37話:大人達の一息
あの騒がしくも楽しい日々から、数週間が過ぎた。あのゲーム、『ようじょ・はーと・おんらいん』のβテストが終わってから、特にこれといった事件もなく、平和な日々が続いている。……時々、集中力が切れていること以外は。これでも、岬のおかげでマシになった方ではあるんだけどな。
気を紛らわせるのに、他のゲームを始めたりもしてみたが、どれも刺激を感じることはできずーー現実ではできない経験という意味では、十分刺激的ではあるのだけれどーー長続きはしていない。
それはどうやら月本も同じなようで、その寂しさというか、喪失感を埋めるべく、2人で飲みに来ていた。
「ぷはーっ!仕事終わりの1杯は格別だな!」
「おっさんくせぇな……まぁ、概ね同意なんだけど」
ゴクゴクと中ジョッキを空にして、追加の注文を店員のお姉さんに注文する。
「ねぇ月本くん?私も飲みたいんやけどなぁー……なんて」
「いや、お前まだ仕事中じゃん。働けよ」
「小日向くんのけちんぼ!もうしらへんもん!」
まるで、ぷんすかと音を立てているように、鈴宮は俺たちの座る席から離れていった。
そして、すぐに追加注文の中ジョッキを運んで戻ってきた。……なぜか自分の分を手に持って。
「はい、おもたせしました……っと」
「いやいや、ちょっとまって。おかしい。それは、おかしい」
「大丈夫やって。ちゃーんと、タイショーには確認とったし。それに、小日向くんたちしか、お客さんおらへんしねー」
確かに、よくよく見渡してみれば、俺たちしかいないみたいだけど……。この店、経営は大丈夫なんだろうか……。
ふと、カウンターで料理を作る、店長の方を見てみた。見た瞬間に、向こうもこちらの様子を気にしていたのか、目があった。そのまま、やたらといい笑顔で手を振ってきたので、俺もなんとなく手を振り返してしまう。……本当に大丈夫なんだろうか。
「ごくごく……あー、ツマミの注文、まだこないのか?」
「ぎょーさん頼んでたし、もうちょういかかるんやないの?」
「ペース早いなお前……なんかあったか?」
いつもは……いや、いつも飲むペースの速い月本が、今日は殊更ペースが早かった。
俺が問いかけると、月本はニヤリと笑って話し始める。
「おーおー、ひなちゃんは、こういうの見てねぇだろうからっと思ってな。ほれ」
「なになに?ひなちゃん、うちにもみせてーなー」
「だから、ひなちゃんいうなっつーの……なになに、『来月の新作タイトル、その制作会社の社長さんに電撃インタビュー』?」
月本が出したのは、月間で発売されているゲーム情報誌だった。俺の腕の傍から覗いてくる、鈴宮の顔がうっとおしい。
その中の特集ページに、新作タイトルの制作会社社長のインタビュー記事が載っていた。
「これがなんだよ」
「いいから、まず読めって。あ、3番目のこれな」
「えーっと、『チェルノット社、櫻井社長に聞く、発売タイトルーーちゃいるど・はーと・おんらいんーーの魅力!』……これって……」
「チェルノット社ってのは、『ようじょ・はーと・おんらいん』の運営のことだな。それが、似た様な名前のタイトルを提げてきたってことは……」
その記事には、新発売ゲーム『ちゃいるど・はーと・おんらいん』のゲーム詳細、つまりは、俺たちがやってきたことが書いてあった。
子どもの姿になって、いろいろな遊具やおもちゃで遊べること。お手伝いをしてお小遣いをもらって買い物できること。
そして、『ようじょ・はーと・おんらいん』からの1番の変更点は、性別を男女で選べるようになったというとこだ。
「記事だと男の子の遊び、女の子の遊び、それぞれできなかったことをやってみよう、なんて書かれてるけどさ、幼女だけだと問題になったんだろうな」
「それは……まぁ、そうだろうなぁ……」
まぁ、βテスト前からわかりきっていたことだった。
それでも、そのゲームを現実に発表できるところまで持って行けたところに、この会社の熱意というか、情熱のようなものを感じる。
「それでも、受けるところには受けるんだろうな。ショタだって需要があるんだろうし」
「ショタって……その通りだけどよ」
「なんやそれー、男の子でプレイできるんやったら、もっと早くやってもらいたかったわー」
そう言って、鈴宮はテーブルの上に突っ伏した。そのまま、手足をバタバタとさせている。
「お前……そんな暴れ方してガキかよ……」
「だってだってー!男の子で遊ぶの楽しそーやん!」
そんな風に言われても、もともと男の俺にはいまいちピンとはこない。
「まぁまぁ、そう言ってやんなよ。ひなちゃんだって、なんだかんだ、スカートはいたりとか楽しかっただろ?そういうことだよ」
「おまっ!ひなって言うなって……」
「なになに?ひなちゃん楽しかったん?かわえーなー、もぅ」
「お前らなぁ……!」
けれども、言われて納得してしまったあたり、俺もすっかり毒されているのかもしれない。けれど、そんなことは絶対言ってやるものか。
「タイトルも悪くはないよな。幼女とショタで、チャイルドで括ってるところがなんとも。あ、焼き鳥もらうわ」
いつの間にか、テーブルに置かれていたツマミを手を取りながら、月本はそんなことを言った。
確かに、このタイトルなら……ギリギリ……セーフ……か?
再び記事を食い入るように見る。見れば発売日の記載があった。
「5月5日……ねぇ……」
「狙ってるよな」
「狙ってるねぇ」
5月5日、ゴールデンウィークの最終日。そして、こどもの日である。
「今なら……有給差し込めるか?」
「ギリギリだな。俺はもう申請した」
「あ、てめぇ!ずるいぞ!」
「ひなちゃんそんな怒んなくてもえーやんー。なぁ?」
「そうだぞ。まぁ、強いて言えば、情報収集力の差だな」
「ぐぬぬ」
「うっわ、小日向くんすっごい顔」
「十分早く伝えただろーが。俺だって、今日雑誌買って知ったんだからな」
「そういうところ、意地が悪いよなぁ、るなちゃんは」
「お前ね……そういうこといっちゃうわけ、そういうこといっちゃうわけ!」
「あっはは、2人ともおもろいなぁ!」
この後、ぎゃあぎゃあと口喧嘩をして、店長に注意されたのは言うまでもなかった。




