じ、青州の賊たちが、人知れず昆嵛山に集結した。


 二人は背格好だけでなく、考えた方が似通っている所が多く、すぐに意気投合して仲良くなった。とはいえ、目的意識は大きくかけ離れていた。


 石真は自身の利益の為に太平道に与したが、管統は、太平道の教えに感銘を受けた熱心な信徒だ。ただし、弟二人は中黄太乙(ちゅうこうたいつ)すら信じていないという。


「わかるぞ、お前の思いは。それは私も同じだ。だが、この世で最も大事な事を忘れてやしないか。それは信仰だ。信仰が()となり民となり、そして楽園を作る」


「難しい話だな……」


 石真は信仰を嫌ってすらいた。だから世平も、あえて石真とは黄老思想を語らずじまいだ。


「難しくはないさ。要は中黄太乙を信じるかどうかだ。昔の話だが、傷寒(しょうかん)(熱病)だった自分の部下が、太平道の導師によって癒されたのをこの目で見たんだ。そいつは数年後には戦死してしまったが、あの奇跡は未だに俺の脳裏から離れない」


 石真は信じなかったが、その話を聞いた事がある。当時は貧困に喘いでいた時代だ。衛生環境も食物もない、ましてや薬などあろうハズもない。


 罪を告解して懺悔すれば、道士が祈祷によって人々の病を治してしまう。ここに太平道の爆発的な布教拡大の理由があった。


 祈祷が直接的に病気を治癒させるのではない。静かな部屋で告解をさせて、精神的な安定を与え、やせ衰えた身体に栄養のある食事を取らせる。それだけでも、大抵の病気は平癒したという。


 現代で言う偽薬効果も多分にあっただろう。治ったという思い込みで、症状の改善が見られた。


 そして、治癒しなかった者は、信仰心が足りないという事で更なる信仰を諭す。噂が噂を呼び、尾ヒレが付いて評判は拡大していく。


 管統はその奇跡を目の当たりにした者の一人だ。それ以来、中黄太乙を信奉し続けているのだという。


「そうか……」


 石真は生返事しか出来なかった。信心深い管統に、野暮な事を言って怒らせたくない。


「俺たち、管一族も……東莱郡では名族だった。かの有名な()()()が俺たちの祖先だって聞いたが、そんなのどうだっていい。俺たちが物心ついた頃には、飯を食うのもままならなかったんだからな」


 管子(かんし)とは春秋時代の覇者・(かん)公に使えた宰相、管仲(かんちゅう)の事である。名参謀として歴史に名を刻んだ偉人だ。


 同じ姓を持つ歴史上の偉人を、自分の祖先とするのが横行していた時代だ。


「長広の田舎で山賊まがいの暮らしをしてた俺たちは、昆嵛山で太平道と出会い……そして入信した」


 管三兄弟は甲子(こうし)の年に、汝南の西華まで遠征に飛ばされた。彭脱(ほうだつ)という()()に従ったが、官軍に敗れて故郷に帰った……という事らしい。


「太平道の黄色い旗印のもと、三兄弟で故郷の長広を平らげてやった。俺自身が県令を叩き殺して、お前の言うとおり故郷を黄色に染めてやったのさ。次は牟平(ぼうへい)県を下して、それから黄県を落とす。まずは東莱郡を手中に納めるんだ」


 一呼吸おいて話を暫し中断したあと、管承は声を低くして話を再開した。


「だが、武力で土地を奪うことは出来ても、人の心までは奪えない。布教するにおいて重要なのは、皆を心酔させる先導者のような人物が必要だ。そして、それは俺ではない」


 深刻な眼差しで石真に訴えかける管承。石真の脳裏によく知るあの人物の顔が浮かんできた。


「それなら、うってつけの男がいる」


「ほう? どんな人物だ?」


「大賢良師に直接手ほどきを受けた男だ。俺は大賢良師にあった事も見た事もないが、恐らく誰もが、彼の後姿に、大賢良師の面影を重ねているのではないかと思うほどだ。しかし、これがまた面倒な男でな……。何度殺してやろうかと思った事か。とにかく、不思議と人を惹きつける力を持っている。彼を慕っている者も多くいる」


「どこにいるんだ、その男は。会ってみたいな。名は何というのだ?」


「張世平という男だ。今は昆嵛山に潜んでいる。顔はゴツゴツして岩のようだが、普段は物静かでよく瞑想をしている。だが、頑固で融通がきかないのが面倒臭い。一番厄介なのが、(いくさ)をどうあっても避けたがる事だ」


「昆嵛山か。俺たちが太平道に出会った場所じゃないか。何かの運命を感じるな。俺たちだって、好き好んで戦をするんじゃない。布教の為に、やむを得ず戦うのだ。とにかく、会って話してみようじゃないか」


「牟平と黄県を落としてから会いに行った方が良いような気もするのだが」


「さっきも言ったが、重要なのは人の心を攻める事だ。恐らく俺たちが今必要なのは、張世平だ。大賢良師なき今、信徒を導ける導師こそ、我が太平道が生き残る術となる」


 管承の言葉に、石真はハッとさせられた。今日まで石真が、嫌々ながらも張世平と共に過ごしてきたのは、まさに彼が言った言葉が理由だったからだ。

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