2026年9月12日
# ふたり日和
## 2026年9月12日
「休みの日って、何時に起きるのが正解なんだろう」
朝。
ありさはベッドの上でスマホを眺めながら、そんなことを考えていた。
時計を見る。
午前九時二十三分。
「……普通?」
もう一度時計を見る。
「遅い?」
布団の中で少し考える。
「……分かんない」
結局、起きることにした。
カーテンを開ける。
外は明るい。
そして、暑い。
「……九月なのに」
ありさは窓を少し開けた。
入ってきた風も、あまり涼しくない。
「秋、まだ来てないじゃん」
そのとき、スマホが震えた。
ゆいからだった。
『起きてる?』
ありさはすぐに返信する。
『起きてるよ』
送ってから時計を見る。
『今起きた』
少しして返信が来た。
『やっぱり』
「なんで分かったの?」
ありさは笑った。
『今から何する?』
ありさは考える。
今日は土曜日。
学校はない。
予定もない。
特に何もない。
だからこそ、何でもできる。
『遊ぶ』
送信。
すぐに返ってきた。
『何して?』
ありさは固まった。
「……」
考えていなかった。
『それはこれから考える』
『そこから?』
「そこからだよ」
ありさはベッドに座ったまま、部屋を見回した。
何かないかな。
何か。
何か楽しいこと。
「……あ」
机の上に、小さな紙袋が置いてある。
昨日、学校の帰りに買ったお菓子だった。
「これだ」
ありさはスマホを持ち直した。
『お菓子食べながら何かしよう』
『何かって?』
『ゲームとか』
『持ってないよ』
『じゃあ買いに行こう』
『今から?』
『今から!』
少し間があった。
『……分かった』
「よし」
ありさは立ち上がった。
着替えて、髪を整えて、財布を鞄に入れる。
玄関を出る。
外に出た瞬間、
「暑っ」
さっきまで部屋の中にいたせいか、余計に暑く感じた。
待ち合わせ場所に着くと、ゆいはすでに来ていた。
「遅い」
「まだ約束の時間じゃないよ」
「でも私のほうが早かった」
「それはゆいが早く来ただけじゃん」
「ありさが遅く来ただけとも言えるよ」
「細かい!」
ありさは笑った。
「で、何買う?」
「ゲーム」
「何の?」
「……」
「決めてないんでしょ」
「うん」
ゆいが呆れた顔をする。
「じゃあ、なんで呼んだの?」
「一人で決めるより、二人で決めたほうが楽しそうだから」
「それは……まあ、分かるけど」
二人で歩き始める。
しばらくすると、ありさが急に立ち止まった。
「ねえ」
「今度は何?」
「アイス食べない?」
「また?」
「今日は暑いから」
「昨日も同じこと言ってたよ」
「昨日も暑かったし」
「今日も暑いから?」
「そう!」
ゆいは少し考えて、
「……いいよ」
と言った。
「やった!」
二人で店に入る。
冷房の風が二人を包んだ。
「涼しい……」
ありさが目を閉じる。
「出たくない」
「まだアイス選んでないよ」
「このまま住みたい」
「店員さん困るから」
冷凍ケースの前に並ぶ。
ありさは真剣な顔でアイスを見比べている。
「これにする」
「早いね」
「今日の私は迷わない」
「いつも迷ってるのに?」
「今日は決断の日だから」
「大げさ」
ゆいは笑いながら、自分の分を選んだ。
店を出る。
二人は近くのベンチに座った。
ありさが袋を開ける。
「いただきます」
一口食べる。
「……おいしい」
ゆいも食べる。
「うん」
しばらく二人とも無言になった。
暑い日の外。
冷たいアイス。
特別なことは何もない。
でも、なんとなく心地よかった。
ありさが空を見上げる。
「ねえ、ゆい」
「なに?」
「夏休み、終わったじゃん」
「うん」
「次の長い休みっていつ?」
「冬休み」
「遠い……」
「まだ九月だよ」
「じゃあ、その間どうする?」
「学校行く」
「真面目だなあ」
「普通だから」
ありさは少し考えた。
「じゃあ、学校終わったら?」
「帰る」
「毎日?」
「毎日」
「つまんない」
「じゃあ、寄り道する?」
ありさが振り向く。
「……する」
「即答なんだ」
「だって、ゆいが言ったんじゃん」
「言ったけど」
ありさは嬉しそうに笑った。
「じゃあ決まり」
「何が?」
「学校終わったら、たまに寄り道する」
「たまに?」
「毎日だとお金なくなる」
「そこは現実的なんだ」
二人で笑った。
食べ終わったアイスの棒を、ありさがじっと見る。
「……」
「何?」
「当たりかな」
「そんなに気になる?」
「ちょっとだけ」
ありさは棒を裏返す。
「……」
「どう?」
「……普通」
「普通だったんだ」
「うん」
ありさは残念そうに立ち上がった。
「帰ろっか」
「うん」
二人は歩き始めた。
しばらくして、ありさが言った。
「でもさ」
「なに?」
「今日、楽しかったね」
ゆいは少しだけ笑った。
「うん」
「ゲーム買ってないけど」
「そうだね」
「アイス食べただけだけど」
「そうだね」
「じゃあ、ゲームいらなかった?」
「……かもしれない」
ありさは満足そうに笑った。
「じゃあ次もアイスでいいね」
「ゲームは?」
「それはその次」
「いつになるの?」
「分かんない」
「……ありさらしいね」
二人の声が、暑い午後の道に続いていった。
今日は何も起きなかった。
たぶん、明日も。
でも。
二人でいるなら、それでいいのかもしれない。




