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三国志創生伝 ~砂塵の彼方に~  作者: 菊屋新之助
第十二章  追奔逐北
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第一二〇話  偽書

 突如として始まった二人の白兵戦――。蘇双の繰り出す両手の刀技は思ったより早く、しかも重い上に風切り音が鈍くぶんぶんと鳴り響く。


 漢代は、それまで主流だった剣(・)に代わって、刀(・)が普及し始めた時代だ。後漢に至っては戦場での主力武器は剣(・)に取って代わり、刀(・)が主流となっていた。


 剣は両刃で中心が厚く、刀は刃の部分だけが薄い。その分、剣より強度があり、片刃は力を込めやすいという利点もある。


 刀身が細い鉄製の片刃は、日本刀の原型とされるが、日本刀と違い片手持ちの武器で、柄は短めである。


 白兵戦では左手に盾、右手に方などの武器を持って戦うのが基本だ。二つの刀を両手で扱う蘇双の実力は相当なものだ。


「話を聞いて下さい! あの上(・)章(・)が、劉県尉を糾弾する内容だというのはわかっております!」


「やかましいっ、それならどうして上章を破るんだ! 奴こそ嘘つき野郎だっ。そもそも奴の姓は劉(・)じゃないし県(・)尉(・)でもない。張石真という黄巾賊の方(・)がだぞっ。お前も仲間だろ?」


 騒ぎに気付いた通行人や他の門番兵が、二人の周りを遠巻きに囲み始めた。だが、戦う二人を止めようとする者はいない。


 子義は焦りで顔が曇る。このままでは本当に殺される。遂に子義は刀を鞘から抜き、蘇双に刃を向けた。


「いいんですか? 戦いを続ければ、どちらかが死ぬか、相討ちだっ」


「何を言うか! この上章を失った以上、俺も貴様も只では済まん! 何より、張石真の肩を持つことが許せん。あの男は黄巾賊くずれのならず者だ!」


「張(・)石(・)真(・)? もしや、黄県の尉(い)、劉(・)石(・)真(・)……様の事ですか?」


「そうだ。劉(・)は偽名だ。さっきから言ってるだろうっ」


「まさか……。私が郡の奏曹史になれたのは彼のおかげなんです。まさか黄巾賊だったなんて……」


「このマヌケがっ!」


 蘇双は両刀を頭上に振り上げ跳躍した。得意の宙に飛んでからの斬り倒しだ。だが、大きな隙ができるので、子義にとっては逆転の好機となった。


「隙ありっ!」


 腰を低く構えた子義は刀の柄を逆手に持ち、懐に隙が空いた蘇双の胴体を目掛け、肩から突進し体当たりを食らわせた。


「うぐぉ!」


 子義は蘇双を斬る事を躊躇したので、斬らずに体当たりしたのだ。二度も地を這わせた蘇双に、子義は刀の切っ先を向けて最後通告をした。


「これ以上やるなら斬るしかない。だが、俺は貴方を殺したくない……」


 子義の目に迷いがあるのを見透かし、蘇双は嘲笑って言った。


「フハハ、お前に何がわかるっていうんだっ。冥途の土産に教えておいてやるが、黄巾賊だったのは石真だけじゃねぇ。実はなぁ……」


「蘇双っ、いい加減にしなさい!」


 蘇双を呼び止める誰かの甲高い声が響いた。それまで二人の周りに群がっていた野次馬が、怯えるように摺(す)り足で下がっていく。


「えっ、張常侍っ? な、何故こんな所に……?」


「あ~あ、上章がめちゃくちゃじゃないか、蘇双」


 殺気立っていた子義も不穏な空気を感じ取り、蘇双を叱りつけた男に目をやった。今までに見たことのない異様な雰囲気だった。甲高い声に髭の無い青白い顔が非常に印象に残る。


 これが噂に伝え聞く宦(・)官(・)という生き物か。


 蘇双はその宦官らしき者の名を張(・)常(・)侍(・)と呼んだ。もしや、皇帝の次に人臣の頂点に立つ大物宦官……あの、張譲。


 それを物語るかのように、護衛兵が張譲と思わしき人物を取り巻いて防壁となっている。


「士然殿。これはどういうことですか? まさかあの人物は……」


「お前に説明してもわからんだろう。どちらにしろ、あの方が直々にここまで来られた以上、俺もお前も無事では済まん」


 取り巻きとなっていた兵たち数人が、すぐに子義の周りを囲んで剣を抜いた。


 観念した子義は持っていた刀をゆっくりと鞘に戻し、両手を上げて膝を地面に着いた。


 張譲はよしよし、と言いながら子義の前に立った。


「素直じゃないか。刀を仕舞ったのは懸命な判断だ。お前たち、この者の上着を調べろ」


 兵たちが子義を取り押さえると、強引に上着を剥ぎ取って調べ始めた。蘇双は立ち上がると、すぐ横で羽交い締めにされて藻掻く子義を冷静に見た。


「張常侍殿、何やら上章のような物が出てきました。ご確認下さい」


 兵の一人が張譲に上章を手渡した。張譲はすぐに上章を拡げて黙読を始た。ふんふんと頷き、時折ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべながら、素早く上章を読み終えると蘇双に荒っぽく手渡した。


「蘇双よ、見てみろ。貴様が刺史からの命を受けて正式な上章を届けるから、と聞いていたが、まるっきり正反対の内容の上章になっているぞ。フフフ」


 蘇双は言われた通りに素早く上章を黙読する。その間にも子義は数人の兵たちによって強引に縄で縛られ藻掻いている。


「こんな上章を用意していたとは。子義の奴め。張常侍殿、本当に面目ありません。汚名を雪ぐ機会を私にお与え下さい。必ず貴方様のお役に立ってみせます」


「お前の上章を破いて彼が用意していたニセの上章と入れ替えようとしていたとはな。子義とかいうこの男、やる事は浅はかだが……中々の実行力だ。こんな馬鹿な真似を実際にやるとは見上げた奴だぞ、蘇双よ。貴様の沙汰は追って返事してやるから奏曹(そうそう)府で静かに待っていろ」


「は、ハイ」


 張譲とその取り巻きの兵が子義を担ぎ連行しようとするその時、群衆の中から一人の男が声を上げた。


「張中常侍。こんな所で何をなされているのですか? えらく賑わってますが」


 群衆の合間を掻き分けて颯爽と現れた人物。その立ち振舞は彼が纏っている衣服のように豪華で堂々としており、大物宦官である張譲を恐れる様子は微塵も感じられない。


「貴様、何伯求(かはくきゅう)だな。貴様こそ何の用だ。党錮を解かれたからといって調子に乗るなよ。余計な事に首を突っ込まない方がいいぞ」


 蘇双はその路地の真ん中で呆然と立ち尽くし、張譲と何顒(何伯求)の遣り取り見ていた。


「もちろん首を突っ込むつもりは毛頭ない。私は司空府に務ているから此処を通りかかっただけですよ」


 そう、この向こう側には三公府があり、太尉(軍事)、司徒(内政)、司空(土木)の三つの最高機関からなる施設となっている。何顒はそこに務める役人となっていた。


「ちっ……」


 張譲は舌打ちを鳴らすと目を逸らした。何顒(かぎょう)は剣の腕も立ち、自身の手で暗殺もこなすという輩だ。


 宦官たちの間でも関わりたくない相手として知られていた。ましてやこの男は十年ほど前に自分自身を暗殺に来た男と思わしき人物なのだ。


 まったく、党錮の禁が解かれて以来、自分たちにとって良いことなど一つもないな、と張譲は改めて思った。


「おい、そいつを放してやれ」


 彼の取り巻きの兵士たちに合図を送ると、羽交い締めにされていた子義は、解放されて再び地面に投げ出された。


「お前の上章は預かっておく。だがもしこれが偽の上章を奏上していたと分かれば、貴様は途端に追われる身となるぞ。そうなれば貴様は故郷に帰れまい」


 子義は地面から顔を上げて張譲と蘇双を睨んだ。しかし、張譲は子義など見てもいない。釈然としない態度で何顒を睨みつけていた。


 だが、すぐに背を向けてその場から取り巻きを連れて去っていった。


 何顒も一部始終を見届け終わると、何事も無かったかのように三公府の方に向かって歩き始めた。

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