魔王編08 ~犠牲~
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◆救援
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黒煙に覆われた帝都レプラローフの空は、まだ夕方だというのに夜よりも暗く、あちらこちらでくすぶる炎が廃墟を赤く染めていた。
三の魔王と廃天使ジューナタットの前に倒れた神使アキュレイユを救ったのは、テスエローフ千士隊・強化飛空隊所属のルーヴ・ドロウスであった。空飛ぶ魔法のホウキこと、飛行杖に乗っている。
「悪いな竜亜人のおっさん。三の魔王はオレの獲物だ」
「よせ! 無理だ。人間が敵う相手ではない!!」
アキュレイユはルーヴを止めようと声を振り絞った。しかし、ルーヴはそんな忠告を聞く男ではない。一晩休んだことで、魔力体力はほぼ回復している。
「真・截鉄!!」
即座に攻撃を開始する。切り裂かれた真空の剣気が、遠距離からラフィシルに迫ったが、時間停止によってあっさりと止められた。
「まだだ!」
しかしルーヴは、無謀にもそのままラフィシルに突進をした。
「よせ! まだ効果が残って……!」
アキュレイユの忠告虚しく、ルーヴはまだ時間停止の効果が残っているはずの有効範囲内に堂々と突入して行った。しかし、どういうわけか彼には時間停止は効かなかった。
「なに!?」
火纏の聖剣の直接攻撃が巨竜の横顔を小さく切り裂き、ルーヴはゆうゆうと離脱した。
。
「どうなっている? なぜ時間停止が効かない!?」
やっとのことで傷だらけの半身を起こして、アキュレイユが呻いた。
「あれは、ロロの時の水だな」
この世界に似つかわしくないメイド服姿の少女が、瓦礫によろけつつ近づいて来た。
「ロロが小分けにした時の水をどうにかしてアールヴに渡したんだろう。それで、ルーヴ本人は時間停止を回避してるみたいだ。ただ、彼の手から離れた攻撃は止められるみたいだけど」
アキュレイユの前で立ち止まる。
「すまないアキュレイユ。ドジった」
「おぬしは……? まさか、ユウナギ殿!?」
「ああ。本体はまだ封じられたままだけどな。封じられる前に、意識の一部を帝都にいたNP天使のメイドに転送したんだ」
「では天眷解放は?」
「まだ無理。戦う力もない。でも、これを持ってきた」
ユウナギはポケットからアールヴの水薬を取り出した。アキュレイユが水薬を飲み干すと僅かに体力が回復し、どうにか立ち上がることが出来た。全快には程遠いものの、まとわりつく死神を追い返すことに成功したようだ。
「まさかアールヴに助けられるとは……」
空き瓶と空を舞うルーヴを交互に見やってアキュレイユが言った。
「この世界の主役は、僕達ではなくて彼ら地上の者達ってことだな……」
感慨深げに、ユウナギは空を仰いだ。
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◆神託02
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ルーヴがアキュレイユを助ける約1日前。
「われは知る、端緒の御杖、解せざるはなく、
魔矛の穂先、障壁を開かん、
炎纏の刃、これを斬り、虚無の果てに滅し去る、
世に九種の神器あり、
其れ即ち、神の与えし祝福なり」
オルリエカ山の麓に身を潜めるルーヴ、シア、レイド他、アールヴ達の前に現れたメイド服姿の少女が"神託"を告げた。
「……ええと。どういう意味?」
困惑気味にシアが尋ねる。
「伝説の神器、九種の神器が三の魔王を倒すためのカギだってことだよ」
少女が簡単に説明する。
「――!!」
「ラフィシルを倒す、ですって!?」
「そんなものがあるのかよ、スゲェ!!」
兵達にどよめきが広がり、シアとルーヴが希望に目を輝かせた
「だけど、そんなものを探している暇は……」
おずおずと、レイドが現実的な問題点を指摘した。少女がニヤリと笑って口を開く。
「案ずるな。九種の神器を、アールヴはすでに3つ持ってる。火纏の聖剣・魔槍・端緒の杖、この3つだ!」
「――!!!」
そこには、慣れ親しんだ彼らの愛用の武器の名前が含まれていた。
「まじか!? オレの聖剣にそんな力が!?」
「そんなに驚くことでもないだろ。忘れたか? 聖剣はかつて、"一の魔王"、オオヅノのロンギーブを斬っているんだし」
もっとも、当時の魔王も聖剣も今ほどの力は持っていなかったが。
「一の魔王!? 創世記に出てくる大角の大鬼が!?」
レイドが目を見開いた。神話にもオオヅノの話はあるが、一の魔王という記述はなかったはずである。この少女はなぜそんな事を知っているのか。
「ちょ、ちょっと待って! わ、私のリグナーグにもそんな力が!?」
興奮気味にシアが言った。魔槍は彼女がレイドーク迷宮の地下宝物庫で見つけた遺産の1つだ。
「穂の付け根を見てみろ。赤い宝玉がくっついてるだろ? それは聖剣の紅い宝玉と同じものだ」
「うそ!?」
未だ語られたことのない、レイドーク時代後期の出来事。リグナーグは、とある高名な鍛冶屋によって鍛えられ、神の祝福を授けられていた。
ルーヴとシアがお互いの武器を比べてみる。確かに、よく似た宝玉がはめ込まれていた。
「……じゃあ、もう一つの端緒の杖は?」
その問いに反応したのは少女ではなくレイドだった。
「端緒の杖……!? そういえば、僕が持っていた古い杖がそんな名前だったような……」
「な、なんだって!?」
自分の荷物を引っ掻き回して、レイドが古い杖を取り出した。レイドーク迷宮探検の際に持って行った古い杖だ。彼が孤児院に引き取られた時から持っていたものである。よく見れば、その杖にもくすんだ赤い宝玉が埋め込まれていた。
「その杖は代々、レイドーク王に受け継がれて……まあその話は今はいいか」
「ええ!!?」
少女はさらりととんでもないことを口走ったが、今はあまり関係の無い話だ。当のレイドも、いろんな事を一度に聞かされて混乱気味で、その話を深く追求することはできなかった。
「そんな偶然があるなんて」
「偶然なものか。ルーヴが聖剣を求めた結果だ」
全てはあの旅から始まった。伝説の剣を探してレイドーク迷宮をめざしたあの旅から。彼らの脳裏に懐かしい冒険の日々が蘇る。
「…………」
しばし思い出に浸るアールヴ達を見渡して、少女は続けた。
「まあ、九種の神器を9つ全て集めるのは、はっきり言ってムリだ。でも3つあればなんとかなるはずだ! たぶん」
「たぶんかよ……」
「臆するな! 魔導革命最後の仕上げだ。目覚めよ! 解き放て! アールヴの真の力を! 連綿たる命の流れを途絶えさせてはならない!!」
いささか芝居がかって演説をぶった少女だったが、その後、急に表情を改めて深々と頭を下げた。
「今回のことは、我々天界の住人、特に神の責任が大きい。巻き込んでしまって本当に申し訳ない」
「なんであんたが謝るんだよ」
「いや、それはその……」
不思議そうな顔でルーヴ始めアールヴ達が少女を見た。全てを話すわけにもいかず、少女が口ごもる。
「悪いのはハイテンシや三の魔王だ。神のせいじゃない」
真面目くさってルーヴは言い切った。
「それに、オレ達はまだ負けてねぇ」
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◆作戦開始
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かくして、三の魔王出現とオルリエカの神託から約1日後。再編成と補給を終えた"アールヴ軍"が帝都の一角に集結していた。
ルーヴ率いる強化飛空隊、約300。
レイドの足止め部隊、約4000。
シアの魔導打撃部隊、約3000。
支援部隊、約2000。
計約1万の決戦部隊である。この中には、枢機兵団の生き残りや帝都防衛部隊の残存兵力なども含まれている。アールヴに残された全てがつぎ込まれたのだ。
全体の指揮は枢機兵団のシロディートが執ることとなったが、戦場での行動は各隊の指揮官の裁量に委ねられた。神託とレイドらの偵察結果を元にシアとレイドが作戦を立案し、シロディートの認可を受けて即日、作戦は実行に移された。
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アキュレイユを助けた後、ルーヴは強化飛空隊に再度合流した。時の水の効果はすでに切れており、ロロクルオスにもらった小瓶の水の残量は2/3だけだ。あと2回しかラフィシルの時間停止を無効化できない。
空中で紡錘陣形をとった強化飛空隊は、悠然と構える三の魔王の約200mまでに接近した。彼らの任務は、時間停止の影響範囲外からの牽制・撹乱である。レイド隊とシア隊のための時間を稼ぐのが主な目的だ。
「ったく、魔法耐性だと!? ふざけやがって」
「しかも、時間停止と極限魔法か。ハッ。こいつはラクショーだね」
ルーヴの左右に控えるガーネリクとロラッカがブツブツと文句を言った。
「全騎、魔導弓装備!」
ルーヴの号令で、皆が魔導弓を装備し構える。
「目標、ラフィシル右翼、撃て!!」
高速で移動しつつ、貫通の矢が一斉に放たれた。ラフィシルの側面に火球の花が開き乱れ満開となる。魔法耐性を持つこの巨竜に対しては、魔法攻撃よりも弓のほうがいくらかマシであるが、黒鉄のような鱗の防御力も尋常のものではない。
しかも、直撃するのはせいぜい全体の1/3程度であった。時間停止や、巨大な6枚羽の羽ばたきによる乱気流などで阻止されるのだ。
「全騎、抜刀!」
だがそれもムダではない。ルーヴ達は、時間停止の解除のタイミングを狙ってギリギリまで急接近し、剣技や直接攻撃を浴びせかけた。神使アキュレイユに学んだ戦法である。常にラフィシルの注意を引いて目の前を飛び回り、極限魔法の妨害と嫌がらせの攻撃を繰り返す。例え、ラフィシルに対してあまり効果が無かったのだとしても。
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「足止め部隊、前へ!」
竜馬に騎乗したレイドの部隊4000は、約700の飛行杖を抱えていた。ラキシオンは魔法による重力制御で空を飛ぶ装置だが、例の"謎の少女"の指導により、内部の制御呪文に少し手を加えてあった。
「放て!!」
レイドの命で、700のラキシオンが人を乗せず、白い尾を引いて天に舞い上がった。
「ああ、もったいねえ」
「せっかくつくったのにー」
レイドの頭の上に乗っている小さな公亜人族、ディーベルとフワルが半泣きでほぞを噛んだ。
「(それにしても、魔導革命がなければ、この作戦は成り立たなかっただろうな。なんという偶然……いや、むしろ、このことあるを予測して、あらかじめ賢者ラギが僕達に力を与えたって見方も……)」
そんな考えがレイドの脳裏をよぎった。
上空でゆっくりと進路を変えたラキシオンは、巡航ミサイルのように突き進みヒルテ・ラフィシルの姿をその先端にとらえた。そしてそのまま速度を落とさず急降下し、ラフィシルを取り囲むように次々と地面に突き刺さった。ルーヴ隊の撹乱により、ラフィシルは、上空から迫るそれに気づかなかったのだ。
「行け、レイド!!」
「術式実行!!」
ラキシオンの制御呪文に仕込まれた術式が起動する。全てのリミッターが解除され、重力制御の要たる魔導機関が暴発寸前のフル稼働を開始する。限界を超えて暴走したラキシオンは、それぞれが小さなブラックホールとなって膨大な重力場を生み出した。
地響きを立てて三の魔王ラフィシルの巨体が崩れ落ち、押しつぶされるように地面に縛り付けられる。重力自体は魔法ではないので、魔法耐性も効果がないのだ。
身動きできないラフィシルの苛立ちが大地を揺るがす咆哮となり、アールヴ達の耳をつんざいた。
「どうだ!?」
レイドが見守る中、ラフィシルは牙をむき出しにして両手を地面に立て、全身に力を込めた。
「まさか……!?」
ラフィシルが再び立ち上がろうとした時。突然巨人が現れて、巨竜の頭部を抱えるように押さえつけた。
「あれは、魔軍・四軍将、巨人ギーガ!?」
ルーヴが叫んだ。ギーガはルーヴの手によって討たれたはずであった。腹部には治療の痕が見える。魔軍にもよほど優秀な癒し手がいるようだ。
「生きてやがったか」
ルーヴは不敵に笑った。
さらに、ラフィシルの周囲に無数の黒い手が現れ、その巨体を捕らえた。四軍将、不死者ガララドの魔法死の門である。ラフィシルを冥界に引きずり込むことはできないものの、押さえこむには十分だ。
ルーヴが見回すと、ラフィシルはいつの間にか魔軍に取り囲まれていた。亜竜種、巨人、大怪鳥、不死者、大鬼他。どうやら魔軍はアールヴに協力するつもりのようだ。彼らも自らの王を助けたいのだろう。
指揮をとっているのは、年若い竜亜人の少女である。
「兄上! 今お助け致します!!」
魔王レフィキュルの妹、ノーアであった。頭部に小さなツノと細長い尻尾がある以外は、ヒト族の少女とあまり変わらない印象だ。今まで遊撃隊として後方で待機していたようだ。
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戦場から少し離れた高台の上に、シアの率いる部隊3000が陣取っていた。巨大な魔法陣の形に配置され、兵のそれぞれが短呪文を繰り返し、極限魔法のための魔力の充填に務めていた。
ルーヴ隊とレイド隊がラフィシルを抑えている隙に、シア隊がトドメを刺すというのが今回の作戦の概要だ。極限魔法の動員人数は、前回と比べて約3倍である。
「魔力充填73%」
クックルがシアに報告する。その時、魔力計の充填率を示すメーターが急激に跳ね上がった。
「え!? 充填率、110%!?」
「不本意ながら、我らも協力する」
魔軍四軍将、鳥人ペキュトーであった。見ると他にも、四軍将大鬼ブゥゼルビと魔軍の兵達の姿も見える。彼らが魔力を供給したのだ。アールヴと魔軍が合わさったことで、極限魔法の規模は、さらに倍の約6倍となった。
「……助かる!」
複雑な笑みを浮かべて、シアが叫んだ。
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ラフィシルの拘束が安定した頃、レイドは部下に指揮を任せて端緒の杖を取り出した。
「落ち着け。この魔法にアールヴの運命がかかってるんだ……」
巨大な敵に向けて杖を構え、短呪文を唱える。
「情報収集!」
端緒の杖には固有能力があった。全てを見通す魔眼と呼ばれる力で、敵の弱点を見破ることができる能力だ。例のメイド少女に教わったものだ。
「(まさか、僕の杖にこんな能力が隠されてたなんて)」
弱点を調べるだけならアールヴにもそういった魔法は存在する。しかし、端緒の杖の精度と探査能力は、それら一般的探査魔法の比ではなかった。
「――見えた!!」
ラフィシルの弱点が青白く浮かび上がった。レイドは、羊皮紙に素早くメモを書きつけると、矢に縛り付け、すぐさま魔導弓につがえて空高く射た。
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魔導打撃隊の陣近くに落ちた矢は、見張りの兵に回収されすぐさまシアのもとへ届けられた。彼女は素早く羊皮紙に目を通し、力強く頷いた。
「(さすがレイド。次は私の番ね)」
「……190……200……220……」
クックルのカウントが続く。すでに極限魔法を放つだけの魔力は十分に蓄えられている。しかし、シアは目を閉じて、黙したままであった。
「……260……290……」
神使アキュレイユの極限魔法でさえ、ラフィシルの魔法耐性を破ることはできなかった。ではどうするか。シアの結論は単純だった。――より強大な力をぶつけるまで、だ。
これまでの一般的な極限魔法は範囲攻撃型である。広範囲の敵を一気に殲滅することが目的だが、しかし、それではラフィシルの魔法耐性には歯が立たない。そこでシアの指示の下、レイドを中心に極限魔法の呪文修正が大急ぎで行われた。広範囲に拡散する魔力のエネルギーを強引に収束させ、一点に集中させるように無理やり変更を加えたのだ。
「……310……370……」
極限魔法の魔法陣に魔力を供給している兵や魔獣たちが次々と倒れる。唇を噛み締めて、シアは何も言わず、魔法実行の手順を粛々と続けた。
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孤児院に引き取られたばかりのシアは、泣かない赤ん坊だった。それ以前の境遇は不明だが、育児放棄かなにかで長い間放置されていたのだろう。泣いても誰も来ないとわかると赤ん坊は泣かなくなるという。数年後、物心ついてからも彼女は全く喋らず、感情もほとんど表に出さない子供だった。
そんな彼女に変化が訪れたのは、ルーヴやレイドに出会ってからである。居場所と家族を得た彼女は、失ったものを少しずつ取り戻し、やがて今のシアになったのだ。
「(あんた達は私が絶対に守って見せるからね)」
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カッと目を見開き、一点を睨みつける。シアの視線の先には、地面に這いつくばるラフィシルの姿があった。
「魔力充填400%! 圧力限界突破!! 全魔力回路暴発寸前!!!」
悲鳴に近い声でクックルが叫んだ。同時にリグナーグの紅い宝玉が真っ赤に輝く。
「今だ、撃てぇ!!」
戦場からルーヴが叫んだ。それに呼応するように、シアが魔槍を高く掲げて口を開いた。
「――戦略級極限魔法貫通型!!!!」
魔槍の切っ先に集められた膨大な魔力が一気に収束し、一条の光の束となって空を切り裂く。超高圧高魔力の光の束は高速回転しながらまっすぐにラフィシルの頸部をめがけて突き進み、――寸前で時間停止によって阻まれた。
「くっ、まだまだー!!」
シアは極限魔法の放出をやめなかった。報告によれば、ラフィシルが時間を止められるのは約4秒間。その間に逃げられなければ、命中させることができるはずだ。時間停止に対するもう一つの攻略方法は、攻撃を4秒以上続ける、という事であった。
「お願い!!」
そのまま約4秒が経過した。ラフィシルはついに重力の拘束から抜け出すことができなかった。時間停止効果は消滅。せき止められていた極限魔法のエネルギーが一気に溢れ出し、ラフィシルの頸部に直撃をした。
地獄の劫火もかくやと思われる激甚極まる熱塊が、溶けた鉄の如くに弾け、大爆発を巻き起こした。空にあるものは乱気流に揉まれ、地にあるものは必死で地面にしがみついた。
アールヴの極限魔法はついに、ラフィシルの魔法耐性と、分厚い黒鉄の鱗を貫いた。"魔法耐性"は、魔法を無効化しているわけではない。耐性以上の魔力をもってすればそれを突破する事は可能なのだ。要するに力技であったが、今回はそれが功を奏した。
シア隊の多くの兵や魔獣が魔力を完全に失って倒れ込んだ。シアも血を吐いて膝をつき、クックルに支えられる。もはや、もう一度極限魔法を放つことはかなわないであろう。
「や、……やった!?」
「ラフィシルを倒した……!?」
兵達の歓声が戦場に轟いた。魔力を失って倒れた者達の顔にも生気が戻る。大気が震えるほどの歓喜の叫びがいつまでも戦場にこだまし続けた。
その歓声がふいに途絶えた。一陣の風が舞い、黒煙が薄れる。
煙の中から現れたヒルテ・ラフィシルはゆっくりと立ち上がった。攻撃が命中した部分がくすぶってはいるものの、全体の動きにさしたる影響は見られない。
「……そんな!!」
足止め隊の重力拘束はすでに限界を迎えて解除されている。アールヴと魔軍の全てをかけた極限魔法の攻撃も、ラフィシルに致命傷を与えるには至らなかったようだ。
「失敗……!?」
ラフィシルが大きく首をふり、取り付いていた巨人ギーガをふるい落とした。
「ま、まだだ! まだ終わりじゃねぇ! こうなったらこのオレが聖剣で直接……!!」
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◆犠牲
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6枚の翼で風を叩き、巨竜は上空へと舞い上がった。体長300mの巨体が宙を舞うさまは、圧巻の一言に尽きる。
それまでのラフィシルは、ただ、本能のまま闇雲に暴れていただけである。周辺の小さな生き物たちの事などまるで眼中には入っていなかった。そのラフィシルが先程の攻撃を受けて、ようやくアールヴや魔軍を自分の敵だと認識するに至った。アールヴ達の必死の抵抗は、ただラフィシルの注意を彼ら自身に向けさせただけであったのだ。
「まずい、下がれ!」
この時、ラフィシルの近くにいたのは、レイドの足止め隊、魔軍の一部と巨人ギーガ、不死者ガララド。ルーヴの強化飛空隊である。
轟音を響かせて、ラフィシルはブレス攻撃、拡散魔導粒子砲を放った。シャワーのように極限魔法を拡散させ、地上を虱潰しにするつもりだ。赤い絨毯を敷き詰めたように、地上が焼き払われる。
「レイド!」
ルーヴが叫ぶ。今の一撃で、足止め部隊の約7割が失われた。レイドの安否もわからない。魔軍のダメージも深刻で、ギーガやガララドでさえ膝をついている。
さらにラフィシルの攻撃は続き、次はシア隊が布陣する丘にブレスが浴びせかけられた。ルーヴの位置からは詳しい状況は分からないが、かなりの被害が出たのは疑いようがない。回避できたのは、空を飛べるペキュトーだけのようだ。
「シア!!」
顔色を失ってルーヴが声を張り上げ、地上に降りようとした。それをロラッカが引き止める。ラフィシルの攻撃の矛先は、今度は彼らに向けられたのだ。
風を切って空を旋回したラフィシルは、強化飛空隊を次の標的に定め、その巨大なアギトを目一杯に開く。口の中には禍々しい破壊の炎が渦巻いていた。
「まずい! 全員回避!!」
地上に気を取られて呆然としているルーヴにかわり、ガーネリクが命令を下す。直後、強化飛空隊に拡散魔導粒子砲が浴びせられた。
ルーヴにブレスの一条が迫ったその瞬間、彼の身体が何かに弾かれてブレスの軌道から外れていった。代わりにルーヴを押し出したガーネリクが直撃を受け、一瞬で蒸発した。
「ガ……ネ……!?」
壊れるほどに目を見開いて、ルーヴの顔が硬直する。ルーヴにとってガーネリクは兄も同然の存在であった。
今の攻撃で、強化飛空隊は半数が消滅し、さらに1/4が撃墜された。その中には、ガーネリク以外の孤児院出身者も含まれていた。
「――おのれ!!」
怒りで頭に血が上り、我を忘れたルーヴがラフィシルに向かって突進する。もはや、誰の声も彼の耳に届かなかった。
ラフィシルは時間停止さえ使わなかった。向かってくるルーヴの攻撃を軽くいなし、虫でも殺すように強大な右手で叩き落とした。時速120kmのトラックにぶつかったようなものである。即死しなかっただけでも奇跡だ。地面に激突したルーヴはピクリとも動かない。
「ル……くそっ!!」
ロラッカが急降下し駆け寄ると、ルーヴはかろうじて生きていた。ただし、左手足はもはや使いものになりそうにない。
その彼らのすぐ脇に、地響きととともにラフィシルの巨体が着陸した。鬼灯のような赤い目が彼らを見据えている。ラフィシルはゆっくりと右手を伸ばし、彼らの頭上にかざした。手のひらだけで10m前後はある。
「お、おい、よせ……。じょ、冗談だろ!?」
大慌てでルーヴを担ぎ逃げ出そうとして、ロラッカはモタツイてしまった。ラフィシルは、巨大な右手を振り下ろし、眼下の小さな人間を躊躇なく叩き潰した。……と、自分ではそう思った。だが、手を持ち上げてみると、そこには彼の手形があるだけだった。直前に竜馬に乗った何者かが走り抜け、2人をかっさらって行ったのだ。
「まだまだ、隠居している暇はなさそうだな」
2人を地面に下ろしながら竜馬上でそう言ったのは、ロラッカもよく知っている人物であった。両・片手剣を担ぎ、鍛え上げられた肉体と薄い灰色の肌を持つ闇のエルフ。千年戦争の英雄にして、枢機兵団第6軍軍団長、ヒューゼル・ロイヒその人である。
「団長!? い、生きてたんですか!!?」
ロラッカが叫ぶように言った。魔王レフィキュルとの戦いの後、行方不明とされていたヒューゼルだが、実は、帝都の救護施設で治療を受けていた。胸部には、血の滲んだ包帯が巻かれている。
ルーヴに目をやってヒューゼルが問う。
「そやつはどうだ?」
「ま、まだ生きています……ですが」
「じゃあ、なんとかしろ」
「と言われても……」
「ラフィシルを倒すには、そやつの剣が必要だ。儂らには扱えんからな」
話しながらもヒューゼルは攻撃を続けた。魔導剣の炎の斬撃が衝撃波となって飛び、弾けて黒煙があがる。魔導革命の恩恵を受けていない彼の攻撃はラフィシルには全く通用していない。だが、皮肉なことに、攻撃力が弱いからこそラフィシルは時間停止を使わなかった。使う必要がないと判断したのだ。ラフィシルの魔力も無限ではない。
「あと半刻だけ稼ぐ。その間にそやつをなんとかしろ」
「で、でも、団長には魔導革命の武器も魔導書も無いのに」
「そうだな。今の儂では万が一にも勝ち目は無かろう。だが、ここが分水嶺だ。この戦いを制するものが世界を制する」
諭すように脅すように、ロラッカとルーヴを見据えてヒューゼルは言う。
「アールヴのために、儂らの命を使え!」
一瞬、ルーヴが目を開けてすぐにまた気を失った。ヒューゼルの言葉は、半分気絶していたルーヴにも届いたのだ。
ロラッカはそれ以上何も言えなかった。言えるほどの覚悟が自分には無いと、わかっていたからだ。
ヒューゼルはなおも攻撃を続けた。爆煙によりラフィシルの目を少しでも欺くために。
「……ご、ご武運を!」
ロラッカはルーヴを抱え、爆煙にまぎれてその場を離脱した。少し走って近くの物陰に身を隠す。あまり遠くまで避難している時間はなかった。一刻も早く治療に取り掛からねば手遅れになるだろう。
「まったく、年は取りたくないものだ」
ロラッカを見送って、ヒューゼルは言った。魔王レフィキュルとの戦いに敗れたこと。三の魔王ラフィシルが彼を侮って時間停止さえ使わないこと。人間でいえば60近い年齢とはいえ、かつて英雄と呼ばれた男のプライドは完膚なきまでに打ち砕かれていた。
「しかし、おかげでようやくカンが戻ってきたわ」
空気が一気に張り詰め、体中に力がみなぎる。その瞳には高純度の殺気と、千年戦争当時と同じ輝きが宿っていた。
「私達も付き合いますよ。団長」
援護法撃とともに、一騎の竜馬が現れた。枢機兵団副団長ニーア・ジーテラセタである。彼の後方には枢機兵団の生き残りが数百騎従っていた。
もちろん彼らにも魔導革命の恩恵は無い。しかし、そんな物は彼らには必要なかった。そんな物が無くとも、彼らには彼らなりの戦い方があったのだから。
実はニーアは一度魔導書を手にとっている。それでも、結局使いこなす事はできなかった。年配の者がパソコンやスマホに苦労するようなものだ。
「ニーア、久々にアレをやるぞ」
「本気ですか!?」
「今使わずしていつ使う!?」
「……わかりました」
生き残り部隊の援護の下、ニーアが鐙の上に立ち上がり、両手で印を結び呪文の詠唱を開始する。
「閉ざされし蠱の圏、閃々の刃、碧血の咎人……」
彼の得意技、上位長文魔法の――聞き取れないほどの――超高速詠唱だ。普通の呪文の5倍から8倍の長さの呪文があっという間に編み上げられる。その間にヒューゼルは竜馬を駆り、ラフィシルとの間合いを詰めていた。ヒューゼルが射程内に入ると同時にニーアの呪文が完成する。
「――供物の罪過!!」
それは呪いであった。対象の命を糧にする禁断の技。命を削り力となす外法。非人道的なその呪文をヒューゼルに対して使うことを、ニーアは全くためらわなかった。ここでためらうということは、ヒューゼルの覚悟に泥を塗る行為でもあるからだ。
今、正に潰えようとするアールヴの命運を、無理矢理につなぎとめるために手段を選んではいられない。ルーヴ達が戻るまであと半刻だけ、ここを死守しなければならないのだ。
「さてと。ようやく死に場所が見つかったか」
静かに笑って、ヒューゼルは竜馬に鞭を入れた。
ニーアの呪文の効果で、ヒューゼルの顔左側面に刻印が刻まれる。彼は、今までにない力が身体の奥底から湧き出して来るのを感じていた。手にした両・片手剣には、暗色のオーラがまとわりつく。
「罪過の魔導剣!!」
黒く染まった炎の斬撃が轟音を響かせてラフィシルに迫った。威力はシア達の極限魔法に到底及ばないが、アールヴ個人の攻撃力としては史上最強クラスである。
ラフィシルは炎のブレスを吐いてその攻撃を打ち消した。やはり、ただのアールヴの攻撃ではラフィシルに傷一つつけることは出来ないのだろうか。失望に沈んだかと思われたヒューゼルの口元がしかし、笑う形に歪む。
「そちらは陽動だよ!」
気がつけば、ラフィシルの左側面にニーアが大きく回り込んでいた。彼の身体には暗色のオーラが纏わりつき、顔には刻印が浮かんでいる。彼も"供物の罪過"を使ったのだ。
「澆季の業、戦の唄、朽ち壊れし破壊の旋律。――罪過の大雷撃槍!!」
その攻撃は、正確にラフィシルの頸部を狙っていた。シア達の極限魔法によって脆くなった箇所である。ラフィシルの頸部に雷撃槍が命中し、鱗越しに肉を焼く。予想外の高ダメージに驚き、ラフィシルは身悶えした。しかも、攻撃はそれで終わりではなかった。右後方に回り込んだヒューゼルが魔導剣の呪文を再度唱え終えたところだった。
「罪過の魔導剣――三連!!」
ラフィシルの右後方からヒューゼルの魔導剣が放たれた。先程の攻撃と違い、今回の魔導剣三連撃は魂を振り絞った全力であった。
三連の炎の斬撃が渦巻き、一体化して一気に威力が跳ね上がる。3倍の衝撃波で空気を切り裂きながら直進し、ラフィシルの頸部に直撃を食らわせる。シア達の極限魔法、ニーアの雷撃槍、2回の蓄積されたダメージの上にさらにヒューゼルの攻撃が上乗せされ、ラフィシルの魔法耐性と防御力を上回った。黒鉄の鱗数枚が吹き飛び、肉がえぐれて血が吹き出し、内蔵が一部露出した。
巨竜の咆哮が大気を震わせる。ラフィシルは怒り狂い、拡散魔導粒子砲を空に向けて放った。
【続く】
20171010 修正。
大筋に変更はありませんが、細かい矛盾の修正が多数あります。
ご迷惑をおかけして申し訳ありません。




