36話:元気がないときは★
月本と話してから、再び仕事を再開してみたものの、結局は集中しきれなかった。
その都度岬がフォローをしてくれたものの、俺が使い物にならないのは、誰の目から見ても明白だった。
「先輩、今日本当にどうしちゃったんすか?なんだか先輩らしくないっすよ?」
岬がそんな風に、心配して声をかけてくれるものの、たかだかゲームのことで、後輩にまで迷惑をかけて、情けないったらありゃしなかった。
「いや……悪いな、本当に」
「いえその、私はいいっすけどね。でも、先輩がそこまで落ち込むことも今まで見たことなかったんで、本当に心配なんっすよ?」
心配されればされるほどに、どんどん情けなくなってくる。どうしようもないな、俺は。
「大丈夫、大丈夫だから」
「いや、そうは見えないっす。……ところで、先輩今日この後時間あるっすか?」
「……へ?あ、あぁ、時間はあるけど……」
もうあのゲームはできなくなっているから、差し当たって帰ってからすることはない。有り体に言って暇だった。
俺が答えると、岬は顔をぐぐいっと近づけて、さらに言葉を続ける。
「じゃあご飯行きましょう。美味しいもの食べたら、きっと元気になるっす」
「お、おう、わかった。わかったから、顔近いっての」
「やたっ。じゃあ、終わったらご飯行きますからね!忘れないで下さいっすよ!」
それだけ言うと、なぜか今まで以上にやる気を出して、仕事に打ち込み始めた岬。
俺は、正直何が起こったのかよくわかえらないまま、目の前の仕事を片付け始めるのだった。
そして、仕事が片付き、退社時刻になって、岬と一緒に街中へと繰り出す。
約束してしまった手前、行くことに異存はなかったが、どうにも、あまり気乗りはしなかった。
「先輩、どこか行きたいとことかないっすか?」
「いや、特にはないから、お前が決めてくれよ」
自分でも良くないとはわかっているのだが、どうにもぶっきらぼうな返事になってしまう。
それなのに、岬は真剣に「どこがいいですかねー」なんて考えてくれて、申し訳なさが大きくなる。
「なぁ、岬、やっぱり俺……」
「あ!あそこ行きましょうよ!前に、先輩に連れてってもらった焼肉屋!」
岬が提案したのは、ある焼肉屋だった。
以前、岬が大きな商談を獲得したお祝いに、個人的に連れて行った場所だ。別に高級店というわけでもない、リーズナブルなチェーン店だ。
ただ、今のテンションで焼肉はそんなに食べられる気がしないが……。岬は行きたいみたいだし、たまには付き合ってやるか。
「俺はいいけどな。あんなとこでいいのか?」
言っちゃ悪いが、お世辞にもいい店だったとは言えない。俺が連れて行ったのも、俺自身が先輩に焼肉屋に連れて行ってもらったからで、特に店を決めていたわけじゃないし、今更だが、女の子と一緒に行くのに焼肉屋はどうだったのかと、思わなくもない。
「いーんです!先輩に連れて行ってもらったお店だし、あそこがいーんです!」
迫力のある物言いに、俺はそれ以上は何も言わなかった。
そう長くない距離を歩けば、目的の店が見えてくる。
入り口の前だというのに、炭火と、肉の焼ける匂いが漂ってきて、眠っていた食欲を起こされるようだ。
先を歩き店内に入り進んでいく岬の、その後をついていく。
席に案内されると、適当に注文をし、飲み物が先に届いたところで乾杯をした。
「先輩、お疲れ様っす」
「おう、お疲れ」
ドリンクの入ったジョッキを、カランと当てて、乾杯をする。今日は飲む気分にはなれなかったので、ビールではなくウーロン茶を飲んでいる。岬も、俺に合わせたのか酒は飲んでいない。
「それで、今日は一体全体どうしたんすか。全然先輩らしくなかったっすけど」
トングを使って網の上に肉を並べながら、岬は俺に問いかけた。……そういえば、前に来た時もこうやって岬が焼いてたっけか。口調の割に生真面目というか、肉の役順番とかまで指定していたのだ。……生真面目は関係ないか?
俺は、岬の問いになんと答えるべきか悩んだ。
そのまま状況を答えるのであれば、「今まで楽しんでいたゲームが、サービス終了になるから落ち込んでいた」となるのだけど、冷静に考えればとんだダメ人間だな、とつくづく思う。
そして、別に俺は、ゲームができなくなるからこんなに落ち込んでいるわけではないのだと、自分では思っている。
じゃあなにがこんなに落ち込むことがあるのだろうと考えると、ふと、頭の中に顔が思い浮かんでくる。
るな。
みづき。
りん。
ありす、ろぜったさん。
他にも、あの世界で出会った人達の顔が、次々と思い浮かんできた。
そうしたら、すぐにわかった。俺は、あの世界で出会った人に、会えなくなることが、寂しかったのだと。あの世界で築いてきた絆が失われることが、怖かったのだと。
「……先輩?なんで、泣いてるんすか?」
岬が、俺の顔を覗いてくる。
いつの間にか、俺の頬を一筋の涙が伝っていた。それは、止めようと思えば思う度に、止まらずにどんどんと溢れてしまう。
「……わるい、なんでも、ないんだ。なんでも」
「なんでもない訳ないじゃないっすか!」
声を荒げる岬の顔もまた、なんだか泣きそうになっている。
「先輩の調子が悪いと、私だって困るんすよ!だから、私にできることなら、何か言って欲しいっす」
そんな風に言う岬に、俺はぽつぽつと話し始める。
最近仲良くなった友達がいたこと。そいつと、急に会えなくなってしまったこと。次に、いつ会えるかわからないこと。
あのゲームのことはボカしながら、そんな風に話した。
話し終えると、岬は開口一番こんなことを言った。
「先輩、そんな友達いたんすね」
……なんというか、さっきまで泣いていたのが、嘘みたいに涙が引いた。話したのが間違いだったと、ありありと知らせてくる。
「……酷くないかお前それ……」
「だって、先輩からそんな話聞いたことなかったっすし。いつも月本サンと一緒のイメージがあったっす」
それは確かに、というかその通りなんだけれど、なんだか後輩に友達のいないやつ、みたいに思われていたのはちょっとくるものがある。事実、そんなに友人は多くないけれど。
「でも、先輩が何悩んでるか、わかんないんすよねー」
「えー……、友達に会えなくて寂しい、って話だろうが」
「だって、一生の別れってわけじゃないんすよね?生きてりゃどっかで会えますよ」
岬のその言葉は、どこか楽観的だったけれど、なぜか俺の胸にはすっと入ってきた。
生きていれば、どこかで会える。確かにその通りかもしれない。なにも、まだあの世界がなくなったとは限らないのだから。1年2年、あるいは10年先でも、どこかでまた、あの世界にたどり着けるかもしれない。
そう考えると、なんだかさっきまで悲しくなっていたのも馬鹿らしくなってきた。
「岬、ありがとな」
「?お礼言われるようなことは言ってないっすよ?」
「それでも、俺が言っときたかったんだよ」
「そっすか」
なんだか、岬に慰められた形になったけれど、そんな日もあるかな、なんて、気を取り直せたのだった。




