第35話 会いたくない人
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翌日の6夜目も、状況は前日とほぼ変わりはなかった。
午前2時に送られてくる呪いを防いで、「身代わり人形・改」に呪いを吸収させつつ、帰っていく黒靄の邪気を千里達が追い掛ける。
その先にある、黒焦げになった使用済み身代わり人形を回収してきた。
明けて、朝。
今日は、6月9日(日)、天気は雨。
前日の朝方から、しとしとと降り続く雨。
どんよりした曇り空は、俺の心境と重なって、気持ちが落ち込む。
今夜で、呪いが発動してから7夜目。
通説通りなら、丑の刻参りの術が完成し、満願叶うとされる日。
ただし、これは通説であり、地方の術者では、29日間だったり、41日間だったりと異なるし、手順にも差異はある。
今回、相手は恐らく邪術師。
俺達、陰陽師とは違う道を歩んできた者。
術にかける日数も不明である。
(どっちにしろ、今夜を乗り切ることに変わりはないけど⋯⋯相手を捕まえられるかどうか⋯か。)
一人でいる病室は、とても静かだ。
テレビをつける気にもならず、ぼんやりと窓の外を見る。
千里と環さんは、昼間は神社に戻っている。
大して参拝者も居ないけど、不在というわけにもいかない。
神社や家の掃除、自宅裏手の畑や裏山の除草作業や、作物の世話、箱庭の管理、やる事はたくさんある。
明さんと史道さんも、それぞれ仕事がある。
俺はというと、検査の結果、心臓に異変は無い。
けど、夜の胸痛は、たまに昼間にも起こるし、血圧が少しずつ上がっているらしい。
なので明日、精密検査を受けることになっている。
もしも、今夜で呪いが終われば、来週は退院出来るんじゃないかな。
まぁ⋯⋯呪具の回収という問題は残っているけど。
午後、お腹がふくれて眠くなった俺は、ウトウトとしていた。
この微睡んだ時間って、幸せだよな⋯。
コンコンッ
ノック音が響く。
目を開けて時計を見ると、時刻は15時。
ノック後にすぐ入らないから史道さんではないな。
「⋯はい。」
ドアが開いて、入ってきた人物を見て、俺は思いっきり顔を顰めた。
(は?なんで?)
「あのぅ⋯ハルくんが、入院したって聞いてぇ⋯⋯来ちゃった。」
「は?」
俺に消去したい記憶を植え付けた、山下由美だ。
いやいやいや、なんでここに?
なんで俺が入院したことを知ってる?
ついに、学校へ行ったのか?
でもなんで入院先を知ってる?
学校では、先生達と颯介しか知らないはず。
「なんで、入院したことと入院先を知ってるの?」
「え〜?うーん⋯⋯愛の力かな?」
「は⋯⋯。」
話にならない。
意味が分からない。
それより何より、あんな事してよく顔出せたね?
とても、お顔が分厚いらしい。(面の皮が厚いの意)
しかも、よりによって誰もいない時に。
知らず知らず、身体に力が入る。
「⋯何しに来たの?俺、言ったよね?二度と俺に近寄るなって。それで、どうしてここへ来たわけ?」
「あー⋯、あの時はごめんね!ハルくんの事が好き過ぎてぇ、ちょっと強引だったよねぇ。本当にごめん。」
「⋯⋯⋯⋯。」
両手を合わせて謝ってくるけど、彼女の目が、全然罪悪感を感じさせない。
ただ、言葉を並べて、謝罪のポーズをとっているだけのよう。
⋯⋯⋯目的はなんだろう?
「それでぇ⋯⋯お詫びの印にぃ、ゆんがハルくんの為に、手作りクッキーを作ってきたの。」
「いや、要らない。」
「え?!そんなぁ〜、そんな事言わないでよぉ〜!一生懸命作ったんだからぁ~!」
「いや、本当に要らない。」
「これで最後!ね?だからお願い!」
「いや、まじで要らな」
タタタッ
早足で近付いてきた、彼女に思わず仰け反る。
いや、何?!
彼女は、俺に紙袋を押し付けて、サッと離れていく。
「え?ちょっ⋯」
「じゃあ、それだけだから!バイバ〜イ、ハルくん♡」
「は?いや、これ持って帰って!」
バタンッ
室内が、静まり返る。
⋯⋯⋯⋯⋯はあ?!なんだったんだ?今の!
雨上がりに、通りすがりの車に泥水ぶっかけられた気分。
しかも、こんな⋯⋯彼女の手作りクッキーだなんて⋯⋯何が入ってるか分かったもんじゃない。
⋯⋯⋯呪いのクッキーか?
紙袋を見つめると、なんか⋯⋯凄く嫌な感じがした。
コンコンッ
(今度は誰だっ?!)
「⋯⋯⋯⋯⋯はい。」
扉が開くと、颯介だった。
「⋯⋯⋯え?何その目⋯⋯機嫌悪いのか?それとも体調悪いのか?」
しまった。
目が据わったままだった。
「あー⋯ごめん。今ちょっと厄介事があって⋯」
「厄介事?」
颯介がベッドサイドに来て、椅子に腰掛ける。
「ん?何その紙袋?」
「⋯⋯⋯⋯それがさぁ⋯⋯今、山下さんが来てさ⋯⋯押し付けられたんだよ、これ。」
「⋯⋯⋯⋯⋯は?山下さん?⋯⋯なんで?」
「お詫びの印だって。」
二人で紙袋を見る。
「⋯⋯⋯えー⋯⋯。なんか怖っ⋯。てか、何で彼女が入院のこと知ってるんだ?しかも入院先まで⋯」
「⋯⋯彼女、学校行ったんじゃないのか?」
「いや⋯⋯今日は、日曜日だぞ?」
「「⋯⋯⋯⋯⋯⋯。」」
もーやだ、本当に怖いよ、あの人。
「⋯⋯もしかしたら、取り巻きとか⋯友達?がいれば、そこから聞いたのかもしれないけど⋯⋯よく、顔出せたな?」
「颯介もそう思う?俺もそう思った。」
「中身は何だ?」
「手作りクッキーって言ってた。」
「はあ?!手作り?⋯なんで受け取ったんだよ、そんなの⋯」
「いや、断ったよ?!何度か断ったら、押し付けて帰って行ったんだよ!」
「えぇー?⋯⋯⋯怖い。」
「俺も怖いよ⋯。」
二人で顔を引きつらせて、再度、紙袋を見る。
「⋯⋯ほ、本当にクッキー⋯なのか?」
「⋯⋯見てないから分かんない⋯⋯見る?」
「⋯⋯⋯さすがに、爆発物とかはないよな?」
「⋯⋯俺は呪いのクッキーじゃないかと⋯⋯」
ゴクリ
同時にお互いの喉が鳴る。
俺は、紙袋の上から中を覗き込む。
紺色のリボンで口を縛ったビニール袋が見える。
暗がりで見にくいけど、中身はクッキーっぽい。
颯介が気にしているので、見やすいように紙袋の口を颯介に向ける。
颯介もそぅ⋯っと中を覗き込む。
「⋯⋯クッキーっぽいな。」
「うん。⋯⋯⋯問題は、中身がまともなクッキーなのかってことだよね⋯」
「そう⋯だな⋯⋯。」
二人で顔を見合わせた後、意を決して、紙袋の中に手を入れ、ビニール袋の先を摘んで、恐る恐る引き出す。
摘んだビニール袋を顔の前でプラプラさせながら、中を見る。
「「⋯⋯⋯クッキーだな。」」
綺麗にハモった。
けど、これ⋯⋯⋯
「どうする?それ。⋯⋯食べるか?俺はおすすめしないけど⋯」
「⋯⋯颯介。これ、呪いのクッキーだ。」
「⋯⋯⋯は?」
クッキーの1枚を指さす。
颯介が近付いて、じーっと見つめた後、眉間に皺が寄る。
「⋯⋯⋯もしかして、髪の毛?」
「⋯⋯俺には茶色い髪の毛に見える。⋯細かく切ってあるけど⋯⋯」
ゾゾゾッ
寒気が走る。
「うわぁー!怖っ!もう、見せんな!仕舞うか捨てろ!」
俺も慌てて、紙袋の中に押し戻す。
紙袋の中に叩きつけるように、ビニール袋を入れた時に、布状の物が指に触れる。
リボンか?
そう思った瞬間、触れた部分から電流が流れるように、身体中が痺れた。
「え⋯うわぁぁぁぁぁぁっ!」
「は、晴?!」
視界の隅に映った、驚愕した颯介の顔が闇に消えていった。




