魔王編07 ~神託~
20170605
今回の更新に伴い、以下の章を修正しました。
03_02 03_04
詳細は該当章文末参照。
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◆神託
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【アールヴ暦23万4030年】
【帝国暦1139年】
三の魔王・ラフィシルの暴走は、尚も続いていた。狂ったように身悶えし、もがき苦しみながら破壊のブレスを撒き散らす。この星の命運と耐久力が、波打ち際の砂の城の如く容赦なく削られていく。
また同時に、ラフィシルが発する瘴気が重いガスのように地表に溜まり、少しずつ広がり始めた。その瘴気は生命にとって毒であったが、直ちに影響は無いため皆その深刻さに気づかなかった。
テスエローフ千士隊は、ラフィシルの死角となる近くの山陰に退避していた。帝都を逃げ出した避難民達も、彼らの庇護を受けている。兵も民も皆一様に憔悴し、疲れ切ってうつむいていた。強大な敵の出現に正直為す術がない、といった状況だ。
「どうすればいいの」
いつも元気にハネている頭頂部の癖っ毛をしんなりさせて、クックルが力なく呟いた。
「安心しろ、あんなのオレがすぐに倒してやる!!」
ぐったりと座り込んでいたルーヴが突然立ち上がって叫んだ。魔王レフィキュルとの戦いで体力・魔力を使い切り、ふらついているにも関わらず戦場に戻ろうと歩きだす。
「ガーネルク、ロラッカ。ルーヴを止めて」
「おう」
「何をする、はなせー!!」
シアを中心に幹部連中が額を寄せ合って今後の方針を協議していた。しかし、一向に結論は出ない。
「……ともかく、まずは情報よ。レイド、偵察部隊と一緒に敵の情報を集めて」
「わかった」
とそこに、見慣れぬ格好をした小柄な少女がふらりと現れた。兵達に緊張が走りルーヴが剣を抜いて立ちふさがる。それだけその少女の身なりと気配は異様だったのだ。
「落ち着けルーヴ。僕は敵じゃない」
少女が言った。旧世界の人間が見れば、その服装がメイド服であるとすぐに分かったであろう。
「な、何者だ?」
「うーん、そうだな、神の使いってところかな」
雰囲気の割に馴れ馴れしい態度の少女だ。その喋り方に、ルーヴは覚えがあったが全く思い出せない。ただ少なくとも、敵ではなさそうだ。
「僕のことはどうでもいい。この状況をなんとかするのが先決だ」
少女は、ルーヴ、シア、レイド他、主だった者達を集めさせた。ルーヴ以外は皆、暗い覇気のない顔をしている。
「まず状況を整理しよう。敵は予言に記された三の魔王・ラフィシルとそれを手引した連中だ」
「その連中、ハイテンシって名乗ってたぞ。一体何者なんだ?」
「廃天使か。簡単に言うと"神の敵"だな」
「神の……敵!?」
質問をしたルーヴが生唾を飲み込む。
「廃天使もラフィシルも神々と同種の力、混沌という能力を持っている。まあ、普通のアールヴや地上の者達には手に負えない力だ」
「そんな……。神の敵なんか相手に私達アールヴが勝てるわけがないわ」
「……もうオシマイだ」
シアとレイドが力なくうなだれる。ガーネリクやロラッカも何も言えず口をつぐむ。そんな中。
「何言ってんだよ、どんな相手だろうと俺達は勝つ!!」
ルーヴだけが自信たっぷりに言い放った。こんな状況でも、彼は何一つ諦めてはいなかった。勝つことを欠片ほども疑っていない目だ。
口角を上げて少女が重々しく頷いた。
「その通りだ。アールヴにもまだ勝てる可能性はある」
皆の視線が少女に向けられた。
「汝らに神託を授ける」
少女は語った。後に、"オルリエカの神託"と呼ばれる事となる言葉であった。
「われは知る、端緒の御杖、解せざるはなく、
魔矛の穂先、障壁を開かん、
炎纏の刃、これを斬り、虚無の果てに滅し去る、
世に九種の神器あり、
其れ即ち、神の与えし祝福なり」
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◆神使vs廃天使
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帝都レプラローフの廃墟の中、テネローハ、プニラ、クレスレブ、リリル、ロロクルオスら5人の神使は、廃天使と名乗った6人に取り囲まれて身動きがとれないでいた。しかも、ユウナギがいないために天眷を開放することも出来ない。
「このままでは……第4惑星42億年に渡る歴史もここで終わりですわ」
ゆっくりと息を吐き出しながら、テネローハが言った。バーミリオンオレンジの巻き毛のツヤがいつになく弱々しい。
しかし、いつまでも手をこまねいているわけにも行かない。口火を切ったのはプニラだ。
「ヘーキだよ。あいつらをみんなブッとばせばいいんだ」
天眷と同等の力、混沌を持った廃天使相手に、その自信はどこから来るのか。ただ何も考えていないだけなのか。
「いくよ! スライム・ボール!!」
言うが早いか、彼女は身体から球体を分離させ、超高速回転させながら廃天使めがけて叩きつけた。全てを溶かす強酸性の液体だ。廃天使達が数歩下がる。
「やるしかないのじゃ」
廃天使をなんとかしなければ、三の魔王・ラフィシルと戦うことも出来ない。諦め顔のロロクルオスのセリフを合図に、残り4人の神使も地面を蹴った。
「加速!!」
「強化。 防御」
ロロクルオスとリリルとで強化魔法を多重がけしておく。少しでも彼我の戦力差を埋めるためである。
一般的に、現世(地上)の者達と天界の住人の間には、如何ともしがたいレベルの差が存在した。大まかに言うと、表1のような関係だ。
表1
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クラス: レベル 称号
-----------------------------------
F: 1~9 見習い
E: 10~99 地上・一般人
D: 100~999 地上・英雄
C: 1000~9999 神使・一般
B: 10000~99999 神使・高位
A: 100000~999999 神
S:1000000~? 神・未知の領域
-----------------------------------
F~D 現世レベル 地上人の能力
C~S 天界レベル 神威・天眷・混沌
-----------------------------------
現時点で、天眷を封じられたままの神使達は、生前の現世レベルまでの力しか出すことが出来ない。対する廃天使達の混沌は天眷と同等の天界レベルの実力とみて間違いない。
つまり、天眷を封じられたままの神使と、混沌を使うことが出来る廃天使とでは、クラスDとクラスCの差――最低でも10倍のレベル差――があるということだ。
神使達の圧倒的不利は、疑いようも無かった。
**********
テネローハは小柄な廃天使に狙いを定め、急進して毒の爪を突き立てた。――突き立てたと彼女は思った。だがどういうわけか、それ以前に敵の槍がテネローハを貫いていた。
「!?」
小柄な廃天使が仮面の下で笑ったように、テネローハには思えた。
「我が名はミレーカ。覚えておくが良い」
ノイズ混じりの、厳格ぶった少女の声がそう告げる。
「これはご丁寧に。わたくしはテネローハ」
彼女の身体を構成する数十匹の働き蜂が死んでしまった。ただ、戦闘に支障が出るほどではない。
テネローハは怯むこと無く続けて攻撃を仕掛けた。しかし、何度やっても先に攻撃を食らってしまい、彼女の攻撃は通らなかった。
「……!? どうなっているの!?」
「ムダである。我が槍は必殺の"絶対先制"。何ぴとたりとも我より先に攻撃すること能わず、である」
先んじて制する。
ミレーカの攻撃は、常に相手の攻撃の機先を制するのだ。相手がどんなに素早い攻撃を繰り出したとしても、それ以前にミレーカの攻撃が発動する。そのように"決まって"いるのだ。
しかも、大技とのコンボも可能であった。
「魂の裁定!」
ミレーカが技名を口にしたのは、その技がテネローハを大きく貫いた後であった。
「…………!!?」
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プニラの前には、スラリとした背の高い女の廃天使が立っていた。神使達には知る由もなかったが、名をウレイラという。
「汚れた神のしもべよ。悔改めよ……」
廃天使ウレイラは気だるそうにブツブツとつぶやいた。仮面のせいで素顔は見えないものの、どこか陰鬱な雰囲気がにじみ出ている。
「罰を与える……」
「罰!? ボク、わるいスライム族じゃないよ!!」
「本当にそうか? 今まで何も悪いことをしたことが無いのか……?」
「ギクリ!」
プニラの脳裏に様々な出来事が思い浮かぶ。テネローハのハチミツをこっそり舐めた事。アキュレイユとの将棋でズルをした事。クレスレブの尻尾を消化したこと。
「刑を執行する……」
ウレイラが突き出した杖の先に、一際まばゆい輝きが現れた。
「神罰の炎!」
紫色の炎が渦を巻きプニラの半身に浴びせられた。液状亜人にとって炎は大敵だが、それはさらに厄介な性質を持っていた。炎に焼かれた彼女の半身が一瞬で塩の塊と化してしまったのだ。
「な!!」
**********
クレスレブは獣型に変身しており、既に全力であった。対する廃天使ガリエルバは、プレートメールに身を包み身長ほどもある超大剣を携えて落ち着き払っている。彼は豪然たる偉丈夫で、常に姿勢正しく騎士然とした男だった。
「いざ尋常にまいる」
この2人の戦いは当初、至極まっとうに始まった。単純な打撃と斬撃の応酬が続くかと思われた。
しかし、牙と刃を交えるうちに、クレスレブは異変に気づいた。回を重ねるごとに、ガリエルバの攻撃が1、2、4、8……と回数が増えていったのだ。
「……!?」
倍。その倍。さらにまたその倍。8合目の攻撃の際には、ガリエルバの攻撃回数は128になっていた。にも関わらず、彼の動作に変化は見られない。攻撃の手数が増えたのではなくて、攻撃という現象の数が増えたのだ。同時に128本のツルギが踊り狂う。鉄刃の暴風。クレスレブはそれをまともに食らってしまった。
「……!!」
体が切り刻まれ、獣型が解かれる。全身から血を流しながら大きく間合いをとる。距離をとったのは正解であった。さもなくば、次の攻撃は倍の256回になっていたであろうから。コンボを切るか少し時間を置けば、攻撃回数は1に戻るようだ。
「……少し厄介」
傷口を軽く舐めて、クレスレブは呟いた。
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「さっさと済ませて、三の魔王を倒さんといかんのじゃ。時間素子加速砲!」
ロロクルオスが腕をふると、彼女の周辺に湧き出した時の水が槍状になって眼前の廃天使に叩きつけられた。
「能力値ゼロ・命中率」
廃天使ラーファルの言葉と同時に、ロロクルオスの魔法は明後日の方角へ飛んでいった。
「なんじゃ!?」
「ぼくの混沌は射程内の任意の能力値をゼロにするんだぞ!」
先程の攻撃の場合は、ロロクルオスの能力値"命中率"をゼロに書き換えたのだ。
「なんと便利な!」
「他にもあるぞ! 能力値ゼロ・防御力!!」
言った後で、ラーファルが短剣を鞘走らせて斬りつける。とは言え、その動きは極めて凡庸であった。英雄には程遠いが役立たずというほど無能でもない。普通だ。
にもかかわらず、その普通攻撃は、ロロクルオスの右手を吹き飛ばし、本人を地面に叩き伏せるほどに強力であった。いや、ラーファルの攻撃が強いのではなく、彼女の防御力が極端に弱くなったのだ。
「……!!」
すぐさま体制を立て直し、ロロクルオスは大きく間合いをあけた。彼女は呪いのせいで死ねない身体であったが、しかしそれも、天眷や混沌の影響下ではその限りではない。要するに、大ピンチというわけだ。
「……まいったのう」
警戒しつつため息をつく。
「どうやら廃天使の能力混沌は、原理偽装系じゃな。つまり、天眷と同等の能力というわけじゃ」
世界は、エネルギーや物質等から作られ、"万物の理論"により制御されている。それらをまとめて世界を作る仕組みをカクリヨでは"リアルエンジン"と呼ぶ。
ゲームを作るゲームエンジンのイメージが近いだろうか。リアルエンジンは世界の法則他、色々なことを決めることが出来る。概念操作や真理改変とも呼ばれる、まさに神のシステムだ。
天眷や混沌は、そのリアルエンジンを介して現実世界の有り様に干渉することが出来る。それが魔法などの一般的な能力との大きな違いであった。
**********
前衛同士の戦いは神使達の不利で推移していた。後方からリリルが補助魔法や攻撃魔法でサポートするのだが、にわかに状況の改善は見込めない。
また、廃天使の残り2人は戦闘に参加せず、後方で戦況を見守っていた。軍服に似た服を着た男の方は黙ったまま。もう一方の女はくるくる回りながら歌を歌っている。賛美歌のような、どこか物悲しい戦慄の歌だ。それに反して、仮面の隙間からのぞく彼女の表情は楽しそうに見えた。
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◆偵察
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シアの指示で、テスエローフ千士隊から偵察隊が出て戦場の様子を伺っていた。皆一様に顔を引きつらせている。
「ったく、なんなんだよ、ハイテンシだのジンシだの」
情報の処理が追いつかないといった顔をしてガーネリクが言った。
「あれがハイテンシ……。神々の敵」
レイドが息を呑む。
「ヤレヤレ……またとんでもない敵が出て来たもんだね」
軽口を叩いているロラッカではあるが、表情は青ざめていた。
彼らの視線の先で、今も神使と廃天使が戦っているのが見える。
「なんて戦いだよ。あいつらのあの力、魔法なのか何なのか、まったく理解できねえ」
「神々の力ってやつだろ。おれ達の力じゃ到底太刀打ちできそうにないね」
「しかも一番の問題、三の魔王・ラフィシルがフリーだ」
ガーネリクとロラッカがため息をついた。
「ともかく、今出来ることは情報を集める事。なんとしても攻略の糸口を見つけるんだ……!!」
ヒルテ・ラフィシルをじっと凝視して、自分に言い聞かせるようにレイドは言った。
そのレイドの背中をふいに誰かがつっついた。振り返ってみると、トンボ様の羽を持った10cmほどの妖精風の何かがふわふわと浮いていた。テネローハの分身だ。彼女をデフォルメして小さくしたような姿をしている。
「ロロクルオスからあなた達にプレゼントですわ」
小さなテネローハは同じくらいのサイズの小瓶を抱えていた。廃天使との戦いが始まる前に、ロロクルオスに頼まれたものだ。
「え? どちらさま?」
レイドの問いかけを無視して小瓶を押し付けるように渡すと、彼女はそのまま飛び去った。
「なんだそりゃ?」
「――! これは……」
小瓶の中の液体を、レイドは以前見たことがあった。
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その後、ラフィシルによる破壊は24時間に渡って続けられた。地上のみならず、地下深くの星脈にまで影響を及ぼすほどの破壊であった。
いたるところで星脈のネットワークが寸断され、大地の人工精霊体のバランスが崩壊した。舞い上がった黒煙により天は覆われ太陽が姿を隠す。しかも、ラフィシルが撒き散らした瘴気による目に見えない破滅の足音が、人知れずこの星に忍び寄っていた。世界は病み、闇に閉ざされ、わずかの間に地上は生物の存在を拒む地獄と化した。
帝都はほぼ壊滅し、総人口の半数が大地に還った。枢機兵団、テスエローフ隊、魔軍はそれぞれ後退して身を潜め、態勢を立て直そうともがいていた。
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◆アキュレイユ
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「……一体何事でござる」
帝都レプラローフ上空にたどり着いた神使アキュレイユが、我が目を疑って独り言ちた。眼下には廃墟と化した街や暴れ狂う巨大な異形の竜が見える。遠く北の大陸の地にいた彼であったが、秘匿回線不通の異変に気づいてここまでやって来たのだ。
彼の脳裏に、暗いイメージが蘇った。かつて、彼らの国と民と世界を焼いた忌むべき記憶。
「アキュレイユ。遅いですわ」
小さな妖精にツノを引っ張られて、アキュレイユは我に返った。彼の気配を感じたテネローハが分身妖精をよこしたのだ。
小さなテネローハがアキュレイユに現状を報告する。ユウナギが封じられた事。天眷の解放が出来ず、次元の扉も使えない事。秘匿回線が妨害されてナナや他の神使に連絡を取れない事。そして魔王の事。
「ノグアードの王が予言にある三の魔王に……!?」
アキュレイユの額に冷たい汗が流れる。
「どうやらあなたは天眷が使えるようですわね」
「うむ。例の砂漠化への緊急処置で、天眷クラスCまで解放してある」
「廃天使の相手はわたくし達に任せて、あなたには三の魔王をお願い出来るかしら?」
「あい分かった」
とは言え、現竜亜人である魔王レフィキュルは、アキュレイユら古竜亜人の子孫である。出来得ることなら彼は、レフィキュルの命を奪いたくはなかった。
もっとも、そんな事を言っている余裕があるかどうか疑わしい。ヒルテ・ラフィシルが纏う魔力は、今のアキュレイユを大きく凌駕しているように、彼には感じられた。
「覚悟を決めるべきでござろうな」
精神を集中させ、アキュレイユは攻撃態勢に入った。古代ノグアード語の言の葉を紡ぐ。
「集い交わる万の幻影
同胞の闇の虚芯
万を一とせよ千は去らしむべし
唯一全能なる真理よ来たれ――」
指で印を結び前方へ突き出す。
「――究極死至壊撃!!!!」
真の極限魔法。魔王レフィキュルが使った技のオリジナルだ。天地を貫く劫火の柱。圧倒的な核魔力反応。かつて世界を焼き尽くした禁忌の魔法である。レフィキュルの極限魔法をさらに上回る威力だ。
大気と空間を引き裂いて、破滅の鉄槌がヒルテ・ラフィシルを打ち据える。直撃であった。爆風が周囲の物をなぎ倒し瓦礫を巻き上げる。この劫火の中で生命を保ちつづけることが出来る者など有りはしない、はずであった。
しかし。
立ち込める黒煙が揺らぎ、その奥にうごめく影が見えた。天を覆うほどの6翼が大気と黒煙を打払い、禍々しい竜が鎌首をもたげる。ヒルテ・ラフィシルは完全に無傷であった。
「何!? もしや魔法耐性か!?」
「――その通り」
離れた場所で上空から見物していたジューナタットがひとり、解説するように言った。
「ヒルテ・ラフィシルは"カルデナエスの鍵"を経由してかつての"魔王"の力を継承してるのです。もっとも、性能は桁違いですがねェ」
悪魔めいた笑みが彼の顔に浮かび上がった。
地響きとともに数歩足を進め、ラフィシルは黒煙の中から完全に姿を現した。空に浮かぶアキュレイユをキッと睨みつけ、鬼灯のような真っ赤な目を見開く。
「!!?」
竜亜人アキュレイユの鱗が総硬化する――ヒトに例えると"総毛立つ"が近い表現だろうか――。すなわち、全身に戦慄を感じてアキュレイユは飛び退った。そのわずか一瞬の後に、ラフィシルの周辺、直径400mほどの空間の時間が完全に止まった。先程の爆発で巻き上げられていた瓦礫や土埃がその場にピタリと停止している。
「時間操作だと!?」
あれほど広範囲の時間停止は、ロロクルオスでも難しい。約4秒後、瓦礫は落下し土埃は風に散った。回避が少しでも遅れていれば、アキュレイユは停止した空間に捕らえられ、格好のマトになったであろう。
続けざま、ラフィシルは大きく口を開き虚無の火砲を放った。上空へ誘導するようにアキュレイユはこれを避ける。直撃を回避したとはいえ、身体が蒸発しそうな程の熱量だ。
「……魔法耐性、時間操作、極限魔法。なんということだ」
迂闊に近づけば時間を止められ、遠距離からの魔法攻撃は耐性によって無効化される。アキュレイユは打つ手を失った。
現在のアキュレイユは天眷クラスC前半・レベル2000まで解放されている。これまでの動きからラフィシルの混沌レベルを推測すると……
「推定、クラスC後半、レベル6000前後、といったところか」
ラフィシルの頭部に突き出した4、5m程のツノのようなものがある。それは変形し一体化した魔剣ニーツベアルであった。ふいにラフィシルがアキュレイユに躍りかかった。300mを超える巨体とは思えない動きで突進し、ニーツベアルがアキュレイユを貫き通す――
――かと思われたが、彼はニーツベアルを脇に抱えるように受け止めていた。
「是非もなし」
そのままツノを引っ張ると、突進の力を利用してアキュレイユはラフィシルの巨体を投げ飛ばした。
「な、なんと……!!」
ジューナタットが身を乗り出すようにして目を剥いた。
ラフィシルの巨体が弧を描き、傍目にはゆっくりと地面に落下する。震度4程度の揺れが波紋を描いて周辺の大地に伝播していく。それでも、すぐさま巨大な竜は身体を起こして迎撃態勢をとった。ダメージはあるものの、致命傷ではなさそうだ。
尚も、アキュレイユは攻撃を積み重ねる。遠距離攻撃や高速移動を駆使して射程外からラフィシルを翻弄し、観察する。何度か一撃離脱を繰り返すうちに彼は気づいた。
「其の時間停止能力、長時間の持続と連続使用は出来ぬと見た」
もしそうであれば、ラフィシルが時間停止能力を使い、その効力が切れた瞬間がチャンスである。
今のラフィシルに冷静な思考はできなかった。相手の狙いに気付かずに、フェイントにひっかかって時間停止を使用する。それを待ち構えていたアキュレイユは効力が切れるのを見計らい、すかさず敵の懐に飛び込んだ。
「雷神の拳!」
引き絞った鋼のような腕を解き放ち、トールハンマーの如き豪拳を撃ち抜く。直撃を喰らったラフィシルの胴体に波紋が波打ち、体全体をくの字に曲げて横転した。突き抜けた衝撃が周辺を走り、他の神使や廃天使が一瞬手を止めてそちらを見た。
渋い顔をしてジューナタットがその様子を見下ろしていた。
「これが神使の力。……いえ、あのアキュレイユという竜亜人が特別なのでしょうか? 厄介ですねぇ……」
竜亜人族の秘めたる力を煩わしく感じて、ジューナタットが口元を歪める。倍以上のレベル差を物ともせず、アキュレイユは常に戦いの主導権を握り続けていた。
**********
神使と廃天使の戦いは一進一退の膠着状態に陥った。廃天使圧倒的優位といえど、経験豊富な神使達は守勢に徹する事で時間を稼ぎ、状況打開の策を模索していた。
一方、神使達からすれば、アキュレイユとヒルテ・ラフィシルの戦いは終盤を迎えつつあるように見えた。
「アキュレイユ。今更ですが、バケモノですわね……」
「なにをー、ボクだってー」
「アキュ・つよい」
同僚の神使達でさえ呆れるほどだ。このままいけば、事態の解決はそう遠くない。そんな風に思えた。とはいえ、当の本人にとってはそれほど簡単な状況ではなかった。少し息が切れ始めている。
「……さすがに魔力が限界か。そろそろケリをつけると致そう」
アキュレイユが精神を集中させる。なにか打撃系の大技を繰り出すつもりのようだ。
「なんとか魔王レフィキュルを殺さぬように……」
最後の最後で彼が一瞬そう考えたとしても、攻めることはできないだろう。だが、その迷いによって僅かに集中が途切れ、他者に付け込むスキを与えることとなったのも事実だ。
ふいにアキュレイユの動きが止まる。
「……!?」
視線を下に向ける。すると彼は、自分の胸から金属の塊が突き出しているのを見つけた。咳き込むと同時に血を吐く。彼の真後ろには、いつの間に移動したのか廃天使ジューナタットの姿があった。手にはソードブレイカー風の武器が握られ、アキュレイユを刺し貫いていたのだ。
「しまっ……」
急速に力を失って、アキュレイユは空を飛び続ける事ができなくなった。ゆっくりと落下し地表にぶつかる。
「アキュレイユ!!」
神使達に衝撃が走る。慌てて彼のもとに駆けつけようとするのだが、空を飛ぶことの出来ない今の彼らでは、廃天使の囲みを突破することもかなわない。
「さあラフィシルよ、世界の浄化を!!」
勝ち誇ったジューナタットが、ニヤニヤと笑いながら高らかに叫んだ。それに呼応するように、三の魔王・ラフィシルによる破壊行為が再開された。
「ま、まて……まだだ……」
全身から血を滴らせ、今にも途切れそうなかすれた声で、アキュレイユはラフィシルの前に立ちはだかった。生きているのが不思議なぐらいの大怪我である。ラフィシルが足元の小さな竜亜人を見咎めて、顔を近づける。
「アキュ・にげて!」
「下がりなさい! その体では、もう……!!」
リリルの表情が蒼白になり、悲鳴に近い声でテネローハが叫ぶ。しかしそれでも、アキュレイユは止まろうとはしなかった。
「この世界を再び滅びの縁に立たせるわけにはいかぬ……」
ラフィシルがゆっくりと巨体をひねる。たっぷりとタメと反動をつけてその長い尾を振りかぶると、そのまま一気にアキュレイユめがけて打ち付けた。丸太数十本分の太さの尾がアキュレイユを強打し、彼は弾丸のように弾かれて近くの山肌に激突した。その衝撃で、大きなクレーターが山肌に穿たれる。
「アキュレイユ!?」
「そんな……!!」
プニラとクレスレブから絶望的な悲鳴が漏れた。テネローハとリリルが絶句し、ロロクルオスは唇を噛んでいる。
アキュレイユが倒れれば、神使達がかろうじて支えていた最後の防御ラインが崩壊し、戦力差が決定的になり、ドミノ倒し的に神使達は敗れるだろう。
そうなれば、三の魔王と廃天使を止めるものがいなくなる。本当に第4惑星の歴史がここで終わってしまう事になるのだ。
その絶望がまるで感染するように、この戦いを見守っている全ての者達――避難している帝国国民、アールヴ軍の兵士達、魔軍の魔物達――に広がっていった。
「うぐ…………!!」
土埃が舞うクレーターの中心で、アキュレイユは小さく身体をよじった。起き上がろうとしてもがくのだが身体に力が入らず、大量に吐血して倒れ込む。
「ク……、こ、ここまでか……」
天を仰いで小さく息を吐く。
ヒルテ・ラフィシルが、倒れているアキュレイユのもとにゆっくりと歩み寄った。もはや彼は指一本さえ動かせない。10m以上もあるラフィシルの巨大な口が大きく開き炎の息と溶岩を垂らしながらアキュレイユにせまる。
「まったく、ユウナギ殿。こんな時にどこで何をしているのでござるか……」
浅い呼吸で、アキュレイユは彼の主の名前を口にした。こんな事態になったのも、ユウナギがあっさりと敵の罠におちて封じられてしまったせいである。文句の2、3言も言ってやりたい心境だった。
ラフィシルの口から禍々しい破壊の炎が溢れ出ようとしていた。
「……無念」
アキュレイユが覚悟を決めた、まさにその時。
空の上から一直線に突き進む矢のような飛翔体が1つ、彼の目に映った。矢はまっすぐにラフィシルめがけて直進し、そのまま鈍い音を立てて頭部に直撃した。
「!!?」
予期せぬ突然の出来事に、アキュレイユ、ジューナタットはじめ、その場にいた者達が皆あっけに取られた。
矢のようにみえた飛翔体は、アールヴの空飛ぶ魔法のホウキであった。それには1つの人影が乗っており、ラフィシルを攻撃した後アキュレイユの前で停止した。
「おい、大丈夫か!?」
霞むアキュレイユの目にユウナギの後ろ姿が見えた。そう彼は思ったが、なぜだかその人物の髪は赤く、耳は長く尖っている。残念ながらそれはユウナギではなく、テスエローフ千士隊・強化飛空隊所属のルーヴ・ドロウスであった。
「たく、どうなってんだこの世界は。オレより強いやつばっかりじゃねーか。ふざけやがって!」
文句を言いつつも、手にした火纏の聖剣を握り直し、腰を低くして油断なく構える。
「まあ、すぐに超えてやるけどな」
目をギラつかせて、ルーヴはニヤリと笑った。
【続く】
20171006
修正:表1のレイアウト変更。




