第6話 陰陽術クオリティー
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御堂に向かって一歩踏み出しかけた足を止める。
(おっと、先ずはあっちだ。御先祖様は、後でゆっくり⋯)
ブブッ
スマホが振動し、メッセージが届く。
見ると、送り主は明さん。
“2~3時間ほど、出てきます
夕飯は帰ってから食べます”
(“了解”っと。⋯よし、これで少しの間、向こうに行ってられるな。)
右奥の裏山方向に足を向けなおし、歩き始める。
先には、木々が生い茂る鬱蒼とした森が広がり、そのまま裏山へと続いている。
森に入り、手入れされている、人1人分の細い道を進んで行くと、2、3分ほどで道が二手に分かれる。
右側の道は、頂上に向けて緩く曲がった、居住区域に入ることを許されたものなら誰でも通れる道。
分かれたといっても、道なりに進むならこちらの道。
左側は、右側の道に対してほぼ直角に曲がっている。
どこに出るのか先も見えない、手入れがされていないけもの道だ。
俺は、止まることなく左側の道に進む。
元いた道が見えなくなった辺りで、道が少し広くなり、目の前には、俺の左手の甲にある痣と同じ文様が彫られた、高さ3mもない、ギリギリ軽トラが通れる程度の、桜の木材で出来た小さな鳥居。
この先は、結界で代々護ってきた「桜庭家」の領域。
そこに祖父に鳥居を造ってもらって、俺が霊力を込めた。
俺が認めるものしか入れない、祖父母と俺だけの領域。
今では、入れるのは俺一人。
例え同じ血筋だろうが、俺が認めないと入れないのだ。
鳥居に触れると、淡く光を放つ。
鳥居の反応は、入る資格のある者の証。
いつも通り、中へと進む。
鳥居の中は、またけもの道が続く。
草を踏みながら、少し歩くと森が途切れ視界が開ける。
少しだけ高台にあるこの場所から見えるのは、山際に大きく塀に囲まれた幾つもの建物と、塀の周りを水堀のように囲む水路。
水路は用水路のように、隣接する広い田園を横切り、その先の森の中へと延びている。
水路は途中上下左右に分かれ、田園全体に水を供給できるように流れている。
奥には果樹園があり、ちらほらと畑も見える。
植えたばかりの夏野菜の芽がちらほらと出始めているのか、茶色の土の上に、ポツポツと緑色が点在している。
長閑な、田舎の風景。
塀の中の建物が、時代を誤認させる。
寝殿造と武家屋敷が、渡り廊下で繋がって建っている。
その手前の隅にはかなり古い古民家と、桜の鳥居の外にあるうちの本宅によく似た二階建ての日本家屋。
寝殿造と武家屋敷は、それぞれ何代も前のご先祖さまが建てた家。
日本家屋は江戸時代に、結界外の桜庭邸と同時に建てた家。
俺と祖父母がここにいる時に過ごしている家。
そして、最後。
最も古く、最も小さな古民家は、1000年と少し前に建てられた、我らの祖先、安倍晴明の生家だ。
何故ここに、安倍晴明の生家が?と、疑問に思った俺に、祖父が教えてくれた。
『結界で保護していた信太の森と幼少時に過ごした晴明様の生家を、天之御中主神がついでにここに結界ごと移してくれたのだと伝わっている。』
⋯⋯⋯⋯何してるの?天之御中主神様⋯。
え?元々あった場所は、どうなったの⋯?
そりゃ確かに、管理しやすくなってうちは助かったけども、神格授けたり、土地移してくれたり、神自ら氏をくれたり⋯大盤振る舞い過ぎない?
逆に怖いんだけど?
⋯⋯俺、何かさせられたりしないよね?
身体差し出せとか言わないよね?
世の中、タダより怖いものはない⋯。
どうか一生、天之御中主神様に会うことがありませんように⋯⋯。
俺は、心の中で神に祈りを捧げた。
真剣に。
⋯⋯⋯⋯これって、いったいどの神様に届くんだ?
心の中でブツブツと言いながら、高台を下って行く。
「ウォッフッ!」
「アウッアウッ!」
鳴き声に顔を上げると、森の中を狼の一家が駆けてくる。
「あ、狼牙!元気にしてたか?」
「ウォーンッ!」
「ははっ!よーしよーし!」
飛び込んでくる狼牙を抱きしめながら、勢い余って一緒に転がる。
可愛いヤツめ⋯と、頭や頬を撫でまくる。
狼牙達は、絶滅したはずのニホンオオカミの家族。
狼牙がまだ小さい頃に、怪我をして動けなくなっていたところを助けて世話してあげたのをきっかけに、懐いてくれて、今や大の仲良しだ。
なぜ、絶滅したはずのニホンオオカミがいるのかというと、ここは結界で護られた閉ざされた世界だからだ。
絶滅する以前からここに住んでいたニホンオオカミ達は生き残り、ここの生態系を守るのに一役買ってくれている。
他にも今はもう本州にはいない、トキやニホンカワウソもここには生息している。
あとは⋯飼い主に捨てられた動物や、飼いきれなくなった動物も何故か日本各地からやってくる。
大々的に“動物預かりますよ!”なんて言ってるわけじゃない。
けど、過去、日本が参戦した世界大戦。
その時に、空襲の被害によって行き場を失った動物、牛、馬、山羊、鶏、犬や猫⋯それらを曽祖父が積極的に引き取ってきた。
まぁ、結界内のここだから出来たんだろうけど。
その話が、公ではないけれども、知る人ぞ知る噂話⋯で日本各地に知っている人がいて、ペットに困っている人がいると、『あそこに連れていくと引き取ってもらえるよ』って、教え合うらしい。
皆、命は大切に、責任持とうよ。
そんなにたくさんの動物、どうするのかと言うと、そこはさぁ⋯⋯陰陽師クオリティー。
使い魔達が、頑張ってくれています!
使い魔契約した狐達が、主の霊力で強化されると、妖狐化して人化出来るようになるのです。
更に霊力上がると、それぞれ修行を経て上位の妖狐になる者もいる。
先祖の使い魔も、使い魔側が嫌がらなければそのまま引き継ぐので、結界内は、人は居なくても、人手(?)はあるのだ。
ちなみに、結界外にも使い魔達は数匹居て、家事や神職なども手伝ってくれている。
広い家がいつも綺麗なのも、ご飯に困らないのも、使い魔達のおかげである。
勿論、俺もちゃんとやれる。
料理は趣味だ。
あとは⋯⋯⋯
「おーい!ハルーっ!!」
ヒューーーーッ ドッカァーーーンッ
「痛いっ!!」
「いったぁーーぃ!ごめーーん!!」
飛んできた何かが、後頭部に直撃した。
頭を押さえて、涙目で振り向くと、ボサボサの白い髪を頭頂部で無造作に一つ結びにした、黄金の目の美形な男。
額を押さえて、涙目で謝っている彼の背中には、黒い大きなカラスのような羽。
ーーそう、天狗である。
はい、サラッと大事な事を言いました。
彼の名前は、那智。
本人曰く、安倍晴明の大親友ーーらしい。
本当かどうかは知らない。
当の本人は居らず、聞くことも出来ないのだから。
那智の言葉を信じるのみ。
何故ここにいるかと言うと、安倍晴明の死後、那智は思い出深い信太の森にそのまま住んでいたらしい。
はぐれ天狗の彼には帰る場所も無く、それならここで待とうと、安倍晴明が生まれ変わるのを待っていたらしい。
ところが、信太の森は結界に覆われ、400年前にはなんと、天之御中主神のご好意で、この地に移転した。
そうしたら⋯⋯⋯「付いてきちゃった」と。
そして、結界から出られずに更に400年が経ち、今に至る⋯と。
図らずも、1000年以上、神気のある結界内で暇潰しに修行した結果、小天狗から大天狗にまで成長したらしい。
⋯良かったね。
最初に会った時は、かなりびっくりしたよ、まったく。
「あっれー?キミが今度の後継者くんかな?」って言いながら現れ、声に振り向けば、赤い顔に長い鼻のいかにも天狗!っていうお面を付けて真後ろに立っていたから。
⋯まぁ⋯振り向いた勢いで、お面の長鼻にぶつかり、2人して顔を押さえて涙したけども。
あ、思い出したらイラってした。
ここには他にも、居場所を求めて数年前に妖魔界からやってきた鬼が2匹居るし、山の中の泉には、龍の水神が居る。
まぁ、俺も人間としては微妙だし、人間の住人0の不思議な場所。
閉じられたこの世界を、「まるで『箱庭』のようだ」と、祖父は楽しそうに笑っていた。




