38話:ただいま!
来たるべき5月5日、こどもの日。
なんとか有給を勝ち取った俺は、昼前に起きて家事を済ませて家で待機していた。いつの通りの休日であれば、昼過ぎまで寝ているのだけれど、今日はなんだか朝早くに目が覚めてしまった。それで、時間がもったいなかったので、溜まっていた家事をしていたというわけだ。
月本から、「とりあえず家で待機、こっちから連絡する」という内容の、ソーシャルネットワークサービスアプリのメッセージが送られてくる。
実はこのアプリ、みづきとりんとも連絡先交換をして使っている。ちなみに、交換の際にりんが、「ねぇねぇどこすみ?てからいんやってる?」と絡んできて、非常にうざかった。
2人からも了解という内容のメッセージが届き、月本からの連絡待ちをしていた。
「はぁ、ダウンロード方式だから家で待機でいいんだろうけど、暇だ……」
ドリームギアのゲームは、その全てがダウンロード方式になっており、昔の据え置きゲームのように、外に出て店舗で買う、ということがない。
家事も全て終わらせてしまいやることがなく、仕方なしにベットで転がってスマートフォンを操作していれば、次第にウトウトして眠りそうになってきた。……といったところで、月本からメッセージが届く。
『全員、ドリームギア被って、ようじょ・はーと・おんらいんアップデート&起動!』
ん?新しくダウンロードするんじゃなくて、アップデート?
疑問は残るが、月本に返事を返し、ドリームギアを装着し、データだけが残っている『ようじょ・はーと・おんらいん』を起動させる。
すると、アップデートを開始しますか?というウインドウが目の前に表示される。悩むまでもなく、はいを選択し、アップデートを開始する。
10分ほどでアップデートが終わり、ファイル名も『ちゃいるど・はーと・おんらいん』に変わったそれを、早速起動する。
すると、まるで俺の身体が、ゲームの中に吸い込まれてしまうような、不思議な感覚に包まれる。
気がつけば、何もない真っ暗な世界にいた。そんな中、声だけが鮮明に響いてくる。
「ようじょ・はーと・おんらいん、あらため、ちゃいるど・はーと・おんらいんにようこそぉ!」
という、数週間前に聞いたばかりなのに、どこか懐かしい幼女の声が聞こえてくる。いつもゲームガイダンスをしていた、幼女ちゃんの声だ。
けれど、なんで『ようじょ・はーと・おんらいん』の名前を、今更出す必要があるのだろうか。
このゲームはもう『ちゃいるど・はーと・おんらいん』になったはずなのに、いったいなんでだろう。
「このがいだんすは、べーたてすたーのかたせんように、つくられています。ようじょ・はーと・おんらいんのときの、あばたーでぷれいができますが、そのあばたーでぷれいしますか?」
というガイダンスが流れるとともに、目の前にはい/いいえのウインドウが現れる。
なるほど。これは、アップデートした人専用のガイダンスだったのか。この仕様は、胸が熱くなるものがある。
あのアバターは、もうなくなったものだと思っていた。それだったら、新しいアバターで、折角だったら男の子の姿で遊ぼうかとも考えた。けれど、あのアバターが。あの思い出の詰まったアバターで遊べるのなら、話は別だ。
俺は迷うことなく選択する。
――――――
すぅっ、と視界が開けていく。足がぶらんぶらんと宙に浮いていて、ベンチに腰掛けているのだとわかる。
見渡すと目の前には、保育園のような建物。すべり台やブランコといった遊具。そしてそこで遊ぶ、沢山の子どもたち。以前と違って、男の子も沢山いる。けれどそれは、数週間前に、毎日のように通った、見覚えのある光景だ。
あの子たちは、まだ来ていないようだった。
ベンチからとんっ、と飛び降り、建物の周りをぐるっと回ってみることにする。
途中、ガラス窓に映った自分の姿が見える。
この世界での俺の姿、ひなの姿がそこにあった。
それだけで、帰ってきたんだと思えてくる。
しばらくてくてく歩いていると、なんだか嫌な予感がしてくる。
もしかしたら、他のみんなは前のアバターではなく、新しいアバターで遊んでるのかもしれない。
特に月本は、アバターの方には思入れはないようだったし、普通に男の子の姿の方がいいのかもしれない。
そう考えると、なんだか急に怖くなった。大切だったものが失われてしまような、そんな恐怖。
けれど、それは杞憂だった。
「ひなちゃん、やっとみつけた!どこにいってたのよ!」
後ろから声が聞こえた。
振り返れば、よく知った顔の子どもたち。
「まったく、ひなちゃんはかってにうごいちゃうんだから!もう!」
金髪で、少しウェーブのかかった長い髪の、頼りになるんだけど、どこか抜けている、そんな女の子は、ぷりぷりと怒りながらそう言った。
「まぁまぁ、ちゃんとみつかったんやし、ええんとちゃうの?」
茶色の髪をサイドでまとめて、みんなのムードメーカーになってくれていた、関西弁の幼女が、金髪の女の子を窘める。
金髪の子は、それでもなおぷりぷりしていたけれど。
「……ひーちゃ、みつけた」
水色のショートヘアの、無口で人見知りで、どこか放って置けない妹みたいな女の子が、一目散に抱きついてくる。
長い時間会えなかったわけじゃない。けれど、俺にとっては、何年も会えなかった親友にあったような、そんな気持ちになった。
嬉しくて、でも泣いてしまいそうなのを必死に堪える。こういう時は泣くんじゃない。ニッコリと、嬉しい気持ちの、笑顔を作って。
俺は、彼女たちを見て、こう言った。それに対して、彼女たちは声を揃えて返す。
「みんな、ただいま!」
「おかえり!」
さぁ、みんなでこれからも、楽しく遊ぼう。
『ちゃいるど・はーと・おんらいんへ、ようこそ!』




