第38話 格の違い(side:秀治)
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(side:秀治)
「くそっ⋯体が⋯!」
「大丈夫?秀治くん?⋯ねぇ、これどうするの?ハルくん連れて行ける?」
「くっ⋯はぁ、はぁ⋯⋯今はそれどころじゃ⋯⋯うっ」
「もぅ⋯秀治くんが言ったんだよ?手伝ったら、ハルくんと結婚させてくれるって。もぉ〜⋯ハルく〜ん。」
「はぁ⋯はぁ⋯。」
頭の中は晴人の事だけだな⋯。くそぅ、確かに、これだけの事をして晴人も連れ帰れなきゃ、父さんに失望される⋯⋯⋯ちっ。
解呪しようと、印を結ぶ。
「きゃっ!ハルくん?!」
乱れた霊力を練ろうとした瞬間、晴人の元へ歩み寄っていた由美が、小さく悲鳴を上げる。
「秀治くん!大変っ!ハルくんが⋯⋯息してないよ!」
「⋯⋯⋯⋯は?」
一瞬、由美が何を言っているのか理解出来ない。
霊力を練るのが止まる。
(晴人が、死んでる?)
視線を由美と晴人に向けると、グッタリとした血の気を失った晴人と、それを揺さぶる由美。
「⋯⋯⋯本当に、死んでるのか?」
「だって、息してないし、脈も⋯⋯無いよ!」
狼狽えながら、晴人の手首と首に手を当てて、由美が答える。
そばに寄って確認しようとするも、結界に阻まれ病室に入れない。
なんて頑丈な結界だ。
しかし、晴人が死んだならこの結界も消えるはず。
それでも消えないという事は、この結界は別のやつが?
ならそいつはどこに⋯⋯。
そこまで考えて、ハッとした。
晴人のそばに居た後見人の男。
父さんが、只者じゃないって言っていた。
あの男に付けた使い魔は、全て消滅させられたって。
その男は今、ここにはいない。
もう1人の男と、デカい妖狐達と出ていくのを見た。
そして、解けた晴人の呪い。
解呪したのか、あの男が。
呪具を見つけたのか。
なら、次は⋯⋯。
「まずい、奴が来る。」
「え?なに?」
由美がキョトンとして、振り返る。
その奥には晴人。
連れ帰りたいがーー今は。
「おい、ここを出るぞ。」
俺は、印を結び始める。
「え?何言ってるの?ハルくんは??連れて帰るって」
「今はそんな事してる場合じゃない!早くしないと」
「ーー早くしないと、どうなるんでしょう?」
ヒュッ
突如現れた、大きな気配に息を呑む。
声のした方へ、ゆっくりと首を回す。
ギギギッと音が鳴ったような気がした。
そこに居たのは、膨大な霊力を纏い、1つに結んだ長い黒髪を靡かせた男。
銀縁の眼鏡に、どこか晴人に似た、綺麗に整った面立ち。
そして、その1歩ほど後ろには、少し強面の目つきの悪い男。
こちらも、俺よりも遥かに大きな霊力を隠しもしない。
そして、さっきも見掛けた妖狐達。
人化して、こちらを睨み付けている。
「お前⋯」
「おや、高坂家では、目上の人に敬語を使えとは教えないのですねぇ。どう、思います?道満。」
「躾がなってねぇな。晴坊とは、大違いだ。」
「全くです。」
「何⋯だと?」
ふざけやがって。
俺は、あいつと比べられるのが一番嫌いなんだよ!
⋯⋯いや、それよりも⋯⋯今、なんて言った?
もう一人の男の名前⋯。
「ね、ねえ、秀治くん。⋯これって⋯⋯なんだかまずい状態?」
いつの間にか横に来ていた由美が、俺の腕に縋り付く。
見れば分かるだろう。
晴人は息をしてないようだし、目の前にはその保護者。
くそっ、こっちはまだ、霊力も練れずに身動き取れないのに!
「しかし⋯⋯道満の足元にすら及ばない霊力で、よくもまぁ、私の大切な子孫に手を出してくれましたね?呆れてものも言えない。」
「⋯⋯何か腹立つな?あと、お前はもう少し、隠せよ。」
「いずれ分かることですし。」
男二人は、何やら訳の分からない話をしている。
後見人の男は、微笑んではいるが、気配が全く笑っていない。
もう一人の男は、後見人の男に対して呆れた表情を浮かべているが、全く隙がない。
(俺達高坂家は、ヤバいのを敵に回したんじゃ⋯?)
ゴクリと、喉が鳴る。
「さて、散々晴人くんを苛めてくれたお礼をしませんとね?」
「え、な、なになに?何が起きてるの?に、逃げようよ、秀治くん。ハルくんの事は⋯⋯残念だけど、死んじゃってたら結婚出来ないし⋯。」
さすがの脳内お花畑も、この状況の不味さに気付いたようだ。
「ああ⋯隙をついて」
「隙をついて逃げる?逃げられると思ってるんだったら、なんてオメデタイ頭してるんだ?そいつは。」
突然、廊下の反対側から、見知らぬ男の声が響く。
誰だ?
バッと振り向くと、緩く波打つ焦げ茶色の髪を無造作にかき上げ、長めの襟足を首筋に遊ばせた派手な顔の長身の男。
「誰だ?」
尋ねた瞬間、男は呆れたようなバカにした顔で見下ろしてくる。
後見人の男達とは違い、高慢そうな鼻持ちならない男。
「なぜ、貴様に名乗らねばならない?邪術師など、本来なら視界にも入れたくない。」
「なんだと?⋯うっ⋯ぐっ⋯。」
くそ⋯身体が、鉛のように重く、軋むように痛む。
「秀治くん!」
蹲る俺の腕を、由美が催促するように引っ張る。
「つぅ⋯おい、やめろっ。」
「じゃあ立ってよ!」
苦しんでるのが、見て分からないのか?
「おい、さっさと片付けろ。目障りだ。」
派手な男が、後見人の男に向かって、苛立たし気に言葉を放つ。
「そうですねぇ。光栄、頼んだ事は?」
「昔の名前はやめろ。今は光希だ。頼んだ事ってあれだろ?病院なら既に幻惑の結界を貼ってある。⋯こんな、脆弱な認識阻害・防音壁と違ってな。」
光希と言った男が俺の張った結界に触れると、パリンと砕け散った。
「なっ、そんなバカな⋯!」
「は?何を驚いている?まさか、こんな結界が壊れないとでも?お前、陰陽師を舐めすぎやしないか?」
言葉を言い終えると同時に、男が纏う霊力が膨れ上がる。
後見人の男程ではなくとも、その後ろの道満とやらと同等の膨大な霊力。
とてもじゃないが、太刀打ちできない。
「では、準備も整った事ですし、晴人くんの代わりに、私から君達へのお仕置きタイムです。」
後見人の男が、笑みを保ったまま、話し出す。
「お仕置きタイムだと?」
「な、何よそれ⋯⋯私達、何も悪い事してないわよ?」
「まぁ、無自覚だろうがなんだろうか、関係ありませんし。さて、簡単に説明しますと、今、この病院には幻惑の結界が貼ってあり、院内に居る人間は、対象者と人間以外のモノを認識出来ないようになっています。」
「⋯ど、どういう事?」
「対象者は、お前達二人で、この病院にいる人間は、お前達2人を認識できないって事だ。おい、晴明、回りくどい言い方はやめろ。どう見ても、あれは脳が足りないだろ。」
「おや、すみません。なので、君達がいくら騒いでも、誰にも何も聞こえないのです。そしてもう1つ。この病院の出入口は、今現在、あなた達2人には正面玄関しか作動しません。」
「正面玄関?こんな時間に作動するわけ⋯」
「ええ、もちろん、現実の玄関では無く、私が呪術で作った結界のようなものです。そして、玄関を出ると、逃走者として認識され、私がこれから召喚するもの達に追われる事になります。捕まると⋯⋯まぁ、大変な事になると思いますので、捕まらないように家まで逃げてくださいね?」
そんな大掛かりなことをするなら、召喚するにしてもたかが知れてる。
こいつらが好んで使役するのは、あの後ろにいる狐共だろ?
「召喚?そこの狐か?狩りでもしろと?」
後見人の男が、湛えた笑みを、いっそう深める。
ゾクッ
何だ?背中にゾクゾクと悪寒が走る。
「ーー魑魅魍魎が跋扈していた平安の時代、陰陽師の筆頭と呼ばれた安倍晴明が、最も多く使役していた使い魔が何か、君達は知っていますか?」
「はぁ?安倍晴明?妖狐の血を引く人外の陰陽師だろう?だったら、後ろにいる狐共だろう?」
そう答えた瞬間、狐共の霊力が膨れ上がった。
獣の分際で、気に障ったらしい。
そして、何故か、後見人の後ろの男と、反対側の光希という名の男が、大きな溜息を吐き、呆れている。
「本当に、無知なのだな。」
「家伝で伝わっていないのか?」
何を言っている?
「ふふっ。まぁ、これから分かりますよ。いまから、私がそれらを召喚します。召喚したものから順に100数えて追いかけ始めますので、頑張って逃げてくださいね?」
「はっ!そんなもの隠れてしまえば、態々病院から出る必要も無い。」
「あ、そうだよね!隠れて、隙を見て逃げれば⋯」
「因みに、君達が院内にいる間、彼らは湧き続けますので、増える一方です。それでは始めましょうか。」
後見人の男が、目を閉じ、印を結び始める。
「臨」「兵」「闘」「者」⋯
「⋯九字切り?そんなものは修験者や山伏が好んで使った護法じゃないか!」
「はぁ⋯確かにそうだが、九字護身法は、我ら陰陽師を始め、忍びや武士達も災厄や邪気を祓い、また、精神を整える護身法として使用していたものだぞ。」
「精神統一にはこれが一番効くからな。」
「それが⋯」
「皆」「陣」「烈」「在」「前」
後見人が九字を切り終わると、後見人から莫大な霊力が溢れ出し、広がっていく。
「な、なんて霊力量だ⋯」
男は更に刀印を結び、口元に当てて霊力を練る。
何かを召喚する為に。
ゴロゴロゴロ⋯⋯⋯ ピシャァーーンッ
外で雷鳴が、鳴り響く。
稲光りで浮き上がる男の顔は、酷く恐ろしく見える。
「ーー安倍晴明の名の元に集いたまえ、我が式神達よ!」
文言と共に召喚術が展開される。
すると、あちこちから現れる、人に似た形の異形のモノ。
ーーー鬼。
「へ?な、なにあれぇー?!あれって、あれって」
「⋯⋯⋯鬼。」
「鬼ぃぃぃ?!いやぁーー!」
由美が恐怖で、パニックに陥る。
「おやおや、今の若者はこういうのが好きなんじゃないんですか?確か、人気のゲームがありましたよね?青い鬼から逃げるものが。」
「あったな。あれは確か、映画や漫画にもなったんじゃなかったか?」
「はぁ。物好きな者達が多いのう。」
「本当ですねぇ。おや、カウントは既に始まっていますが⋯⋯君達、逃げなくてもよろしいのでしょうか?」
今日一番の笑顔で、微笑みかけられた。
「い、いやぁぁぁぁぁーーっ!!」
由美が、一目散に逃げて行く。
動けない俺を置いて。
「くそっ!」
俺も、慌てて霊力を練り上げ、解呪を行う。
身体は疲労困憊だが、これで動ける。
「お前ら、覚えてろよっ!」
「そちらこそ、我々に手を出せばどうなるか⋯⋯ゆめゆめお忘れなきようーー。それでは、本格派〝鬼ごっこ〟、お楽しみください。」
陳腐な捨て台詞を残して、俺は走り出す。
何が鬼ごっこだ!
捕まったら⋯⋯命があるかどうか分からない。
この限られた院内に、鬼が溢れるなら、罠とわかっていても、外に出るしかない。
外へ出る唯一の出口、正面玄関を目指して、俺は全力で院内を駆け回ったーー。
❀三人称視点❀
「たく、人使いが荒いな、晴明。」
「ご協力、感謝致します、光希。」
「まぁ、蘆屋、安倍、賀茂の陰陽師三家を敵に回したんだ。これくらいで済んで、かえって良かったんじゃないか?」
「ですねぇ。」
「だなぁ。」
3人は笑いながら、ふと病室を覗き込む。
そこに先程まであった筈の桜庭晴人の遺体は、いつの間にか消え失せていた。
「ついに、始まりましたね。」
「ああ。」
「俺は会ったこと無いが、桜庭晴人という少年は、本当に、地球の未来を託せる器なのか?」
和泉明の言葉に蘆屋史道が頷き、賀茂光希が疑問を呈する。
「私はそう思います。まぁ、少々やる気が低空飛行な子ですが。」
「だな。少々感情が閉鎖的な坊主だが。」
「⋯⋯⋯⋯⋯急に心配になってきたが、本当に大丈夫なのか?地球だけでは無く、我々の未来も掛かっているのだぞ?」
「やる時はやる子ですよ。大丈夫です。」
「やり過ぎないか心配だがな。」
「だから、どっちなんだ?!」
「自分の目でお確かめ下さい。近々、きっと会えますよ。晴人くんなら、きっと。」
3人は揃って、窓の外に目を向ける。
外ではまだ、稲妻が闇夜を切り裂いている。
ーーどうか、晴人くんが、無事に試練を乗り越えられますように⋯。⋯⋯⋯流石に神域で、物を壊すことは無いですよね?
自分が後見する少年を思い浮かべ、ほんの少し、心配になる保護者だった。
————第一章・終————




