35話:お終いの、その後に★
ゲームからログアウトする。そのまま、しばらくボーッとしていた。
気がつけば、目から涙が零れ落ちる。なんだか、現実の自分まで泣き虫になったみたいだ。いや、泣き虫で弱虫なのが、俺の本質なのかもしれない。というか、それが俺の本質だろう。
季節は春で、まだ暑くはないはずなのに、汗をかいて服がベタついて気持ちが悪かった。
そのあまりの気持ち悪さに、寝る前ではあったけれど、シャワーを浴びた。シャワーを浴びながら少し考える。
どうにも、俺はあのゲーム、『ようじょ・はーと・おんらいん』に、相当入れ込んでいたらしい。
今日でそれも終わってしまうのかと思うと、どこか寂しさのようなものを覚えてしまう。
シャワーを止めて、身体を拭いて、着替えてからスマートフォンを手に取った。
「『ようじょ・はーと・おんらいん』っと……」
インターネットで検索してみると、予想通りヒット数は少なかった。それもそうか。悪い意味では有名そうなものだけど、まだβテストだし、そこまで情報があるわけでもないだろう。
「攻略スレとかあったのか……」
ちょっと気になるものもあったが、目的のホームページを開く。
件のゲームのホームページには、まだ反映されていないのか、βテスト公開中と書いてある。正式発表がいつになるとは、書いてはいなかった。
まぁ、期待はしていなかった……といえば嘘になるが、まだ発表はされていないとも思っていたので、なんというか、結局もやもやした気持ちだけが残る。
どこにもぶつけようのない気持ちを抱えたまま、これ以上起きていると、明日の仕事に差し支えが出てしまうので、ひとまずは眠ることにした。
ーーーーーー
会社に出社して、いつも通りに業務をこなしていく。淡々と、資料をまとめていく。
「先輩、なんかボーッとしてるっすけど、大丈夫っすか?」
「岬……俺、そんなにぼーっとしてたか?」
いつものように「〜っす」と、軽い口調で岬が話しかけてくる。
岬に突っ込まれるほどに、どうやらぼーっとしていたらしい。まさか岬に注意されるだなんてなぁ……。
「酷いなんてもんじゃないっす。今までずーっと、JとOを交互に打っては消して、打っては消してを繰り返してたっす。斉藤部長に怒られなかったのが、マジで奇跡っす」
「そんなにか……」
よくよく画面を見れば、文章ファイルに、「じょ」とだけ書かれていた。
ゲーム1つで、どれだけ参ってんだかなぁ。
「あー、すまん。ちょっと頭冷やしてくる」
「了解っす。自分の作業キリ良くなったんで、こっちちょっと進めておくっす」
「助かる」
俺は岬に礼を言って、屋上へと足を進めた。
屋上へ行くと、月本がタバコをふかしていた。
「よぉ、ひなちゃん」
「……ひなちゃん言うなや」
わりぃわりぃと、1つも悪びれずに言う月本の横に並び、フェンスに身体を預け、途中で自販機で買ったコーヒーを飲んだ。
……うん、うまい。向こうだと、やたら苦さが引き立てられて、飲んでられないほどに不味かったんだけどな。
携帯灰皿でタバコを消して、月本が話しかけてくる。
「お前も追い出された口か?今日は使い物にならないって」
「お前も……ってことは」
「頭冷やして来いって追い出せれちまった」
頭をボリボリ掻きながら月本は、ははと笑った。
「俺は、追い出されたわけじゃないけどな。岬に注意喚起された。……自分でも、相当だと思っちまった」
「岬ちゃんに言われるって、そりゃあ相当だな」
「本当にな」
2人で苦笑する。
お互いに、相当ヤバイらしかった。
「あれはなー、実際中毒性があるぜ。子ども体験なんて単純に言うけど、この歳になって改めてやってみるといろいろ新鮮に感じるんだよな」
「感情モジュールでフィルタリングされてるってのもあるのかもしれないけどな。それ抜きにしても、新鮮なのは違いないわ」
この歳になって、すべり台が楽しいだとか、お使いをして褒められるのが嬉しいだとか、みんなで秘密基地を作って遊んだりとか、そんなような体験をするとは思わなかった。みづきにりん、ありすやろぜったさんといった、新しい友達ができると思わなかった。
それらの全てが、間違いなく楽しかったのだと、思えることもまた事実だった。
「まぁ、それも今日でしばらくできなくなる、もしくはお終いだな。まぁ、最初からタイトルがもうやばかったけどな」
「……確かにな。最悪、発売しない可能性まであるんだよな……」
子ども化はともかく、性転換技術はいろいろと問題になりそうなものだ。その2つが重なって、ヤバさも2乗している気がする。都条例とか、いろいろ。フェミニストな政治家が、狂った怒り方をしてもおかしくない案件だ。
現状で問題が出ていないとはいえ、どこか精神的におかしくなる人だっているかもしれない。
「感情モジュールでのフィルタリングは現実の精神に干渉しすぎないように設定されているんだけどな。ただ、難癖つけられて発売中止、なんてこともありそうなんだよなぁ」
精神が幼女化する、というと、やっぱり危ないゲームじゃないか、となりそうだが、実際のところは、現実の自分たちの意識を投影した擬似人格が喋る、といった複雑な技術が用いられているらしい。複雑すぎて説明できないのが問題だが、結論、幼女化してもゲームの中だけだから問題ない、ということだ。
「まぁ、そんなことを俺らが考えたってどうにもならないしな。仕事は仕事で集中して、帰ったら最後のログインを、ちゃんと楽しもうぜ。……どんな結果になってもな」
「はぁ、当たり前のことをるなちゃんに言われるなんてな」
「てめぇ、るなちゃんとか言ってくれるなや」
お返しだバカ、と月本に言ってから、俺は仕事に戻ることにした。……今度こそ真面目に仕事しようと思いながら。




