第37話 譲れないモノ
❀ ❀ ❀
目を動かし、恐る恐る声のした方へ視線を動かす。
(やっぱり、山下さん⋯なんでここに?しかも、こんな時間に?⋯勘弁してよ。明さん達がいない時に⋯⋯まさか、狙って来たわけじゃないよね?)
山下さんの姿を視界に入れた瞬間、身体中が恐怖に包まれる。
こちらの気持ちを知らず、ニコニコしている、山下さん。
薄暗い病室の所為なのか、はたまた俺の心情なのか、彼女がとても不気味に見える。
(何度言っても、伝わらないな。彼女の顔を見たくないのに⋯。)
どうしようか。
今、彼女に何かされたら⋯⋯それより、何しに来たんだ?
それに、明さんは結界を張っていったはず。
前にも思った。
彼女の思考は理解出来ないし、許容も出来ない。
けど⋯⋯⋯彼女から、悪意は感じなかった。
ただ、ずっと「好きだ」って言っていた。
俺にとって迷惑でしかないけど、彼女にとってはただの「好意」なのかもしれない。
だったら⋯⋯この結界は、彼女とはとても相性が悪い。
「ねーねー、ハルくん。今、体動かせないんだよね?大丈夫?⋯ごめんね?こんな事しちゃって。」
はい、確信犯。
「この間、ハルくんと喧嘩しちゃったでしょ?あの後
⋯⋯ある人が助けてくれるって言ってくれてね?最初は復讐とか言うからぁ、警戒したんだけど、ハルくんとゆんがずっと一緒に居られるお呪いを教えてくれたの。」
お呪い?
「その為には、ハルくんにサインしてもらわないといけないんだけどぉ、ハルくんはきっと嫌がるだろうから、ちょっとの間だけ我慢してもらおうかなって。そしたら、ゆんとハルくんはぁ、ずっと一緒にいられるの。」
意味が分からない。
ずっと一緒なんて、絶望しかない。
「それでね、今回協力してくれたのがぁ、なんと!ハルくんのお兄ちゃんなんだって!ちょっと待っててね!」
お兄ちゃん⋯だと?
やはり、高坂家が絡んでたかっ!
「あれ?入れない?」
「ちっ。⋯悪いな由美ちゃん。俺はこの部屋には入れないみたいだ。」
「えーー?」
お前は、そこのお花畑と違って悪意しかないからな!
「ハルくん、見えるかな?ほら、ハルくんのお兄ちゃんだよぉ?」
「よお。初めまして、お前の異母兄の高坂秀治だ。」
「ハルくんのお父さん、凄い人だったんだねぇ!」
「おい、桜庭晴人。苦しんでるか?指一本動かせねぇだろ?由美に持たせたあのリボン、呪詛だけじゃなくて、
うちの秘伝の毒が塗ってあったからな。触れただけで、皮膚から吸収されて、身体の自由を奪うやつ。極少量でも、丑の刻参りで霊力を塞がれ、身体も弱ったお前には、充分だろ?」
毒?
この身体が動かないのは、呪いじゃないのか?
ていうか、丑の刻参りもコイツらの仕業だと自白したも同然だな。
「ふふっ、あのリボンに書いてあったのは、一瞬だけ意識を失わせる術式。本当の狙いは、塗ってあった毒の方。しかも気化しやすい毒だから、証拠も残らない。すぐに解毒の術式組めば、良かったのにな?」
二重の罠だったのか。
明さんに知らせないと。
どうすれば⋯⋯あ、玄!
玄に念話を飛ばせれば⋯⋯距離が離れてても出来るかな?
『玄!玄っ!』
⋯⋯無反応。
やっぱり離れ過ぎるとダメなのか?
「お前⋯今、何かしてるな?ふっ⋯⋯さっさと用を済ませるか。」
くそっ⋯霊力を練ってるのがバレたか?
『玄!玄ーっ!』
『⋯ど、どうした、晴?』
繋がった!
『今、病室に、ヤバい女と高坂秀治が来てるって、明さんに伝えて!』
『や、ヤバい女?』
『それで多分、分かるから!』
『お、おう。で、大丈夫なのか?』
『なんか、リボンに毒が塗られてて、体が動かないのはそのせいらしい。』
『なんだって?毒?!⋯よく分かったな?』
『なんか、親切に色々喋ってくれるんだよ。』
『⋯⋯そいつらバカなのか?』
『俺が動けないから、勝ち誇ってるんだろ。とにかく明さんに⋯⋯そっちはどう?』
『ああ、奴らは呪詛返しで倒れたから、今、呪具を探している。環殿が場所を特定したから、もうすぐだ。』
『この人達、俺になにかしようとしているから、なるべく急いでっ!』
『分かった!伝える!それまで、頑張れよ!』
『え?どうやって?俺動けないよ?』
『⋯⋯⋯⋯とにかく頑張れっ!』
だから、どうやって?!
「ハ~ルくん!今から少し解毒するね?でも、その前に⋯これ!」
目の前には、護符。
術式の中には「傀儡」の文字。
(は?傀儡って⋯)
「貼るね!ぺたんっ!⋯⋯ね?どこも痛くないでしょう?」
ふざけるなぁーーーっ!
痛いわけないだろー!
それは、そういう術じゃない!
人を、その人の意思に関係なく操る為のもの⋯⋯おい?俺に何をさせるつもりだ?
『く、玄ーーっ!何か「傀儡」の護符貼られたぁー!ねえ、まだ?まだ掛かるの?!』
『はあ?!ちょっと待ってろ!もうすぐだっ!』
玄にこっちの状況を伝える。
俺も「はあ?!」って言いたい。
そうこうしているうちに、鞄から出した小瓶の蓋を開けながら、山下さんが微笑む。
もう、恐怖でしかない。
今度は何だ?
もし、彼女が俺に何かするなら、俺は舌を噛み切るかもしれない⋯⋯⋯あ、ダメだ、身体動かせないんだった。
ああああああ!もう、嫌だ!
本当に嫌だ。
「ああ⋯ハルくん、泣いてるの?大丈夫。これはね、毒を中和するお薬なの。だから、安全よ。」
「おい、零すなよ!」
「もう、分かってるって。」
秀治に向かって返答した後、また俺の方見て話し出す山下さん。
「これを飲んだらね、ほんの少しだけ体が動かせるようになるの。少し腕を動かせるくらいだけど⋯それでね、この書類にサインして貰ったら、これからずっと、ハルくんはゆんと一緒にいてぇ、来年、ハルくんが18歳になったらぁ、結婚、するの〜。」
ーーーーは?
ナニイッテルノ?
彼女が言ってる言葉が全く理解出来ない。
俺は⋯⋯⋯「人間」と会話してるんだよね?
未知の生物とかじゃないよね?
「人間」って、こんなに理解出来ないものなの?
口に無理矢理、小瓶の中の液体を注がれる。
(止めろっ!!)
そう思うも、動けない俺には何も出来ない。
液体が、喉を通っていく。
「秀治くん、お薬飲んだよ。」
吐き出したいのに吐き出せない。
ねえ、コレって犯罪だよね?
彼女に何を言っても仕方が無いけど。
この間の事も、今回の事も、全て犯罪行為。
彼女の一番怖いところは、その全てに、悪意が無いところかもしれない。
悪意無く、他人を害する。
妖怪のいたずらの方がまだかわいい。
視界の隅で、秀治から何かの紙とペンを受け取って、また戻ってくる。
「急急如律令ーー」
病室の外で、秀治が印を結んで術を発動する。
そうすると、身体が引っ張られるような感じで無理矢理起こされ、ベッドの上で座らせられる。
身体が動いた。
でも、まだ痺れは残っているし、力も入らない。
それを、強制的に動かされる気持ち悪さ。
俺の前にベッドテーブルが置かれ、その上には2枚の書類とペン。
書類を見ると、「財産贈与契約書」と書いてある。
「それはな、お前が受け継いだ桜庭家代々の財産を、高坂家に贈与する契約書だ。」
はあ?
「まぁ、まだお前は未成年で、後見人が付いているから、今すぐじゃなく、お前が成人したら、だがな。」
「それでね、それまではぁ、ハルくんはゆんとずっと居るの。桜庭の人達に見つからない場所で、二人でずっと。今回の「お呪い」はね、その為なんだよ?この書類に、ハルくんがサインしたら、ハルくんをゆんのお婿さんにしてくれるって。」
馬鹿じゃないの?
それは拉致・監禁だし、いくつ罪を重ねるの?
それがまかり通ると?
明さんが黙って見てるとでも思ってるの?
千里や環さんを舐めてる?
秀治⋯⋯相手の力量も分からないのか?
それとも高坂家全体がそのレベル?
悪知恵だけじゃんそんなの。
「まあ、逃げられても困るから、それまではちょっと、今の状態を続けてもらうけどな。」
『玄っ!玄っ!まだ掛かる?もう、ちょっと⋯いや、かなりまずいんだけど!』
このままだと、まずい。
正直、この契約書がどこまで効力を持つか分からない。
けど、今のこの状況が、普通に訴えたって信じてもらえるか分からない。
なんて説明する?
呪術で操られて書かせられました?
誰が信じてくれるんだ?
「なんでこんな事されるか、お前は分からないだろう?」
全く分からない。
「俺はな⋯⋯お前が生まれてからずっと、高坂の家で、お前と比べられてきた。お前が生まれるまでは、父に次いで大きな霊力だと、将来有望だと言われていたのに、お前が生まれてからは、全てが変わった!お前は良いよな?誰もが見蕩れる容姿に、俺達をはるかに凌ぐ膨大な霊力。「桜庭晴人を養子に出さずにいれば、高坂は安泰だったのに」この17年、ずっとそう言われてきた。ーー俺はなぁ、お前が憎くて憎くて仕方がないんだよ、晴人っ!」
⋯⋯⋯知りませんけど?
初対面の人にそんなこと言われても、困るんですけど。
俺は、普通に生活してただけだし、俺のせいじゃないよね、それ。
そういうの逆恨みって言うんじゃない?
「ちょっと、秀治くん!ハルくんに変なこと言わないで?ハルくんは王子様なんだから、かっこよくて当たり前なの!」
出たな、謎の王子。
残念だが、それは俺じゃない。
学校のどこかにいるらしい、留学生「⋯まぁいい。」
⋯いいのかよ。
しかも、自分で言った癖に、何言ってんの?
「さて、邪魔が入る前にさっさと終わらせようか。」
開け放たれた扉の向こうで、秀治が印を結んだ。
秀治が指示を出すと、それに合わせて動かなかったはずの右手が徐々に持ち上がってくる。
これが⋯⋯“傀儡”の術。
くそぅ⋯⋯⋯このままじゃ⋯⋯俺の大事な物が⋯!
じいちゃん達から受け継いだ物が、こんな事で、失われて良いはずがないっ!
なのに、右手がっ!
テーブルの上に乗った右手が、ペンを握る。
どうにかならないのかっ!?
その時、身体がスッと軽くなる。
そして、胸元から黒い靄が流れ出る。
これは?
「なんだ?」
秀治が驚いた顔をする。
『晴っ!丑の刻参り、解呪成功っ!もう、霊力練れるぞっ!』
『サンキュー!玄っ!間一髪だよ!!』
俺は、身体の中の霊力を探る。
解呪されたとはいえ、呪いで生気とともに奪われていた為に、身体にある霊力は少ない。
けど、思いっきり練り上げれば、この程度の霊力で作った傀儡の術ぐらい、解呪出来るっ!
目を閉じて、腹の底から額に向かい霊力を練り上げる。
大きく息を吸って、精神を統一。
心の中で九字を切る。
精神安定には、これが一番。
『ーー臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前⋯⋯この身に巣くう邪気を祓えっ!急急如律令、解っ!』
ぱぁぁぁぁぁっ!
強い光が身体を包む。
『ついでにーー快癒っ!』
光がより強くなる。
毒である以上、完全な解毒は無理かもしれないけど、体に残る毒が少なければ、自浄作用と自然回復力増加で何とかなるかもしれない。
「何だ、この光、この霊力は?!丑の刻参りで封じている筈だろ?!」
「え?え?⋯⋯光?」
秀治の驚いた声と、山下さんの戸惑う声が聞こえる。
そうか、山下さんは霊力無いから見えないのか、この光が。
「ぐはぁっ!」
光が収まると、秀治が膝をついていた。
「ねぇ、ちょっと?どうしたの?秀治くん?!」
山下さんが秀治に駆け寄り、おろおろしている。
恐らく、呪詛が返った反動だろう。
俺から帰った分はそんなに多くなくても、明さん達が、向こうで呪具を解呪しているから。
「くそっ⋯お前、どうやって⋯」
「えっ⋯そんなの教えるわけない⋯じゃん⋯⋯」
動こうとして、酷い脱力感に襲われる。
(あぁ⋯⋯ちょっと、流石に無理したかぁ⋯⋯。でも、これで、奴らの思いどおりにはならない。ただ、今、気を失う訳には⋯⋯)
呪詛返しで動けないとはいえ、秀治と何をしだすか分からない山下さんの前で倒れれば、どうなるか分からない。
けど、そう思うのに、身体の力は抜け、意識が遠ざかっていく。
拉致・監禁だけは嫌だ⋯⋯。
暗闇に吸い込まれる瞬間、大きな気配がこちらに近付いてくるのを感じた。
(⋯あぁ、もう、大丈夫⋯⋯。)
そうして、俺の意識は途切れた。




