2026年9月11日
# ふたり日和
## 2026年9月11日
「ねえ、ゆい」
「なに?」
「今日って何曜日?」
朝の教室。
席についたありさが、いきなり聞いた。
ゆいは鞄から教科書を出しながら答える。
「金曜日」
「……」
「どうしたの?」
「金曜日かぁ」
ありさは机に頬杖をついた。
「なんか得した気分」
「一週間の最後だから?」
「うん。今日頑張ったら明日休み」
「まだ一時間目も始まってないけど」
「だからこそだよ」
「どういう理屈?」
ありさは少し考えてから、
「朝の時点で、もう半分くらい休み気分ってこと」
「全然半分じゃないよ」
「気持ちの問題」
「便利だね、その理論」
ゆいは笑った。
ありさもつられて笑う。
いつもの朝だった。
一時間目が終わった休み時間。
ゆいがスマホを眺めていると、ありさが横から顔を出した。
「何見てるの?」
「ニュース」
「面白いやつ?」
「うん。これ」
ゆいが画面を見せる。
そこには、小惑星についての記事が表示されていた。
「リュウグウ?」
「そう。はやぶさ2が行ったところ」
「知ってる!」
ありさが身を乗り出した。
「丸いやつでしょ?」
「丸いっていうか……ちょっと変な形」
「じゃあ、丸っぽいやつ」
「まあ、いいけど」
ゆいが記事を読む。
「リュウグウのもとになった天体が、四十五億年以上前に生まれたんだって」
「四十五億?」
「うん」
ありさが固まった。
「……何年?」
「四十五億年」
「そんなに?」
「そんなに」
ありさはしばらく考えた。
そして真顔で言った。
「それ、遅刻じゃない?」
「何に?」
「地球に」
「どういう意味?」
「だって、そんな昔からいるなら、もっと早く地球に来てもよくない?」
「いや、そういうものじゃないから」
「じゃあ待ち合わせしてたら?」
「誰と?」
「地球」
「地球と?」
「うん」
ありさは腕を組んだ。
「『ごめん、四十五億年くらい遅れた!』って」
「規模が大きすぎるよ」
「地球も怒るよね」
「怒るかな……」
「私だったら怒る」
「ありさ、四十五億年待てる?」
「無理」
「でしょうね」
二人で笑った。
しばらくして、ありさがもう一度スマホを見る。
「でもさ」
「うん?」
「四十五億年前って、どんな感じだったんだろうね」
「まだ今みたいな地球じゃなかったんじゃない?」
「学校もない?」
「ないと思う」
「コンビニも?」
「ない」
「アイスも?」
「ない」
ありさは悲しそうな顔をした。
「……かわいそう」
「そこ?」
「だってアイスないんだよ?」
「そこじゃないと思うけど」
「じゃあ、何を楽しみに生きればいいの?」
「そもそも今とは全然違うから」
「そっか」
ありさは少し考えた。
「じゃあ、四十五億年前の私に教えてあげたい」
「何を?」
「アイス、おいしいよって」
「届かないよ」
「気持ちなら届く」
「届かないよ」
「夢がないなぁ、ゆいは」
「ありさがありすぎるだけ」
チャイムが鳴った。
「ほら、授業始まるよ」
「はーい」
ありさは席に戻った。
先生が教室に入ってくる。
黒板に日付を書く。
九月十一日。
今日も普通の一日が始まる。
昼休み。
ありさはお弁当を食べながら、ふと思い出したように言った。
「ゆい」
「なに?」
「今日、帰りにアイス食べよう」
「また?」
「今日だけ」
「昨日も食べたよね」
「昨日は昨日」
「それ、昨日も聞いた」
「じゃあ今日は特別」
「何が特別なの?」
ありさは少し考えて、
「四十五億年前から続く、アイスへの感謝の日」
「……なにそれ」
「今決めた」
「勝手に記念日を作らないで」
「いいじゃん」
「まあ……いいけど」
「やった!」
ありさが笑う。
ゆいも笑った。
そして二人は、またお弁当を食べ始めた。
四十五億年という、とても長い時間のことを考えたあとでも。
二人にとって大事なのは、今日の放課後に何を食べるかだった。




