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創リ世ノ記(ツクリヨノシルシ)  作者: 右藤 秕(ウトウ シイナ)
04 魔王編
22/25

魔王編06 ~予言戦争~

20170321

今回の更新に伴い、以下の章を修正しました。

02_04 03_01 04_02 04_04

詳細は該当章文末参照。

―――――――――――――――――――

◆視察

―――――――――――――――――――


 3年前。


「こ、これは……」


 神使(ジンシ)アキュレイユはしばし声を失った。


 彼は魔軍侵攻の理由を探るため、北の大陸(ヒスローノ)の上空に来ていた。そこで彼が見たものは、北大陸の南側一面に広がる巨大な砂漠であった。所々に、集落の跡らしきものも見えた。数年前まで、この地は緑豊かな森林地帯だったはずである。


「一体何故こんな……」


 この地域にも神使が1人常駐して密かに情報収集の任についている。他にもアカシックレコードをはじめ、様々な惑星規模観測システムが常に稼働しており、これほど急激な環境変化が天界(カクリヨ)に分からないはずはなかった。


 人目を避けて町に降りる。この時彼は天眷(アポステリオリ)のスキルである飛行や認識阻害の力を使っていた。円滑な調査活動のために予め許可を取っていたのだ。


 アキュレイユは認識阻害を解除し、早速担当の神使ヌバーナクの元まで足を伸ばした。ヌバーナクは、砂漠化の被害が比較的少ない竜亜人(ノグアード)の町鎧鹿の山(ミカソガ)鉄器商会(ノーザ・メルフ)の職員として働いている。


 ミカソガはゴツゴツした石造りの家が立ち並ぶ質素な町だ。中心部には大きな環状列石が祀られている。彼らは伝統的に巨石を好むらしい。住民の大多数はノグアードで、ゆったりとした異国風の衣服を着ており、全体的な文明のレベルはアールヴとさして変わらないように見える。


 ただこの時期、町にはまるで活気がなかった。岩にまとわりつく苔さえもカサカサに乾燥し、住民たちの目は虚ろで、生きているのか死んでいるのかさえ判然としなかった。


「ヌバーナク。いるか?」


 鉄器商会の店の地下には神使だけが入れる隠し部屋がある。そのドアをくぐったアキュレイユを、白刃のきらめきが襲った。


「!!」


 ヤイバを素手で掴み、事も無げにアキュレイユは襲撃者を床に組み伏せた。獣のように唸り声を上げ、彼の下でもがく者の顔を改める。


「――おぬしは!?」


 それはヌバーナク本人であった。


 彼は昆虫人(クヨント)の神使で、人型だが体全体がキチン質の外骨格で覆われている。普段は穏やかな人当たりの良い人物だ。それほど戦いが得意というわけでもない。その彼が、まるで別人と思えるほどの変貌ぶりであった。


「……何が起こっている!?」



**********



 ヌバーナクを縛り上げて天界(カクリヨ)に送り返し、後任と調査チームを手配し、アキュレイユは鉄器商会の店を後にした。


「詮索は後だ。まずは」


 再び天眷を使用し町の上空約6000mに飛び上がる。彼はイカヅチのブレス攻撃を得意としていたが、その副産物として雲を呼ぶこともできた。


「おかあさん、みて」


 ノグアードの子供が空を指差した。山の陰から現れた黒雲がたちまち天を覆い尽くし、大粒の雨が彼等の頬を叩く。


「ああ……」


 家の中でふさぎ込んでいた村人たちが1人2人とドアを開けた。雨音が大きくなると共に、通りにノグアードが増えていく。大規模な干ばつと砂漠化により気力を失っていた彼等の顔に笑みが戻った。


「きっとレフィキュル様のおかげね」

「もうすぐ、魔王様が悪いアールヴをやっつけて豊かな国を取り戻してくれるはずよ」


 ノグアード達は口々に囁きあい、これが一時的なものでないことを祈った。その願いが届いたわけではなかったが、アキュレイユはこの地に留まり、しばらく雨を降らせ続ける事に決めた。ただ、彼1人の力では、これ以上砂漠が広がるのを阻止するだけで精一杯であった。



**********



 カクリヨに送られたヌバーナクは、竜種(ノグアドラ)トゥ・マ・ハーヴァのラボで調査を受けていた。その結果、彼は何者かによって洗脳されていることがわかった。トゥ・マ・ハーヴァら科学部門と医療チームの尽力で洗脳は解くことができたが、ヌバーナクのここ数年の記憶は失われたままだった。


「洗脳だと? 神の使いである神使が!?」


 天上の城で報告を受けたユウナギが少しだけ大きな声を出した。同じ報告を聞いた近くにいた神使達にも動揺が広がる。


 しかも問題はそれだけではない。アカシックレコード等の観測システムに干渉し、ヒスローノ大陸の砂漠化の発見を遅らせた者がいる。


「神使を洗脳し、カクリヨの"目"を欺く力。こんな事をできる者が……!?」


 言いながらも、ユウナギには既に見当はついていた。



―――――――――――――――――――

◆魔王国 オウマ・ニゥク

―――――――――――――――――――


 北の大陸(ヒスローノ)南方のウユク・ユイス地方には、現竜亜人(ノグアード)を中心に亜人や魔獣人等様々な種族が暮らしていた。


 魔王(オウマ)レフィキュルが荒れたノグアードの国をまとめ上げ、王に即位したのがアールヴ帝国暦1124年。ルーヴとレフィキュルが戦った帝都決戦の約15年前である。


 魔獣を飼いならし強大な軍事力を手に入れたレフィキュルは、周辺諸国に戦いを挑み、ヒスローノの半分を瞬く間に手中に収めた。その快進撃の原動力は、失われたはずの古竜亜人(ノグアード)の遺産によるものではないかと言われている。


 当初、その国は単にニゥクと呼ばれていたが、ウユク・ユイス平定後、南の大陸(ヘトゥオス)侵攻開始と同時に国号を魔王国(オウマ・ニゥク)と改めた。


 ユウナギの陣営にもアキュレイユを始め幾人かノグアードがいるが、大半が創世歴41億年代の滅亡前の古ノグアードで、彼らの子孫である現ノグアードとは区別される。


 古ノグアードは角が長く、体格も頑健で竜に似た顔つきをしており、1mほどの長い尾を持っている。対して現ノグアードは角が短く、全体的に印象が人に近づいている。ウロコのキメも細かく、しっぽはやや細い。


 後に第三次予言戦争と呼ばれることになる此度の戦いにおいて、魔軍のノグアード兵は、アールヴやレアムローン等の人族に対して容赦しなかった。それをもって彼らを悪だと決めつけるのは、やや早計であろう。アールヴがガウロやニールボッグ等の魔獣に対して冷淡であるのと同じで、種族の違い、価値観の違いにすぎない。


 一方で彼等は、身内に対して人族への態度とは異なる一面を見せた。


 ある時とある戦場で、ノグアードの将が部下を見捨てて逃げ出すという事件が発生した。後日それを知ったレフィキュルは激怒し、その将を斬首したという。


 仲間を守るために仲間を斬首する。一見矛盾してるように思えるが、これもノグアードという種を守るために必要だった。ノグアードは人よりもさらに仲間意識が強く、同胞を大切にする。一度滅びかけた経験が、遺伝子に深く刻み込まれているためかもしれない。


 そんな彼等の国を未曾有の大干ばつが襲ったのは帝都決戦の約9年前の事だった。2年に渡り雨が降らず、田畑や集落が次々と枯れ果てた。


 レフィキュルは調査を指示し、配下の鳥人(ハイラルファ)ペキュトーが調査隊を率いて一路、中央(ダルスソール)山地へと足ならぬ羽を伸ばした。


 ウユク・ユイス地方砂漠化の原因はすぐに判明した。ダルスソール山地の奥深くに住まい、彼等が神と崇める星竜ウルの姿が消えていたのだ。


 星竜ウルとは人工精霊体星竜(オーダードラゴン)のノグアードでの呼び名である。ダルスソールには4体の星竜がおり、遥かな古より4つの大陸をそれぞれ守護していた。


 東の大陸(イーシア)のイースドラゴン

 西の大陸(ワーテス)のウェスドラゴン

 南の大陸(ヘトゥオス)のサウスドラゴン

 北の大陸(ヒスローノ)のノースドラゴン


 この星の免疫系であり血液である"星脈"。星竜はその守護者であり管理者であった。北大陸の守護者たる星竜ウルの加護を失った大地は、星脈と"環境管理システム"のバランスを崩し、抵抗力を失い砂漠化したのだ。


「誰がこんな!?」

「ペキュトー様、こんなものが」


 兵が何かを持って駆け寄った。その手にある物を見たペキュトーの顔に、濃い怒りの色が浮かび上がった。



―――――――――――――――――――

◆ルーヴ vs レフィキュル

―――――――――――――――――――


【アールヴ暦23万4030年】

【帝国暦1139年】



 現在。


 暴風と稲妻が荒れ狂う帝都レプラローフの戦場で、兵や魔獣達はただ黙って一点を見つめていた。テスエローフ隊のルーヴと魔王(オウマ)レフィキュルの戦いから目が離せなくなっていたのだ。


「ス、スゲェ……なんて戦いだよ」


 呟いた兵の視線の先では、ルーヴが魔王の13連撃を弾き返した直後だった。


「……驚いたぞアールヴ。まさか予の連撃を初見で全て防ぎきるとは。見事だ」


 しばらく呆然とした後、どこか愉しげに魔王は言った。


「そりゃどうも」


 ルーヴが軽く返す。しかし、内心は平静ではいられなかった。今の連撃は、ほんの一瞬でも気を抜けば防げなかったであろう。もう一度やれと言われても自信がない。したたる冷や汗と走る戦慄。ヒューゼルの他にも、これほどの剣の使い手がいようとは。


 ただ不思議と恐怖は無かった。代わりに胸の奥で何かが燃え上がるのを感じ、ルーヴは聖剣の柄を強く握り直した。


「ルーヴのやつ、いい面構えになったな。初めて会った頃は、ただの熱血少年って感じで危なっかしかったけど」


 成り行きを見守っていたユウナギが呟く。

 3年に渡るヒューゼルとの特訓。魔導革命による武器防具の性能アップ。そして魔力と気力の融合により生まれた新しい剣技。これら地道な努力の成果が今まさに結実したのだ。


「今なら全盛期のヒューゼルと戦ってもいい勝負をするかもな」


 一瞬の静寂の後、轟いた雷鳴とともに2人は再び地面を蹴った。


 ルーヴが飛ばした固有剣技(ダウス・キルス)の"剣気"が魔王の左側面から襲いかかる。と同時に、剣気を囮に死角から接近したルーヴが直接斬撃を叩き込む。それを読んでいた魔王は体をひねって初撃をかわし、ルーヴの攻撃に合わせてカウンター気味に鉄をも穿つ重い一撃をお見舞する。


 ルーヴには戦いの先を読むなどという器用なことは出来ない。だが、ヒューゼル仕込みの体術と極限まで研ぎ澄まされた反射神経に突き動かされ、身体が勝手に反応する。すなわち、魔王の攻撃を受けると同時にバックステップし、その威力を吸収しようと試みたのだ。しかし、魔王の攻撃を全て受け流すことは敵わず、その力によって大きく後方に吹き飛ばされた。


 魔王がすぐに追撃を仕掛ける。ルーヴは飛ばされた勢いを活かし着地と同時にそのまま走る。戦場を駆け抜けながら、2つの激流がぶつかり合い次々と鉄の火花を咲かせてゆく。魔王の猛追がルーヴを射程圏内に捕らえた。


「喰らえ!!」


 魔剣ニーツベアルの切っ先が音速の1/3で繰り出され、ルーヴの頬を撫でるようにかすめて空を斬る。


「またかわした!!?」


 驚愕が、魔王にほんの僅かな隙きを生む。間髪をいれずに聖剣ルーヴラ・アクシエが魔王に迫る。


「もらった!!」


 唸りを上げて魔王の首筋に吸い寄せられた聖剣は、完全に魔王の虚を突いたはずだった。しかし魔剣がまたしてもそれを阻む。


「クソッ!!」


 互いにそれまでの常識を超える攻撃を放つのだが、同じく常軌を逸する回避と防御のためにあと一歩届かない。生物の到達しうる究極の世界で、極限の剣技と剣技の応酬が果てることなく続いた。


「あれが地上の者の動きなのか……」


 自信をなくしたように人狼(フロゥエレウ)クレスレブが呟いた。

 ユウナギを始め、テネローハ、クレスレブ、プニラ、リリル、ロロクルオスら神使達もとある建物の屋根の上から戦いを観戦していた。


「あ、あんなのちっとも凄くないよ!!」


 ライバル心をむき出しにして液状亜人(エミルスラ)のプニラが言った。ほっぺたを大きくふくらませている。


「下僕にしてはやるほうですわ」


 巻き毛をたなびかせながらテネローハがうそぶく。どうして彼女はいつも上から目線なのか。群虫亜人(グバ)族の特性だろうか。


「いや、彼らは君の下僕じゃないから……」

「この星の生き物ならわたくしの下僕も同然です」

「いや、うん、……まあいいか」


 話題がそれそうなのでユウナギは追求をやめた。


 ともかく、ルーヴとレフィキュルの実力はユウナギ達の想像以上のものであった。もっとも、たとえ天眷(アポステリオリ)を使わなくとも、神使の大半は今のあの2人よりもさらに強いのだが。



**********



 2人の戦いはいつの間にか帝都の廃墟の中に移動していた。魔王の極限魔法に破壊された瓦礫の山だ。大部分のアールヴが避難していたはずだが、全てではない。


 神使達の評価を他所に、戦っている当人達にはまた違う思いがあった。


「(なぜ当たらぬ!?)」


 魔王の調子自体は悪くない。疲れも怪我もない。にもかかわらず、彼の必殺の一撃はことごとく回避された。


 これまで彼は自分と同等以上の敵に会ったことがない。戦いに負けたこともない。そんな彼が、初めて思い通りにならない事態に直面したのだ。しかし不思議と焦りや怒りとは無縁だった。


「(なんだこの感情は……!?)」


 にわかには理解しがたい、不可解な感覚だった。


「(……悔しい? いや違う、愉しんでいる!? この予が!?)」


 戸惑いつつも、同時に、かつてない種類の闘志が湧き上がるのをレフィキュルは自覚した。


 強さ故に退屈という微睡みに沈み、ともすれば戦いに飽いていた。全力を出し切るなどということはあり得なかった。だが今は違う。


「(こいつは"特別"だ。アールヴにもこんなヤツがいるのか!!)」


 全力を叩きつけてなお、目の前に立っている者がいる。なおかつ、その者の剣は、魔王自身の生命の輪郭を削り出すようにギリギリを攻めてくる。終わることのない遊びを手に入れたかのような高揚を、魔王(オウマ)レフィキュルは感じていた。


「魔王様が……笑っている!?」


 ペキュトーが魔王に仕えて幾年になるだろうか。魔王のそんな表情を、彼女は初めて目にしたのだった。



**********



 ルーヴの真価は、命のやり取りの場でこそ発揮される。それも、彼以外の命がかかっている場合は特にだ。彼の剣にはシア、レイドを始め何千何万という人々の命がかかっていた。


 ルーヴの放った攻撃は、渾身の一撃だった。これまでの経験の全てを注ぎ込み一点に集約された生涯最強の一撃だ。しかしそれでも、彼の攻撃は魔王には届かなかった。魔王の強さはさらにその上を行く。


「バケモノめ!!」


 身震いしてルーヴが呟く。そのセリフとは裏腹に、彼の目は生き生きとして子供のように輝いていた。魔王という好敵手の出現が、彼の成長を促進してさえいるようだった。


 半壊した城の広間。崩れた渡り廊下。潰れた屋根の上。攻撃し、かわし、叩きつけ、吹き飛ばす。永遠に続くかと思われたこの戦いに、やがて変化の兆しが現れた。


「(なんだコレ……)」


 闘いの中、ルーヴはある疑問を感じていた。


「(……こいつの剣は何なんだ?)」


 魔王の剣技に宿る、強く、強靭で、揺るぎない強い意志。その源にあるものは何か。これほどの力をもつ者が、何のために戦っているのか。


 汗が蒸気となる。肉体が悲鳴を上げる。魔力が少なくなれば魔力回復水薬(アマナ・リキシル)で補う。肩で息をしながら、ルーヴは渾身の力を振り絞った。


「真・截鉄(ヴァーセル・リーツ)改2!!!!」


 先程放った生涯最強の剣技を、さらに上回る剣技が生まれ、放たれる。さすがの魔王もこれは避けきれまい。


 だが、どういうわけか魔王はそれを避けなかった。ルーヴの剣技をあえて正面から受けたのだ。それは防ぎ切る自信があったから、ではない。


 剣気が魔王に直撃し、肉をえぐり、血煙を巻き上げた。


「――!!」

「当たった!?」


 攻撃を受けた者でなく、攻撃をした者が声を上げた。

 この戦いで、魔王が受けた初めての直撃であった。血を流し、少しだけよろめく。その、よろめいた魔王の後ろに1つの人影が見えた。


 それは魔王を心配してついてきた年老いたノグアードの一兵士であった。魔王がルーヴの攻撃を避けていれば、その兵は直撃を受け命を落としたであろう。魔王は彼を庇ったのだ。


「!!!!」


 それを見て、ルーヴは理解した。魔王の剣の根底にあるものの正体を。


「そうか。こいつの剣は……」


 ルーヴは大きく間合いをとった。


「……オレと同じ。仲間を守るための剣」


 魔王は地面を踏みしめ、再び魔剣を構えた。それほど大きなダメージではなさそうだ。その魔王の前で、何を思ったかルーヴは突然剣を鞘に収めた。


「なんのつもりだ!?」


 一瞬、遊びを邪魔された子供のような顔になって、魔王は言った。


「やめよう魔王。このまま戦うのは何か違う気がする」

「怖気づいたのか、アールヴ」

「違う。今、あんたは仲間をかばった。あんたはオレ達と同じ心を持っている」

「何を言っている?」

「わからないか? お前は良い奴だって思ったんだ」

「はあ?」


 魔王が似合わない、気の抜けた声を出した。

 自分で言っておいて、ルーヴは頭をひねる。


「いや、良い奴じゃないか。アールヴを何百人と殺してるんだし……うーん」


 ルーヴは必死で考え、感じたことをどうにか言葉にしようと試みた。


「うまく言えないけど、オレとあんたの価値観は似てる。だったら話し合うってテもある」

「話し合うだと!? ふざけているのか!?」

「本気だよ」


 ここまで言って、ルーヴは今更ながら根本的な疑問に突き当たった。


「ていうか、そもそもなんでそんなにアールヴを憎む!?」

「しらばっくれるな! こうなったのはアールヴに原因がある!!」

「何!?」


 鼠鳩(ピーマス)が豆魔法を食らったような顔でルーヴは聞き返した。まさに寝耳に水で、彼は実際何も知らなかったのだ。


「……本当に何も知らぬのか?」

「何の話だよ!?」


 しばらく魔王は絶句していたが、やがて怒ったように口を開いた。


「……ならば真実を教えてやろう。アールヴは、我らの守護者である星竜ウルを殺したのだ」

「な!?」


 それは、北征事変と呼ばれる出来事であった。



―――――――――――――――――――

◆真実

―――――――――――――――――――


【帝国暦1130年】


 今から約9年前。


「アールヴはかつて北の大陸に住んでいた」


 アールヴ帝国第13代皇帝ローレプエム4世は輿の上で言った。


「故に、北の大陸(ヒスローノ)は我々のものである」


 南の大陸(ヘトゥオス)レプラローフ平原を制圧したローレプエムは、その野心を新たな大陸へと向けた。


 この時代、アールヴ世界では北大陸の情報はあまり知られておらず、"魔獣の住む未開の地"程度の認識がせいぜいであった。竜亜人(ノグアード)のことも、文化的に遅れた蛮族であるとの見方が一般的であった。


 皇帝は迷信にとらわれ、謎の使命感に突き動かされて直属の騎士団を動員し、意気揚々と北征の途についたのだ。


 北上すること数年。中央(ダルスソール)山地北部にたどり着いた彼らは、付近にあった"蛮族"ノグアードの村を幾つか焼き払った。しかし所詮は"未開の地"。たいして興味を引くものも見つからず、"蛮族"を退治して満足したせいもあり、皇帝は国に帰ることにした。


 ところが、地理的不案内に加え、中央(ダルスソール)の険しい道や見慣れぬ魔獣の襲撃などもあり皇帝一行は道に迷ってしまった。


 帰り道を探して彷徨う彼らの前に、神殿らしき巨石建造物が現れたのは数日後の事である。皇帝には知る由も無かったが、それこそ星を司る星竜の神殿、ノグアードの聖地ヒシエスであった。


「ちょうどよい。財宝でも探して土産にするとしよう」


 神殿内部に踏み込んだ一行は、間の悪いことに星竜に遭遇してしまった。星竜に戦う力は殆ど無い。アールヴ皇帝は脊髄反射的な判断で後先考えず星竜を倒し、それを正当化するために周辺に害と混乱をもたらす害獣を討ったと喧伝した。


 これが世にいう"北征事変"の真相であった。


 その数年後、ウユク・ユイス地方砂漠化の調査のため聖地を訪れたペキュトーが見つけたのは、焼き払われた周辺の村と星竜の死骸、そしてアールヴの剣であった。



**********



「我らノグアードは祖先と星竜を信奉している。星竜は大地を司る精霊。その加護がなくなった土地は荒れ果て砂漠化した。民は飢え、行き場を失い、死んでいった。アールヴが星竜と我が民を殺したのだ。その罪を償わせるために我らは進軍した」


 魔剣をルーヴに突きつけ、淡々とレフィキュルは言った。


「そ、そんな事が……!?」


 ルーヴも北征事変という言葉は噂話レベルで聞いたことがあった。北の蛮族の乱だと言われていたが、まさか……。


「我が一族とアールヴ、どちらかひとつしか生き残れないのだとしたら、予は迷わずアールヴを滅ぼす」


 嵐が収まってきたお陰で、2人の会話は周りにも届いていた。


「そんなはずは無い!!」

「デタラメだ!!」

アールヴ(こちら)から手を出すなんてありえない!!」


 アールヴ側から反論のヤジが飛んだ。どよめきが波紋となって戦場に広がっていく。彼らには、皇帝の言葉を疑うことはできなかった。


「い、今の話ホントなの!? 魔王がウソを言ってるのよね!?」


 地上に降りて2人の戦いを見守っていたレイドの元に、シアが駆け寄ってまくし立てた。


「どうなのよレイド!?」

「北征事変……。皇帝陛下が北の蛮族の乱を鎮めて竜を討ったと言われてるけど……」


 レイドには、にわかに結論は出せなかった。ガーネリク、ロラッカ、クックル他、テスエローフ隊の面々も戸惑いを隠せない様子だ。


 しばらく呆然としていたルーヴが、ややあって魔王に向き直った。魔王が魔剣を握り直し身構える。しかし、ルーヴの次の行動は魔王の予想外のものであった。


「すまなかった」


 ルーヴは素直に頭を下げたのだ。驚きというよりも困惑に近いざわめきが周囲に波紋のように広がった。


「……予の話を信じるのか?」


 誰よりも信じられないといった顔をして魔王が言った。改めて念を押す。


「ウソを言っているかもしれんぞ!?」

「なに、ウソなのか!?」


 目を剥いてルーヴが聞き返す。彼は以前から他人を信じやすく騙されやすい性格だった。よくシアにからかわれたものだ。しかし今回は少し違う。魔王の態度や剣技から、それが真実であると感じ取っていたのだ。


「……いや。星竜に誓って本当だ」


 ルーヴの問いに、魔王も真顔で答える。


「わかった。信じる。……すまなかった」


 ルーヴはもう一度頭を下げた。

 魔王は複雑な、やり切れないといった表情でしばらくルーヴを睨みつけていたが、やがて大きく息を吐き出して頷いた。


「いいだろう。貴様の謝罪は受け入れよう。――だが、退くことは出来ぬ。我が民の命がかかっている」

「なら、テスエローフ家が出来る限り支援します」


 シアが話に割り込んだ。戦いを回避できるのであれば多少の出費ぐらいどうという事はない。テスエローフ家にはレイドークの遺産の一部が運びこまれていたのだ。


「ああ、それと」


 瓦礫の影からふらりとユウナギが現れ、口を挟んだ。


「砂漠化はそのうち収まるよ。食糧難ももう少しの辛抱だ」

「なぜわかる?」


 突然現れた黒髪の少年に魔王が鋭い視線を向けた。


「なぜって、新しい星竜がもう生まれている。彼の地の自然は既に回復に向かっているんだ。完全回復にはしばらくかかるだろうけど」


 自分達でさえ知り得ぬことをなぜこの少年は知っているのか。魔王は少し警戒する素振りを見せた。


「貴様何者だ!?」

「ああ。あいつはラギ。賢者(ゼウルヴ)様だ」


 ルーヴが紹介する。


「賢者……だと? 今の話は本当なのか!?」

「本当だ。星竜の仔がダルスソールの地下深くで生まれたんだ」


 魔王が詰め寄り、ユウナギが自信たっぷりに答えた。


「(なにしろ、僕が星竜を修理したんだからな)」


 ユウナギは星動脈の深部で眠る小さな竜の仔の姿を思い出した。あれから少しは大きくなったはずだ。


「……そうか。星竜が蘇るか」


 魔王が仏頂面に戻った。アールヴにはわかりにくいがこれが亜竜人特有の平静の状態であった。


「しかし、戦いをやめるわけにはいかない」

「まあ、今更話し合いもムリか」


 ルーヴが肩をすくめ、2人の間に再び緊張が走る。


「だったら勝負だ魔王! オレが勝ったら軍を退け!!」

「な、何をいうかこの痴れ者め!!」


 ペキュトーが横から口を挟んだが、魔王が手を上げてそれを制する。


「面白い」


 黒雲が風に流されて退き、雲の切れ間から柔らかい陽の光が差し込んだ。


「いいだろう。貴様に予を倒すことができれば、アールヴの罪を許そう。もっとも、予に勝てるわけがないがな!!」

「そんな事、やってみないとわからねぇよ!!」


 お互いに剣を抜き身構える。


「結局戦うのかよ。まあでも、ルーヴらしい」

「魔王もこのままじゃ帰りづらいんだろ」

「ようするに2人共、ケリをつけたいんだよ」


 ガーネリクが肩をすくめ、ロラッカが首をふる。そして最後にレイドがまとめた。レイドのポケットにはフワルとディーベルの姿があった。


「いいぞー! やれー、やっちまえー!」

「こ、こらー、ディーベルー」


 思いもしない展開になったが、ともかくこれで戦いは終わりそうだ。あの様子なら、2人共、命を取るまでの戦いはしないだろう。


「魔王、あんたまだ力を隠しているだろ!? 全力で来い!!」

「貴様もな!!」


 ルーヴとレフィキュルが臨戦態勢をとる。アールヴとノグアード、世界の命運をかけた極限の戦いの第二幕が、今まさに始まろうとしていた、――その時。


「その必要はありません魔王様」


 二人の間にいつの間にか1人のノグアードが立っていた。魔王副官ジューナタットである。


「どうせすぐに、世界は滅びるのですから」


 そう言うと、ジューナタットの体がどろりと溶け、亜竜人から人へと姿を変えた。レアムローンに似ているが肌はアールヴのように白く、白髪、眼球は黒く瞳が金色に輝いている。


「貴様何者――」


 魔王の言葉にかぶさるように、目の前にもう一つ人影が出現した。魔王でさえ反応できないほどの動き。ユウナギである。


「待ってたよ。あんた、"片目"の仲間だな?」

「おお。あなたがユウナギか。お会い出来て光栄だ」


 アールヴやノグアードを差し置いて、突然、ルーヴ達に分からない対話が始まった。


「(片目……!? ユ・ナ・ギ……!?)」


 こうなると地上の者達は置き去りだ。戦場の主役の座は今やこの人ならざる2人に移っていた。


「今回の一連の事件、裏で糸を引いていたのはあんただな?」

「おっと。間違ってますよ。"私達"、です」

「どっちでもいいよ」


 アールヴ皇帝をそそのかし星竜を殺させ、神使ヌバーナクを洗脳して砂漠化の発見を遅らせた。その後、ノグアードが南進するように仕向け、アールヴと戦わせて現在の状況を作りあげた。


 その黒幕が自分達であると、ジューナタットはあっさりと認めたのだ。もはや隠す必要はない、ということだろう。


「あっちで詳しい話を聞かせてもらおうか」

「……どうぞ? できるものなら、ですが」


 禍々しい気配が周辺を圧し地上の者達が本能的に数歩退く。ユウナギだけが何事もなかったかのように留まり、不敵な笑みを浮かべた。


「できるさ。管理者権限により命ず。封印解除(アンシールド)第C層(クラスC)


 ユウナギは最初から神威(アプリオリ)を解放して事に当たった。この敵が"片目"の仲間ならば神使の天眷に匹敵する混沌(ケイオス)の力を持っているはずだからだ。だがそれは、ジューナタットも当然予期した行動であった。彼の口元が笑う形に歪む。


侵入開始(インジェクション)!!」


 ジューナタットが小さく唱える。すると、唐突にユウナギの動きが止まり、同時に蜃気楼のような揺らぎが現れてあっという間に彼を飲み込んでしまった。揺らぎが消えるとそこにユウナギの姿は見当たらなかった。


「ユウナギ!?」


 真っ先にテネローハが叫んだ。近くに控えていた神使達が殺気立つ。


「不老不死不滅不敗の神を倒すことは出来ない。だったら、封印するしかないでしょう」

「封印!!?」


 ジューナタットが得意げに説明を始めた。


 神を封印するためには、神威システムに侵入する必要があった。しかしそんな事、不可能に近い。だが彼らは数万年に渡ってシステムを解析し、僅かな脆弱性を見出した。神威システムに1/1000秒だけ干渉する術を手に入れたのだ。


「1/1000秒ですって? そんな程度では命令を1つ実行するのが精一杯……」


 言葉の途中で、何かに気づいたテネローハがさっと顔色を変えた。


「まさか!?」

「そう。神威には安全装置のようなシステムが組み込まれているはずです。地上に降りる時などに使用する、神威を封印する仕組み」

「な……」

「つまり我々はその1/1000秒の間に、神威の封印システムを乗っ取り、ユウナギ自身の力でユウナギの神威を封印させたのです」


 地上の者達のために、神の強大な力の行使を制限する仕組み。それを彼らはまんまと利用したのだ。しかも、神威を封じたあとでシステムにロックをかけ、当人を亜空間へ飛ばす念の入れようだった。


「おのれ!!」


 ジューナタットに挑みかかろうとした人狼クレスレブであったが、殺気を感じて咄嗟に飛び退った。その直後、彼がいた空間を強力な攻撃が撃ち抜いた。


「神使の相手は我ら"廃天使"が努めよう」


 上空から声が轟く。クレスレブが見上げると、鳥のように円を描いて空を舞う6つの人影が目に写った。ジューナタットや"片目"にはまだ他に仲間がいたようだ。


「ハイテンシ……!?」


 テネローハも聞いたことが無い言葉だった。


 廃天使と名乗った者達は、皆それぞれ仮面をかぶり、(イビツ)な翼状の突起を背負っていた。身体の随所に傷跡のようなひび割れがあり、そこから薄緑の光が漏れている。


 廃天使達が神使を取り囲むように屋根の上に降り立った。6人ともジューナタットや片目と同等の気配を纏っている。


「こ、こいつらヒトでは無い……」


 クレスレブが後退り、テネローハ、ロロクルオス、プニラ、リリルら、5人の神使が輪になって身構えた。


「ええ。彼らから感じるのはわたくし達と同種の力。おそらくは混沌(ケイオス)

「……まずい事になったのじゃ」


 珍しく深刻な顔をして、テネローハとロロクルオスが視線をかわした。ユウナギもアキュレイユもいない今、彼らだけでなんとかするしかない。


「ようやくボク達の出番だね!」


 こんな状態だというのにプニラが楽しそうに言う。


「ばかもの。ユウナギがいないとワシ等は天眷(アポステリオリ)を使えんのじゃぞ」


 ロロクルオスにたしなめられて、プニラがはっとする。

 彼らの主人であるユウナギが封印されたことで、神使達は天眷の解放が出来なくなった。つまり空を飛ぶことも、次元の扉(ゲート)を開くことも、真の力を使う事もできないのだ。


「しかも、サブシステムの秘匿回線も妨害されて助けも呼べん」

「!? ……それってヤバくない!? よーしじゃあボクからいくよー」

「いやだから待てと言うに!」


 話を全く理解していないプニラをロロクルオスが引き止めた。


「ゆー」


 消えたユウナギを心配して、心細そうにリリルが呟く。


「心配無用ですわ」


 なだめるようにテネローハが言う。


「ユウナギは死にはしません。ほっといてもお腹が空けば自分で戻って来ます。しばらくの辛抱ですわ。ただ――」

「――今はその"しばらく"が致命的じゃがな」



**********



「な、何なんだあいつら」

「気をつけろ。奴ら尋常では無い」


 全く話について行けず、ルーヴや魔王は疎外感を味わっていた。しかしそれでも、ジンシやハイテンシと呼ばれた者達の恐ろしさは理解できた。


「なんだかヤバそうな事に巻き込まれたみたいだな。でも、屋根の上の連中の内、取り囲まれてる方は味方だ」


 かつて共にレイドークを攻略したクレスレブとリリル、そしてロロクルオスの姿にルーヴは気づいていた。彼らも賢者ラギの仲間であるからには只者では無いはずであった。


「さて。お待たせしました魔王様」


 ジューナタットが魔王に向き直り、もったいぶって、仰々しくお辞儀をする。その姿が魔王には隙だらけに見えた。


破導十三連撃トゥ・サ・セキュトノーク!!!!」


 有無を言わさず、魔王必殺の死の連撃を叩き込む。だが、頭を下げたまま手だけを上げてジューナタットはそれを受け止めた。親指と人差し指で軽く剣先をつまんでいる。


「な!!!?」


 十三連撃の恐ろしさはそれを受けたルーヴが一番よくわかっている。それをこうもあっさり受け止めるとは……。


 魔王とジューナタットの間にガララドが割り込んだ。ルーヴにはガーネリクが駆け寄る。


「魔王様お下がりを!!」

「ルーヴ、大丈夫か!?」


 ルーヴと魔王の周りにそれぞれの仲間達が集結し、ジューナタットに対して一斉に攻撃を仕掛けた。


 魔法、剣技、超能力、他、あらゆる破壊の意志が目の前の男に集中する。曲がりなりにも彼らは地上最強戦力である。その集中攻撃に耐えられるものなど、この地上のどこにも存在しないはずであった。


「……まったく。服が汚れるではありませんか」


 にも関わらず、ジューナタットは1ミリもダメージを受けていなかった。服についた埃を払い、何事もなかったように立っている。


「そんな、ありえない……」


 唖然としてペキュトーが後ずさった。


「貴様何者だ」


 魔王が詰問する。


「魔王様直属の副官、ジューナタットでございます」

「白々しいぞ。目的はなんだ!?」

「……長期的にはあるお方のため。短期的には、すぐわかります」


 時計を見るような仕草で何かを確認した後、魔王の元副官は話を続けた。


「さて。そろそろ準備が整ったようですね」


 わざとらしく懐に手を入れ、もったいぶって何かを取り出し天にかざす。それは、彼ら廃天使がカルデナエスの鍵と呼ぶものであった。


「あれ・は……!?」


 リリルが目を見開いた。彼女には忘れたくても忘れられないモノ。彼女に死をもたらした大角(オオヅノ)大鬼(ガウロ)の一角。それを鍵状に加工したものだ。


「それだけではないのじゃ」


 ロロクルオスも動揺を隠せなかった。鍵に埋め込まれていた宝玉は、古代魔法王国アディアクルア滅亡のきっかけとなった実験の産物、時間結晶(メイテ・ノルデハーテ)であった。


「なぜあんなものが……!?」


 ジューナタットはおもむろに鍵を地面に突き立てた。


「さあ予言戦争第三幕の幕開けです! 目覚めよ! 我らが神王の眷属よ!!」



―――――――――――――――――――

◆予言戦争

―――――――――――――――――――


 大地が鳴動し、帝都の残骸がさらに崩れる。ジューナタットの声に応えるように、彼の足元の地面が陥没し、次の瞬間大きく盛り上がった。地上の者達が慌てて退避する。


 地盤が緩んだのか近くにあった聖塔(ベルバ・レゥ)がいくらか地面に沈み込み表面にヒビが入る。盛り上がった地面は揺れ続け、土が剥がれ落ち、中から黒い物体が姿を現した。高さ約30m程の星形二重正四面体である。


「な、なんなのアレ!? ねぇレイド!?」

「わ、わかんないよ。なんで帝都の地下にあんなものが……!!?」


 テスエローフ隊の面々には、不安に耐えて身を寄せ合うことしかできなかった。それは魔軍でさえも同様だ。


 黒い星型は卵であった。40億年にわたりこの星の地下で眠り続け、少しずつ成長を遂げていた。その正体は神であるユウナギにさえわからない。


 黒い星型の上には先程ジューナタットが突き刺したカルデナエスの鍵が見えた。ジューナタットがさらにそれを押し込む。


「目覚めよ!!」


 突然、黒い星型が砕け散った。


 中から毒や瘴気に似た霧状の闇が溢れ出し、生き物のように飛び上がると、一気にレフィキュルめがけて押し寄せた。


「な!!?」


 抵抗する間も無かった。霧状の闇は一瞬にして魔王を飲み込み、全身を侵食し始めた。


「魔王!!!!」


 苦しみ始めた魔王の呻きが、やがて絶叫に変わる。目は血走り、血管は浮き出て、禍々しいオーラに包まれる。


「何事だこれは!?」

「魔王様!!」


 ペキュトーとブゥゼルビが魔王に駆け寄るが、何もできなかった。 ガララドがジューナタットに襲いかかる。


「貴様何をした!?」


 ガララドの攻撃を軽くかわし、ジューナタットはふわりと空中に浮かび上がった。高笑いが周辺に響き渡る。


「喜ぶがいい。レフィキュルは生まれ変わるのだ!!」

「う、生まれ変わる!?」

「そう。真の魔王、七魔王ネベス・オウマ|が一翼、三の魔王(ヒルテ)・ラフィシルとして!!!!」

「な!!!?」


 地上の者達に戦慄が走る。特にアールヴにとって七魔王という言葉は衝撃であった。


七魔王ネベス・オウマ!?」

三の魔王(ヒルテ)・ラフィシル……だと!?」


 一際大きな絶叫が響いた。魔王の魔力が膨れ上がり、黒い霧と融合していく。見る間に魔王は巨大化し、竜の異形と化した。


 竜の顔を持ち、天を覆い隠す6翼と地を這う長い尾。鋼の鱗に覆われたその身体は300mをゆうに超える。禍々しい形相は、大の大人をして恐怖せしめるほどの恐ろしさで、実際に何人かが腰を抜かして魂を奪われたように座り込んだ。


 ヒルテ・ラフィシルがゆっくりと息を吸い込み始める。


「あれはまさか」

「まずい!!」


 次の瞬間、大きく開かれたヒルテの口から、超高密度のエネルギー体が吐き出された。極限魔法の数10倍の威力を持つ究極のブレス攻撃、虚無の火砲ティールヌゥ・レシトラープであった。


 ブレスは山を超え、数10km先へ着弾した。巨大な火球が膨れ上がり、一気に弾ける。閃光が周辺を焼き尽くし、衝撃波が山をも削った。その輝きは、宇宙からもはっきり視認できたと言う。


 着弾点の辺りには、大きな町があったはずであった。


「よ……予言の通りだ……!!」

「セフィラの黙示録が現実に……!!」


 アールヴ兵は恐れ慄いて、恐慌状態に陥った。脇目も振らず逃げ出す者。神に祈るもの。気を失う者さえいる始末だ。


 足元の兵達を気にもとめず、ヒルテ・ラフィシルはさらに数発ブレスを吐き出した。レプラローフ周辺の空が、たちまち赤く染め上げられる。その光景はさながら世界の終わりであった。


「み、みんな……、き、気をしっかりもって……」


 皆を鼓舞しようとして、シアが必死で声を絞り出したものの、恐怖は隠しきれなかった。むしろ逆効果になったかもしれない。


「お、オシマイだ……」


 レイドはこの時、死を覚悟した。あんなバケモノを相手に、一体どんな手を打てるというのか。

 呆然とするレイドの背中にしがみつく者があった。最年少のクックルだ。顔色は蒼白で今にも倒れそうである。


 公亜人族(ハスターム)フワルとディーベルはレイドのポケットの中で震えてさらに小さくなっていた。


 魔軍の様子はよりひどいものだった。知能の低い魔獣達は失禁せんばかりの勢いで地面に這いつくばり、多少肝の座った者達はすでに逃げ始めている。四軍将クラスでさえその恐怖を隠しきれずに立ち尽くしていた。


 それは、神使といえども例外ではなかった。カクリヨの住人となって2億年のテネローハですら経験したことのない深刻な事態だ。


「ユウナギもいない。天眷を解放する事も出来ない。秘匿回線も妨害されカクリヨに連絡も出来ず、ゲートで帰ることも不可能。三の魔王だけでも厄介ですのに廃天使まで……」

「しかも、今のワシらの力は地上の者達とそう大差ない現世(ウツシヨ)レベルじゃ」


 今の状況を整理してみるだけでも目眩がする思いだった。


「のう、神使が死んだらどうなるんじゃ?」

「さあ。おそらく輪廻の輪からもれて消滅するのではないかしら」

「……以前のワシなら喜んだところじゃが。さて」


 複雑な表情でロロクルオスが考え込み、クレスレブもリリルも、プニラでさえ黙り込んだ。


 テネローハがゆっくりと息を吐き出した。


「このままでは……第4惑星(アル・ヘスラ)42億年に渡る歴史もここで終わりですわ」


 三の魔王(ヒルテ)・ラフィシルによる破壊は尚も続いていた。射程が長く破壊力が大きいため、むしろその足元周辺にいたほうが安全であった。



【続く】



20170428修正

×:2人の間に再び緊張が走る。

◯:ルーヴが肩をすくめ、2人の間に再び緊張が走る。


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